高い授業料

森本 晃次

第1話 弱き君主は、罪悪なり

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和6年4月時点のものです。お話の中には、事実に基づいた事件について書いていることもあれば、政治的意見も述べていますが、どちらも、「皆さんの代弁」というつもりで書いております。今回の事件も、「どこかで聞いたような」ということを思われるかも知れませんが、あくまでもフィクションだということをご了承ください。今回出てきた「警察組織」というのは、ほぼ今の組織とは変わりはないが、ウラの組織」ということで、まったく架空の警察組織が存在しているのは、完全に、フィクションである。


 冤罪という言葉があるが、警察の捜査などで、状況証拠が、

「犯人はその男だ」

 ということを示していれば、容疑者側に、

「いや、自分は犯人ではない」

 という確固たる証拠がなければどうなるというのだろう?

 日本の場合は、裁判になれば、

「疑わしきは罰せず」

 ということを言われるが、そのかわり、状況証拠が揃ってさえいれば、逮捕、拘留というのは、裁判所に手配して、

「逮捕状」

 というものが降りれば、可能だということだ。

 基本的に、

「逃亡の恐れ」

 であったり、

「証拠隠滅」

 の恐れがある場合などは、裁判所が、逮捕状を発行するということになるだろう。

 いわゆる、

「逮捕令状:

 と呼ばれるものだ。

 しかし、その効力は、当然、

「永遠に」

 というわけではない。

 逮捕後、警察による取り調べが行われ48時間以内に、

「検察官に身柄を預けるか?」

 あるいは、

「釈放」

 しなければいけない。

 そして、検察官に預けられると、検察官の調べがあり、今度は24時間以内に、不起訴にするか、起訴するかを決めないといけない。

 また、警察で48時間以内に、容疑者が、黙秘しているなどのように、調べがうまくおかない場合は、20日間の延長請求ができるのである。

 したがって、その間に、起訴するだけの証拠がなかったり、公判を維持できないと検察官が判断した場合は、

「釈放」

 ということになるのである。

 昔のように、

「警察権力が、国家権力に近いくらい」

 であれば、

「警察というのは、天下御免」

 ということになったであろう。

 特に、

「特高警察」

 などが存在した大日本帝国の時代であれば、

「治安維持法」

 を盾に、なんでもできるといった時代だった。

 特に、

「挙国一致」

 と呼ばれた時代は、

「共産主義」

 であったり、

「反政府主義」

 と呼ばれる連中が、

「テロ行為」

 を起こしたり、

「クーデター」

 を起こしかねない時代だった。

 そんなことにでもなれば、テロ行為というものが横行し、国家の治安は乱れまくってしまう。

 ということになる。

 だから、当時の国家は、

「法律で、治安を守る」

 として、

「政府に盾つく連中を、徹底的に弾圧する」

 という時代だったのだ。

 今の日本は。

「平和主義の自由主義」

 ということになっている。

 確かに、独裁国家の果てがどうなるかということは、

「二十世紀における二つの世界大戦」

 というものが証明しているだろう。

 だが、果たして、そう言い切れるのか?

 特に日本の歴史などを見ていると、分かりそうなものである。

 何といっても、

「弱き君主は、罪悪なり」

 という言葉を聴いたことがある。

 そもそも、歴史を考えると、

「政府や君主が頼りない時代に何が起こったか?」

 ということを考えれば分かるというもの、

 その一番いい例が、

「室町時代から、戦国時代。そして、江戸時代」

 という、中世における、

「封建制度」

 というものを見ていれば、分かるというものだ。

 何といっても、室町時代というと、

「足利幕府」

 というものが、弱体化していったことが問題だった。

 そもそも、足利幕府は、

「南北朝の問題」

 というものを残したまま。時代が進んでいった。

「三代将軍義満」

 の時代に、幕府の最盛期ができ。それまでの諸問題である、

「南北朝の問題」

 そして、

「勢力のある守護大名を抑える」

 ということに成功し、最盛期だったといってもいいだろう。

 しかし、せっかくの義満も、大きな問題を残した。

 まずは、息子の義持との確執から、幕府体制の弱体化を招き、さらに、

「公家に近づいた」

 ということも、大名らに対して、示しがついたのだろうか。

 考えてみれば、

「京に幕府を開く」

 ということは、

「寺社や公家の影響をもろに受ける」

 ということで、武家政治がやりにくくなるとは思わなかったのだろうか?

