佳澄

 佳澄は小学校から知ってる。当然中学も一緒だけど、なぜか千草に張り合って来たのよね。


「そりゃそうやろ、どっちも社長令嬢やんか」


 ぐむむむ。形式的には否定できない。千草は飛野産業の娘だけど、佳澄は一条製作所の娘だ。一条製作所って何してるところだけどシャベル作ってるメーカーなんだ。


「東京の方ではスコップって言うらしいな」


 関西でも言うけど使い方が少し違うだけ。東京の方は大きなのをスコップ、小さいのをシャベルって言うみたいだけど、関西では逆なだけだよ。そんな事はどうでも良いけど、二人とも言い方だけなら社長令嬢と言えなくもない。


「やっぱりザアマス言葉でマウントの張り合いやってたんか」


 ザアマス言葉なんかホントに使ってる人間がこの世にいるのかな。東京の山の手ってところには棲息しているって、マンガとか小説の設定ではなってるけど怪しいもんだ。でもまぁ、一通りはやったかな。


「夏休みはカリブ海のクルーズってやつか」


 行くわけないだろうが。家族旅行と言っても有馬温泉レベルだったよ。カリブ海なんてカリブの海賊の映画を見たぐらいだ。やったのは持ち物かな。


「ヴィトンとか、エルメスとか、ディオールとか、ティファニーとか」


 そんな訳がないだろうが。プーマとか、ナイキとか、リーボックとかだ。


「さすがは社長令嬢」


 バカにしとんのか! まあ実態としては田舎の小金持ちの見栄の張り合い程度だってこと。


「千草を東高ってバカにしとったけど、あれってブーメランやろ」


 そうなる。千草も東高も田舎の三番手校だけど、佳澄だって北校。当時の四番手校だ。いくら故郷だって東高と北高で学歴を競い合うなんて恥ずかし過ぎて出来ないよ。


「そやそや、制服は張り合うとったな」


 言うな。東高のドブネズミも酷かったけど北高も負けず劣らずだったのよね。あそこも基本はブレザーだったのだけど、誰が選んだのか緑色だったのよ。


「緑のオバサンって言われとった」


 交通安全指導員の緑色だったもの。ブラウスは東高の灰色よりマシとは言え、これもなにをトチ狂ったのかピンクで、


「桜餅って呼んどった」


 いくら田舎だからって、どうしてあんなセンスで制服を決めたのだろう。それでも、夏でもドブネズミより桜餅の方がマシだって北高に行ったのがいたぐらい。ひょっとしたら佳澄もそうだったのかも。たく無難に紺にしておけよな。


「集まった時は壮観やったな」


 それも言うな。今はもう無くなったと思うけど、近隣の高校が集まるイベントがあったのよ。そこで異彩を放つのが東高のドブネズミと北高の緑のオバサン。


「ああそやった。ほいでも勝ったんはドブネズミや」


 どこをどう勝ったって言うんだよ。究極の羞恥プレイみたいなものじゃない。制服の黒歴史の話はもう良い。小学校ぐらいの見栄の張り合いは可愛いものだったけど、佳澄はいつしか暴走してしまったぐらいかな。


 あんなもの高校が別になれば終わりそうなものだけど、佳澄は千草に勝つ目標をトンデモないところに置いてしまったぐらい。


「それってホンマの話なんか」


 千草も噂で聞いただけだけど、佳澄は社長になろうとしてたみたいなんだ。


「そういうけど千草より無理あるで」


 そう思う。千草のとこも佳澄のとこも田舎の一族経営の会社だから息子なり、娘が社長になって会社を継ぐのは普通というか、当たり前ぐらいの感覚かな。千草の場合は女とは言え姉だから長幼の順でまだしも可能性はあったけど、


「一条さんにはお兄さんがおるやんか」


 そうなのよ。これも田舎の慣習的には、会社を継ぐのはたとえ姉がいても男である弟にするのが順当とされていたのよね。だから佳澄のところなんて最初っからノーチャンスみたいなもの。


「そんなに社長ってエエもんなんか」


 人によると思うけど、千草のとこも佳澄のとこも故郷でこそ大手になるけど、全国レベルからすると中小企業も良いとこなんだ。苦労ばっかり多そうだから逃げ出したいのも多かったんじゃないかな。千草だってあんまりやりたいとは思わなかったもの。それでも社長になりたいのは佳澄の勝手だけど、


「千草がなりそうやと思ったんやろか」


 それぐらいしか考えられないよ。千草は姉だから継ぐ可能性はあると言えばあるじゃない。もしかしたら弟がイマイチなのも聞いてたのかも。とは言えだ、


「そういうけど千草も東高から短大やん」


 そうなのよね。弟を学歴で圧倒して社長になれるような代物じゃなかったもの。


「それもあってやろか」


 わかんないけど佳澄なら考えそうと言えない事も無い。千草が社長後継レースから脱落したのなら、自分が社長になればマウントを取れるみたいな。お前はいくつになってるんだと言いたいよ。社長、社長と言っても田舎の会社の社長だよ。


「そやから四大に」


 そこも勝った気なのかも。でもさぁ、でもさぁ、佳澄が入ったのは桃白花園女子学院だよ。


「あそこやったんか」


 コータローなら知ってるか。コータローの大学の近くだものね。あそこって、


「ピンクの花園」


 それがどういう意味で言われてかは自粛したいな。


「そやな。大学の近くの産婦人科の息子がおってんけど、お得意様やと言うとった」


 だから言うなって!


「それとあそこと合コンしたらホテルは早いけど、病気は覚悟しとけって先輩からの申し送りにあったわ」


 だから黙っとけ。そんな佳澄だったけど、


「それも知ってるで」


 結婚してやがるんだよね。それも千草がお見合いで三連続轟沈した後ぐらいだったはず。相手は市役所の人で、招待こそされなかったけど、これ見よがしみたいに結婚しましたの年賀状を送って来やがった。佳澄からの年賀状なんてあれしかもらってないぞ。


「千草がお見合いで結婚しそこなったから、当てつけで送りつけて来たんやろ」


 当てつけかどうかわかんないけど、自分はちゃんと結婚できたのマウントは絶対にあったと思うよ。でもさぁ、これで終わりと思ったのよ。あん時は素直に羨ましいと思ったし、女として負けたと思ったもの。


「結婚が女の価値を決めるわけやあらへん」


 そうなんだけど、やっぱりさ、千草にも結婚願望はあったのよ。あのお見合い三連続轟沈はやっぱりショックだったんだ。あれでどれだけ結婚への道のりが遠いか思い知らされたし、もう結婚なんて無理だろうと思ってたのよね。


「そん時に攫いに行ったらイチコロやったな」


 良く言うよ。コータローだってお見合いしてた頃だし、なんだっけ、まだお医者さんの見習いやってた頃じゃない。もっと言えばあの時にコータローが一緒にいたのはカグヤじゃないの。


「そやけど、あれなんやねん」


 そうなのよ、一体どうなってるんだ。イッチって誰で、どういう関係なんだ。

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