第6話 マリチョットはフワフワしてても話はフワフワするな

「マリチョットをどう思うか、ッスか」


 俺の口から飛び出たトンチンカンな疑問に、ロシュ君はポカンと口を開けている。

 やっちまった。聞きたいことが取っ散らかったまんま聞いちゃった!

 違う、そういうフワフワした事が聞きたいんじゃないんだよ!

 もっと本質的な事、なんでマリチョットは植物として芽生えるのかとか───いやそれ聞かれても困るよね、どうしよう!?

 なんとか訂正しようと思考をグルグルと回すが、うまい誤魔化しが全く思いつかない。

 どうしよう、どうしようと悩ませている間に、ロシュ君が口を開いた。


「マリチョット、俺は好きッスよ。甘くて美味しいし、お腹にもたまるし。勉強の休憩とかに糖分補給でよく食べてまス」


 と、なんでもなかったように答える。


「そ、そっか! いや、なら良かったよ、うん!」

「というか、なんで急にそんな事を……?」

「いやいやいや、ほんっと、ちょっと気になっただけだから! 大したことじゃあないよ!」

「そ、そうッスか」


 良かった、あんまり深く受け取らないでくれたようだ。

 こんな答えの曖昧な質問を真面目に受け取らせてしまったら申し訳ないもの。


「マサヤさんのマリチョットは特に美味しい気がするッス。クリームが他のマリチョットに比べて多いしパンにも甘味があるので。食べてて幸福感があるというか」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。良かったら今日もいくつか持って行って」

「あ、ありがとうございますッス。でも、本当に良いんですか? せっかく収穫したマリチョットをタダでいただくなんて……」

「ロシュ君は防虫魔術だけじゃなくて他の仕事も手伝ってくれてるんだから、遠慮せず受け取ってよ」


 それに、と俺は続ける。


「うちで消費するにも限りがあるから。市場に出せない分は畑にすき込んで肥料にするんだけど、手伝ってくれた人に渡すくらいはね」


 マリチョットに限らず、農業をしているとどうしても規格未満の作物が出てしまう。その全てを種チョットにするにしても、やはり余剰分というのは出る。

 それらは肥しとして畑にすき込むことで土の栄養とし、次の植え付けの準備をするのだ。


 うちに作物を持ってきてくれる他所の農家さんにお裾分けすることもよくある。仕事を手伝ってくれているロシュ君に渡してもおかしな事は無い。


「だから、ね。ほんの気持ちだけど、受け取ってよ」

「───そこまで言ってくれるなら、ありがたく頂くッス!」


 そう言って、ロシュ君はくしゃりと笑った。


「───さて! そろそろお昼のお仕事と行きますか!」

「ッス!」



 今日の仕事も終わり、ロシュ君も家路に帰った。

 フィオさんお手製の夕飯を食べ、アイネをお風呂に入れてと夜のルーティンをこなす。ミアさんが手伝ってくれるとはいえ、この子の親は自分だもの。余裕がある限りは自分でアイネのお世話をしたい。


 アイネを寝かしつけてあげると、あとは大人たちの時間。

 フィオさんとお互いにマッサージしあったり、ミアさんに今日はアイネとどんなことをして遊んだかを聞いたり。ちょっと気分が乗ったら晩酌をしたりと、ほんの少しの贅沢が許されるひと時だ。

 この時間を迎えると、ようやく今日の一日が終わったと実感できる。共に戦った家族戦友たちに「今日もお疲れ様でした」と言い合い、俺たちは互いの寝床につく。


「今日もご苦労だったな、マサヤ」

「それはお互い様ですよ、フィオさん」


 二人ベッドに並んで座り、ハグを交わす。

 風呂上がりで温まった体温が寝間着越しに伝わる。頬に触れる髪はほんのりと冷たさが残っていた。


「今日はロシュ君が来てくれて助かりました。やっぱり人手はいくらあっても良いですね」

「だが、いつまでもロシュに手伝ってもらうわけにもいかないだろう? 今でも魔術の研究をしているそうだし、こちらに時間を割かせすぎるのも……」

「とはいえ、まず働かないことには生きていけないですしねぇ……。そこについては、彼と話す時間を作りましょうか」

「そうだな……とりあえず、今日はもう寝よう」

「うん。おやすみなさい、フィオさん」



 俺は、今日も夢の中へ落ちる。

 不思議なことに、夢を見ている、という認識はハッキリと持っていた。明晰夢、というやつだろう。

 今すぐ起きても良いが、こんな機会はめったにない。しばらく夢の世界を楽しんでみようか。

 童心に帰ったような心地でフワフワした夢空間を進んでゆく。

 マリチョット畑、町へ続く道、見慣れた市場。記憶にある色んな場所が、不思議なパステルカラーで彩られていた。

 ポン、と跳ねれば水中を歩いているように身体が浮く。しかし全身は一切の拘束が無い、無重力の軽さに躍っていた。

 このままどこまで飛んで行けるだろう。幼い頃にあった高揚感が自分の裡に蘇る。


 その直後。宙をフワフワと浮いていた自分の体はビタンッ! と固い地面に叩きつけられる。

 折角良い心地だったってのに、いったい何だっていうんだ。

 身体を起こし、いったい何が起きたのか辺りを見回してみる。

 すると、目の前にあったのは───


「Welcome! Dance Dance Malechotto!!

 よく来てくれたねチャレンジャー! さあ! 一緒にマリチョのビートを刻もうぜ!」


 ダ〇レボ───ではない、ダンスダンスマリチョットの筐体。

 そして、オーバーサイズのシャツとパンツに身を包んだ、頭がマリチョットのヒップホップダンサーだった。

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