 しかも、そのせいで、守護大名が、またしても、力を持ったり、内乱を続けることで、幕府の勢力が弱ってくることになる。

 要するに、

「一枚岩ではない」

 ということで、幕府にとって、

「まるで、義満一代の幕府だった」

 といってもいいかも知れない。

 特にひどかったのが、

「八代将軍義政」

 の時代で、この時、有力守護大名であった、

「赤松家の内乱」

 と、

「将軍後継者問題」

 という問題、さらには、

「管領の職をめぐっての、山名家と細川家の対立」

 というものが絡まって、まるで、平安末期に起こった

「保元の乱」

 を彷彿させる体制になった。

 さらに、将軍、義政の正室である、日野富子に子供ができないということで、義政は、弟に将軍職を譲ると確約したそのすぐあと、富子に息子ができるということになった。

 これこそ、その後に起こった、秀吉による、

「秀次事件」

 と同じではないか。

 こちらが先だったとはいえ。

「なんとも浅はかな決断」

 ということで、結果、巻き起こった戦乱が、

「応仁の乱」

 だったのだ。

「11年に渡り、京の都を火の海にして、戦国時代が終わるまで、京都の復興はならなかった」

 というほどの戦乱を巻き起こしたのであった。

 そうなってしまうと、

「幕府に転嫁を治める力」

 というものはない。

 守護大名は、応仁の乱の時に、幕府の命令で、京に集まり、戦を続けていたのだ。

 自分たちの領国では、

「配下の者が、領主のいない間に謀反を起こし、領主にとってかわる」

 という

「下剋上」

 という時代になった。

「鬼のいぬまに」

 ということで、クーデターが頻発するというのは当たり前のことである。

 だから、応仁の乱からこっち、

「クーデターと下剋上の嵐で、配下のものが、大名にとってかわり、戦国大名として君臨する」

 ということが起こってきた。

 もちろん、そのまま領主が、自国を平定し、守護大名が、

「前極大名になる」

 ということもあっただろう。

 そして、自国を平定すれば、今度は、まわりの国に進出し、自国の領地を侵略していくことになるのである。それが、

「群雄割拠の戦国時代」

 と呼ばれる時代になってきたのである。

 その原因は、明らかで、

「幕府という中央政府が、腐ってしまったからである」

 そのため、統制が利かなくなり、それぞれの地域で、

「天下統一を目指す」

 ということになるのだ。

 それが、結局は、

「自国を守り、領土を広げていく」

 ということになり、

「明日をも知れぬ命」

 という混乱の時代に突入したのだ。

 天下統一」

 というものを、あたかも、

「国盗り合戦」

 ということで、

「領主が全国を統一して、幕府を開いたり、天下人になりたい」

 ということから、戦国時代が始まった。

 ということだろうというのも、間違いではないだろうが、果たしてそれだけであろうか?

 そもそも、戦国時代に入った理由というのは、

「国家元首が、だらしないから」

 ということに尽きるのではないだろうか?

 世界的に発生したこれまでの世界大戦にしても、

「国家をまともに納めることができなかったことで、国民からそっぽを向かれ、統制が利かなくなったことで、結局、戦争で敗戦したり、まわりの国に支配されるということで、国民が、惨めになってきたのだ。

 そこで望まれたのが、

「強力な指導力を持った君主」

 ということであった。

 だから、その存在のいい悪いは別にして、

「時代が欲した」

 ということで、

「ソ連であったり、ナチスドイツ。イタリアなどの、独裁国家が生まれた」

 ということである。

 それが、

「社会主義」

 であったり、

「ファシズム」

 だったりする。

 それは、そもそも、その前の国王が頼りないということでできた、

「国民が形成する、労働者の集団だったりする」

 ということである。

 だから、ファシズムなどは、

「民族主義というものに走ったりする」

 それは、日本のような島国で、

「同一民族国家」

 の国民には、よく分からないところであろう。

 しかし、大日本帝国も、元々は、

「欧米列強」

 から、鎖国をしていたものを、強引に開国させられ、不平等条約を締結させられたことからが、軍国主義の元々ではなかったか。

 明治政府が、

「欧米に学ぶ」

 というのは、確かに、進んだ科学技術などを吸収するということになるのだが、目的は、日本という国を先進国と認めさせることだったのだ。確かに欧米列強のすばらしさは認めてはいるが、植民地になることもなく、自分たちで、先進国になるための方法を、いわゆる、

