若狭路

 道路は対抗二車線だけどバイパスって雰囲気になってきて、湖西道路の延長みたいなものらしい。


「あそこで下りるで」


 下りて右に曲がるって言うから小浜って方だな。あれっ、直進が国道一六一号で曲がったら国道三〇三号ってどういうことだ。


「重複国道なんやろ」


 たくややこしい。えっとえっと、ここで曲がって高架を潜るんだろ。今津の街を抜けて山の方に向かうのだけど、


「右に曲がって朽木って方に行くで」


 曲がったら国道三六七号で、国道三〇三号は小浜まで行くのか。小浜に行く道って大昔の北陸道の本道だったとされてるところよね。


「大津から今津まで舟で来とったんちゃうか」


 それありそうだ。朽木ってなんか聞いたことがあるけど、


「田辺城の時に話したやんか」


 あの時の話か。細川藤孝は室町将軍義輝の近習と言うか側近になったのだけど、三好とかと喧嘩して、京都から朽木まで逃げてた時期があったのよね。その時に藤孝も朽木まで付いて来てるのだけど、その朽木ってこんなところにあるんだ。ここを曲がるんだな。そこから少し進んだところで、コータローはバイクを停めて、


「あっちに行く道が見えるやろ。水坂峠を越えて行く道やねんけど、古代からある道で北陸道の本道やった時代もあるし、信長もここから攻め込んで、この道を京都に逃げてるわ」


 信長も通った道なのか。だったら、


「秀吉も、家康も、光秀かって通っとる」


 なんで光秀を入れたのかと思ったのだけど、光秀だってたった三日だけど天下を取ってるからか。四人の天下人が通った道と思うとなんか光って見えて来た。


「やろ。どうしたってスターが通るとそれだけで価値が上がるやん」


 そこから十分ほどで朽木の道の駅だ。さすがにくたびれたから休憩。ここは鎌倉時代から朽木氏が頑張っていて、なんとなんと明治維新まで生き延びたのだそう。江戸時代は小浜と京都を結ぶ鯖街道の宿場町としても栄えたみたいで、小さな町だけどなかなか風情がある感じかな。


 休憩代わりに散策して見たけど、綺麗な水が流れる用水路みたいなものも残っていて、感じが良いな。なんか由緒ありげな立派な家というか、お屋敷みたいなものもあるのも感心した。


「今でも住んどるのがエエで」


 江戸時代からの人なんだろうか。そこまではコータローに聞くだけ無駄よね。朽木陣屋跡ってのもあるそうだけど、予約制だから残念無念、また明日だ。その代わりじゃないけど道の駅からバイクに乗って旧秀隣寺庭園を見に行った。


 室町将軍は応仁の乱以降は京都で戦争ばっかりやってる印象しかないのだけど、何度も戦乱に巻き込まれて近江に逃げ込んでたのを初めて知った。朽木まで逃げ込んだのは義輝の父の義晴が初めてみたいだけど、義輝もまた逃げ込んでるんだよね。


「いつもは大津辺りが多かったみたいやねんけど、その辺やったらヤバイぐらいになってたんやろ」


 京都か大津ぐらいなら体制立て直しみたいな感じだろうけど、大津あたりから朽木谷になると命からがら逃げ込んだぐらいにも思えるな。


「その頃の京都は・・・」


 長くなりそうだから却下だ。将軍と言っても京都貴族みたいなものだから、田舎暮らしは侘しかったんだろうな。そんな無聊をこの庭を眺めて紛らわしながら、京都に戻れる日を指折り数えてた気がする。


 さてと出発だ。走るのは国道三六七号だけど、鯖街道とも、若狭街道とも、若狭路とも呼ぶのだそう。コータローが長引きそうな鯖街道の講釈をやらかしそうになったので、これまた却下した。


「ちょっとぐらいエエやんか」


 千草が却下と言えば却下なの。コータローはなんのために存在してると思ってるんだ。


「なんのためって言われても」


 そんな事もわかってなくて、千草の夫をやり、千草とツーリングしていたと言うの。信じられん。コータローがこの世に存在する価値は千草を喜ばせ、千草を幸せにするそれだけだ。それ以外になんの値打ちがあるか言って見ろ。


「もちろんそうするけど、それしか存在価値が無いは・・・」


 口答えをするな。千草がそう思えば我が家の法律だ。


「法律って刑法か」


 当然だ。ガチガチの再教育を喰らわせてやる。それにしても、これもなかなか気持ちの良い道だな。


「この辺やったら有名なツーリングコースらしいわ。熊川宿って昔ながらの宿場町が終点みたいなとこにあって、鯖寿司食べて帰るのが定番らしいで」


 鯖寿司付きのツーリングなら人気が出そうだ。その熊川宿は、


「さすがに無理や」


 また来たら良いだけよね。そう言えばこの道は、


「そうや、信長が金ヶ崎から京都までトンヅラした道や」


 逃げ足は速かったのでしょうね。


「おそらくやけど、早朝に熊川宿を出て、夜には京都に帰ってるはずや」


 距離にしたら、


「ナビで六十キロぐらいみたいや」


 それって猛スピードじゃない。まあ、ノンビリしてたら追いつかれるものね。とにかく京都まで駆け込んだらとりあえず安全ぐらいの腹つもりだと思うから、馬で走ったのかも。


「近習だけで突っ走ったんやろな」


 残りの連中は遅れて京都に到着か。リバーサイドロードを快走してたけど、わぉ、峠道だ。花折峠を越えて、また峠か。これを越えたら京都だと思うけど、なんていう峠なの?


「途中峠や」


 はぁ、それってふざけてるのかよ。なんか比叡山で千日回峰やった坊さんが、龍花村を途中村に改名したのが由緒らしいけど、よっぽどその村に恨みがあったんだろうな。なんたら回峰の途中で邪魔されたとか、意地悪されたみたいなやつ。そうじゃなきゃ、途中村なんてふざけた名前に変えるわけないじゃないの。


「千草もオモロイこと言うな。なんかそんな気がしてきたわ」


 他に考えようがないでしょうが。

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