第23話 スター流上位メンバーとハニー 2

単調な攻撃にハニーは眠そうな目を向けていた。

何をするのかと期待してみれば単なる銃撃では芸がないにもほどがある。

彼女は手を広げて自身の頑丈さをアピールするかのように無防備で彼の弾丸を食らいながらゆっくりと降下していくと、ふわりと海面に降り立ち初めて彼らと同じ目線で対峙をした。それから一瞬で間合いを詰めてロディの顔に裏拳を見舞って倒そうとするが、それを掴んで止めたのはジャドウだった。


「小娘よ。このような弱者などいつでも倒せるであろう。それよりも吾輩と戦いませぬかな」

「ジャドウはあのころと変わらないね。今日私が来ることも占いでわかったの?」

「左様」

「なら私と戦うとどうなるかも占いでわかるよね」

「生憎ながら吾輩は自らのことは占わぬ主義でしてな。それにその口ぶりから察するに吾輩に勝てる見込みがあるようですな」

「勝てるよ。強くなったからね」

「ならば、スター流で勝負してみますかな」

「うん。君がそれで満足するなら、そうしようか」


適当に間合いをとった両者は砂地をリングに見立てて闘気を全身にみなぎらせていく。

ジャドウは白の闘気をまとわせながら残るメンバーの戦力情報を念で共有させた。


『イーストウッド島の地下帝国の討伐には成功したが、李、ヨハネス、ムースは戦闘不能。美琴は能力封じの毒を打たれたのみだが一日での回復は難しい。星野も天使のアッパーの使用により戦闘続行はできぬ。そして今、不動が倒れた』

『これ結構マズい状況じゃねぇか』

『左様。ロディ、お前でも理解できるほどに流派は追い詰められている。だからこそ吾輩が此度は戦う。少なくとも星野よりは役に立ちますからな』

『……感謝する』

『カイザーよ。礼など不要。全てはスター様のために』


ジャドウは不敵に笑って虚空からタロットカードを出現させると、小手調べとして手裏剣のように投げつけた。鋭利なカードはヤシの木を切断するほどの切れ味だが、ハニーは必要最小限の動きで回避していく。全てカードを投げ終わったジャドウは肩をすくめてから腰の鞘からサーベルを抜刀して切りかかる。


「そんなオモチャで私を倒せるかな」

「吾輩も同じことを思っていますぞ」


ジャドウの剣は薄く軽い。振り回したり刺突や斬撃を放つのには向いているが耐久性に難がありすぐに使用不能になるのが欠点だった。

流派に所属する前の彼は剣術のみで冥府の王に成り上がっただけのことはあり、巧みな剣でハニーも若干苦笑いをしながら紙一重で突きや斬撃を躱していく。これが並の悪魔なら何体も撃破されていただろう。


