宮津の夜

 夕食になったのだけど、とにかくにも、


「カンパ~イ」


 並んでるのは宮津で獲れた海鮮のはず。こりゃ、たまんないよ。天橋立ツーリングは、シンプルに天橋立を見たいと言うのもあったけど、コータローの歴史趣味のお付き合いもあったんだ。例の幻の古代丹波王国のムックみたいなもの。


「とりあえず出雲も、丹波も、敦賀も似たようなもんちゃうか」


 古代のこの地域の圧倒的な先進国は大陸になる。日本とどれぐらい差があったかだけど、


「卑弥呼と孔明が同時代人ぐらいや」


 魏志倭人伝にあるそうだけど、卑弥呼が亡くなった時に魏の死者がたまたま滞在してるんだよね。卑弥呼の後継者になった壱与はその使者を魏の首都まで送り届けてるんだ。当時の邪馬台国と魏は友好関係にあったから、代替わりの挨拶で良いと思うけど、その時になんとなんとまだ司馬仲達が生きてるのだもの。大陸では三国志やってるのに、日本では卑弥呼だものね。


 古代北九州の発展も大陸文化の影響が大きいはずだけど、北九州にだけ大陸文化がもたらせていたとするのは不自然と言えば不自然なところがあるとするのが、コータローの妄想なんだ。


「妄想やのうて仮説と言え」


 北九州が半島経由で行き来しやすいのはあるとしても、大陸の船が北九州にしか行かなかったとするのは不自然だって。その妄想に立って言えば、日本海沿岸のどこだって可能性があることになる。


「そやから妄想やのうて仮説やって」


 もっとも大陸とは言え航海技術はさすがに古代なのよね。


「赤壁の戦いを知らんのか」


 でもあれは川だよ。それでも一番来たのはやっぱり北九州だろうって。ただどこにでも変わり者はいたはずだって。未知の地域を見てみたいとか、


「蓬莱山の伝承も強かったはずや」


 不老不死伝説とかそこにある金銀財宝ね。これらは遅くとも秦の時代にはあって、始皇帝がそれを追い求めたぐらいは知ってるし、皇帝の名を受けた徐福が東の海に乗り出したぐらいは知ってるよ。これって徐福以外にも一攫千金を求めてチャレンジしたのがいたっておかしくないぐらい。


 そう言う冒険船が寄港するとしたら、やっぱり天然の良港じゃないかと言うのがコータローの妄想だ。そういう歪んだ目で見ると宮津はあり得るかもね。でもさぁ、でもさぁ、探してなければ帰っちゃうだけじゃない。


「そんなんもおったとは思うけど、腰を据えて探したんもおったはずや」


 不老不死の妙薬にしろ、蓬莱山にあるとされてた金銀財宝だってそんなに簡単に見つからないって考え方か。そうやって前進拠点が出来れば、それなりに大陸との往来があるようになり、なんだかんだと住み着いてしまったのが古代丹波王国を作ったぐらいの妄想か。


「来ては見たものの船が使えんようになって、帰れんようになったんもおったんちゃうか」


 ああそれはありそう。たとえ北九州を目指していたとして、嵐とかに遭って命からがら宮津に逃げ込んだパターンだよね。もう帰りたくても帰れない状況だから生きるために定着したぐらいかな。


 コータローが宮津に注目した理由に天橋立の存在もある。航海者って迷信深いところもあるから、天橋立を見て神秘を感じたんじゃないかって。それはあるかもね。あの先に何かあると感じて、


「真名井神社って籠神社より高いとこにあるやんか。やっぱりあれは天橋立を見るために作った気がするねん」


 籠神社は真名井神社より低いし、あそこでは天橋立はよく見えない気はするのは同意だ。ここからコータローの妄想が飛躍するのだけど、天橋立に神秘を感じたから、天橋立を御神体にした宗教を作ったんじゃないかって。


 そのご神体さえ見下ろせる真名井神社はさらなる聖域だった感じかな。まあこの辺はあれこれ妄想を広げられるとは思うけど、天照騒動は、


「天照放浪記は記紀にもあるぐらいやから、史実の部分はあると思うねん。そやけど八咫鏡と神下ろしの巫女だけの集団やないと思うねん。そんな連中だけやったら野垂れ死にするだけやん」


 野垂れ死にする前に荒くれ男どもに襲われて慰み者にされるよね。


「それと実質的に最初の訪問地やったんも気になるねん」


 それって、


「八咫鏡軍団のはずや」


 ボールを蹴ってたら日本代表だぞ。サッカーじゃないから八咫鏡を報じた軍団が各地の勢力を征服して回った妄想をコータローはしているみたい。その最初のターゲットにされたのが丹波王国で、丹波王国を征服するのに四年かかったと見るのか。妄想は妄想だけど、八咫鏡って大王家の最高の宝物であると同時に、


「ウルトラ特級呪物やんか」


 ゲームのやり過ぎだぞ。でもそのはず。古代の戦争であればあるほど、神の加護は重要のはずだから、特級呪物の八咫鏡を動員して征服事業にあたらせたのは筋が通ると言えば通るな。


 それとこれもコータローが以前に妄想として唱えていたけど、古代の戦争って今よりずっと規模が小さくて、たとえ王国を征服したって税金がガバガバ入って来るものじゃないとしてた。欲しいのはいわゆる宗主権みたいなものだ。


「常套手段としては相手の王女様と結婚して、その子を王にするみたいな感じやろ」


 そういう条件を呑ますための戦争か。でもさぁ、でもさぁ、王女なり、女王であった豊受が伊勢神宮の外宮に祀られてるのは、


「そこまで詰め切れん」


 なんのために天橋立まで来たんだよ。それでも千草の夫か。恥を知れ、恥を。コータローの妄想はともかく、宮津の歴史が神代の時代まで遡るのは実感した。でも敦賀に較べたら地味だよ。


「宮津と京都の交通の便が悪かったからちゃうか」


 それ思った。宮津って大雑把に言うと大江山に遮られた地域なんだよね。だからいかに大江山を越えるかの交通の歴史でもある気がした。


「なんで加悦谷をスルーしたんかわからんかった」


 加悦谷とは今なら与謝野町になるけど、大江山の西側に広がる地域で、阿蘇海に注ぐ野田川が作り出した沖積平野とされてるところだよ。ここも古くから文明が開けたところのはずなんだけど、


「加悦谷を避けてなんであんなに大江山を越えたがったんやろ」


 シンプルには直線距離として近いからだろうけど、元普甲道にしろ、新普甲道にしろ今ではハイキングコースだものね。なにかそうする理由はあったはずだけど、


「千草、寝えへんか」


 おっ、真名井神社のパワースポットの効果は覿面だ。千草だってもらってるから今夜は絶対と思ってたんだ。もちろんOKだ。なんて幸せなんだ。宮津の夜空を千草の紅蓮の炎で染め上げてやる。

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