「敵国に学ぶ」

 ということで、

「肉を切らせて骨を断つ」

 という作戦に出たのであった。

 だからこその、

「殖産興業」

 ということであり、

「富国強兵」

 だったのだ。

 だからこそ、

「日本人は勤勉だ」

 といわれるわけで、日本という国は、外国から遅れてはいたが、その時々で、

「日本独自の最先端技術」

 というのを育んできたのも事実である。

 海外からすれば、ひょっとすると、

「日本が一番危険だ」

 と思っていたところも少なくはないだろう。

 戦国時代は、その目的を、

「天下統一」

 というものであったが、それが、

「独裁者になりたい」

 ということからだという発想は、最初の天下人になりかかった人物である。

「織田信長」

 に対してのイメージからきているのであろう。

 有名なホトトギスの句においての、

「殺してしまえ」

 というイメージが協力で、しかも、

「どくろ杯」

 であったり、

「延暦寺の焼き討ち」

 などの、皆殺しという話ばかりが先行し、実際は違っていると言われているのが、無視される結果になったのだろう。

 実際に、そのような性質ではなかったとは言い切れないが、そもそも、

「強い君主」

 というものが必要とされた時代。

「独裁者は、一種の必要悪ではないか?」

 といっても過言ではないだろう。

 歴史は、時系列で流れていくもので、

「結局繰り返される」

 というのは、前述の、

「公家に歩みよる」

 という、平家の真似をした、足利義満であったり。

「義政の正室である日野富子との間に子供ができないということで巻き起こった、

「将軍後継者問題」

 というものにそっくりな事件として、秀吉が起こした、

「秀次事件」

 などというものは、まさしくそういうことになるであろう。

 そういう意味で、

「弱き君主は罪悪なり」

 というのは、間違ってはいない。

 戦国時代で大名が目指したものは、

「天下統一」

 であるが、その最終目的としては、

「己の物欲、出世欲」

 というものではなく、

「戦のない世をいかにして作るか?」

 ということであろう。

 何といっても、

「国家統一に成功した」

 ということであっても、中央集権国家としての力が、天下人になければ、

「すぐにとってかわられる」

 という、

「下剋上の世界が繰り返される」

 ということになる。

 秀吉も、そのために、いろいろな政策を取った。

「検知」

「刀狩り」

 などがそうであろう。

 しかし、結局は、途中から、

「乱心状態になった」

 ということと、子供が小さすぎたという悲劇。

 さらには、虎視眈々と天下を狙う。家康の存在が、

「豊臣家を一代で破滅へと追い込んだ」

 ということである。

 これは、偶然といってもいいかも知れないが、

「平清盛」

 と似たところがある秀吉ならではであったのではないだろうか?

「幕府を開くこともできなかったので、公家にすりより、太政大臣にまでなったというところであろう」

 もっとも、清盛が公家にすり寄ったのは、まだまだ武家の力が弱かったということで、仕方がないところがあったのだが、これはあくまでも、

「生き残るための知恵だった」

 といってもいいだろう。

 歴史が、一本の線で、時系列にまっすぐに続いているということになるのであれば、

「人類の歴史は、同じことが繰り返させる」

 ということで、まるで、異次元世界を形成すると言われる、

「メビウスの輪」

 のようではないか?

 ただ、歴史が出してくれる答えは、どの時代にも変わりはない。

 江戸時代のように、

「君主がしっかりしていて、室町時代のように、大名が力を持たないようにする」

 という考えは間違っていないが、そのために、参勤交代、改易問題。さらには、

「身分制度」

 というもので、

「大名、農民を中心に、しばりつけるというやり方しかない」

 ということだったのだろう。

 そうしないと、虎視眈々と自分の立場を狙い、クーデターが起きてしまうと、

「その瞬間から、平和というものは崩れ去ってしまう」

 ということだ。

 だから、

「弱き君主は罪悪なり」

 といわれるのであった。

 そんな歴史が示すように、

「歴史を見ると、そこに答えがある」

 といわんばかりであった。


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