「少しはできますな。さすがはカイザーの妹」

「褒めても何もでないよ」

「褒めてはおらぬ。見下しているのだ」


ジャドウは軽く息を吸うと二十人ものジャドウに増殖した。


「すごいっ!」

「これぐらい魔術の初歩ですな」


大人数のジャドウは一斉に切りかかるがハニーは回転蹴りで全ての分身を吹き飛ばして本体の脇腹にも蹴りを当てようとするがジャドウはギリギリで後退して難を逃れる。


「次はこれはいかがですかな」


ジャドウが十本の指の間に挟んでいるのは小型の爆弾だった。

ミニサイズのそれを投擲すると周囲が爆発し、ハニーが白煙に包まれたが、彼女は衣服を軽く汚しただけで平然としている。


「これじゃあお洗濯が大変だよ」

「吾輩の攻撃がなくともその衣服は洗濯が面倒なことこの上ないであろう」

「バレたか」


ジャドウは剣を上空に投げると無数に分身させ流れ星の如くにハニーに降り注ぐ。


「当たらないよ~」


ヒュンヒュンと躱すハニーだが、ジャドウは含み笑いをして。


「この剣は追尾機能がありましてな」

「えっ」


驚いたハニーの肩甲骨あたりに鋭い剣が刺さり、真っ赤な血が流れる。続いて脇腹や肩にもサクサクと剣が刺さってポタポタと血が流れ可愛らしい顔が苦悶に染まる。


「いい顔ですな。人間世界では箱に剣を刺す見世物があるが、吾輩の自動追尾剣は生きた相手を串刺しにする芸ですな」

「ジャドウ、君は昔から悪い方向に知恵が働くね」

「これはこれは。お褒めにあずかり光栄ですぞ」


恭しく頭を下げるジャドウにハニーは闘気で刺さった剣を破壊して戦闘続行を示すファイティングポーズをとった。


「まだ戦うつもりですかな」

「当たり前だよ。君と戦うの楽しいし」

「吾輩も少しばかり面白くなってきましたぞ」


髭を撫で、マントを飛ばしてハニーの身体と視界を封じると間合いを詰めて殴打を浴びせる。


「袋の小娘とはまさにこのこと。視界も動きも封じられサンドバックと化したままお前は生涯を終えるがいい」

「……」

「あまりのことに声も出ませんかな」


ハニーはマントの袋からにゅっと足を出して蹴りで反撃を開始。

右足を支えに左足だけでジャドウの打撃をカットしていく。


「ぬ、ぬう……ッ」


そのセンスにジャドウは目を見開いて唸る。

やがてマントを内側から破いたハニーが上空に飛び両足を揃えた蹴りをジャドウの背に見舞って彼を地面へ倒した。

追撃を見舞ってきたそれを捉え上半身を起こしたジャドウは立ち上がってジャイアントスィングで放り投げるもヤシの木に激突する前にくるりと回転し地面に着地してしまう。目を回すことも背中から激突することもない。恐るべき身のこなしだ。

ハニーは意地の悪い笑みで星形の杖をジャドウに突きつけて。


「さっきのお返しをしようかな」


杖から放たれる魔術攻撃をジャドウはノーガードで受けていた。


「きゃははは! 面白いねぇ!」


歓喜の笑いを上げるハニーを見てカイザーの胸は悲しみで溢れていた。

彼女は決して他人を傷つけて喜ぶような性格ではなかった。

数億年の間に何があったというのだ、ハニー。

ジャドウの救援に動こうとするとジャドウが手で制した。


「邪魔をするな。これは吾輩とハニーの勝負。興が削がれる……!」


腹の底から噴き出してくるような明確な怒気が声に含まれていた。

飄々としたジャドウがこれほど怒りを剥き出しにするなど滅多にない。

ひとりの武人として戦闘を楽しんでいるのか別の思惑があるのかは判断はできない。

けれどここで出ることだけは自重したほうがいいとカイザーは判断した。

攻撃を受け続けるにつれてジャドウは吐血し足が微かに震えてきた。

着実にダメージが蓄積しているはずだが、彼は不気味に笑うだけだ。

その様子にハニーは小首を傾げた。


「やせ我慢?」

「本気でそう思うのなら貴様はまだまだ未熟よ。お前はどうやら世を支配する法則を忘れているようですな」

「?」

「能力も魔術も使えば使うほど体力を消耗する」


その言葉と同時にハニーの腕の角度が下がり始めた。

ジャドウは普段は忌み嫌っている背中の天使の翼と悪魔の翼二枚一対計四枚の展開し髪と髭を風に靡かせた。いつものような手加減はない。相手を甚振る余裕はない。

力の緩みを見切った彼は翼で滑空しながらハニーを蹴りで強襲してダウンさせ、己の最大技に踏み切る。

だがロディはいつもと技のかけ方が異なっていることに気づいた。従来の冥府ニードロップは右足だけで行うのだが、今のジャドウは両膝で行っている。


「ただでさえ一撃必殺の冥府膝を二発同時とか、絶対食らいたくねぇな……」


怖いもの知らずのロディでさえその破壊力を想像し引きつっていた。


「冥府ダブルニードローップ!」


ジャドウの両膝がハニーの痩せた腹に深々と食い込んだ刹那、大地が割れた。

衝撃波がカイザー達にまで襲い掛かってきたので彼らは上空へと避難した。

マックイーン島は崩壊し海へと飲み込まれていく。


「ハニーの最期か……」


カイザーは唇を嚙み締めた。

自分には絶対にできない戦闘だった。


『悪をもって人を救いに導く』


かねてより公言してきた信念通りの死闘をジャドウは全うしたのだ。

全身全霊の一撃により島は滅びた。

しかし。

島を飲み込んだ渦からパッと人影が飛び出してきた。

それはすぐにカイザーたちと同じ目線となる。


「また会えたね」


相手の言葉にロディは思わず声を発した。


「嘘だろ……」


口の端から滴った血を拭いながらハニーはにっこりと笑っていた。




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