未知の道

 加西から山崎までもそれなりに交通量が多いのよね。数珠つなぎのように街が並んでるからだと思うんだけどね。


「他に通れる道もあらへんし」


 だけど山崎の郊外に出て来ると快走路になってくる。


「山崎から西に行くやつは少ないんやろ」


 だからそれは進次郎構文だって。あんまり使うと知性を疑われるぞ。コータローの数少ない取り柄は物知りなんだから、


「あのな、夫に向かって数少ないはあんまりやろ」


 だったら貧乏コーデ大好きをなんとかしろ。ついでにそのケチもな。千草もこの辺までは走ったことがあるから知ってるのだけど、あそこの交差点だよね。


「今日は曲がらんと真っすぐ行くで」


 曲がると志文川沿いの道になって三日月に行くんだよ。そこから佐用に出て因幡街道を北上して大原宿まで行き、


「岡山県に轍を刻んだ」


 まあそうなる。だけど今日はそっちじゃなくこっちだ。初めて走る道なんだ。これは楽しいし、嬉しいのよね。これこそツーリングの醍醐味だ。


「処女を相手にしたようなもんかな」


 あのね、それは男からの感想でセクハラだぞ。男からしたら楽しいだろうが、女からしたらあれは楽しいじゃなくて痛いだ。


「そうやけど、あんだけ痛いのを知っとってもやるやん」


 まあそうだけど、そこの女の心理の説明は長くなるし、真昼間にやらかすようなものじゃない。それにしても男の処女好きは女の理解を越えるところがあるんだよね。あんなもの最初の一回目だけじゃないの。


「そういうけど、トンネルの開通式に参列したようなもんやんか」


 それって初めて通る時にお偉いさんが並んでテープカットして、そこからクルマでパレードするやつ?


「そっちもあるけど、最後にダイナマイトで吹っ飛ばすやつ」


 あれか。両方からトンネルを掘り進め、最後の壁一枚ぐらいにしておいて、現場関係者が見守る中で発破を行って、


「ドカンがあって、粉塵が落ち着いてきたらバンザイやるやつ」


 見たことあるけど、それって最後の壁一枚が処女膜で、吹っ飛ばすのが男のアレってことだよね。そりゃ、無事開通させた方は嬉しいだろうけど、こっちは中でダイナマイトを爆発させられてるんだぞ。


「だから喩えやって」


 最低の下種野郎の下品すぎる喩えだ。コータローには品性のカケラぐらいはないのか。それとだぞ、コータローと結ばれた時には千草は処女じゃなかったじゃないの。まさかこの野郎、既に開通済みの使い古し女と思いやがったのか。


「誰もそんなこと言うてへんやんか。この歳で処女の方が気色悪いわ」


 そ、それはある。いくら男が処女を珍重すると言っても賞味期限はあるよね・・・ちょっと待った、ちょっと待った、だったらだよ、千草は賞味期限が切れかけていた女だと見下してやがったのか。


「あのな、どこの世界に賞味期限が切れそうな女をわざわざ口説き落として、結婚までする物好きがおるねん」


 千草の前をモンキーで走ってるぞ。でも本当に物好きだと思うよ。実際のところ千草の賞味期限は切れそうだった。いや、もう切れてたよ。さらに言えば折り紙付きのブサイクだ。それぐらいは自分ことだから良く知ってる。


 いくら幼馴染の同級生であってもわざわざ選ぶかはどうしたってあるもの。コータローだって同い年ではあるけど、男と女では賞味期限が違う。なのにあそこまで口説き落としてくれて結婚までしてくれてる。


 感謝してるなんてものじゃない。もう絶対に花嫁姿になるなんてあり得ないと思ってたもの。結婚してからだって、幸せな夫婦と言うか、ラブラブ夫婦そのものにしてくれてる。こんな道を走れるなんて夢にさえ出て来なかったぐらい。ちょっとした峠を下ったところで突き当りになったけど、


「右のちぐさ高原の方に行くで」


 ちぐさって自分の名前の高原だ。


「ちゃうちゃう、千の種のちぐさや」


 わかってるよ。ちぐさついで言っとくとコータローは『ちぐさ』と読んだけど道路案内でも『ちくさ』だし千種町も『ちくさちょう』と読むんだ。


「えらいこだわりやな。そやけどちぐさって読むで」


 と言うかそう読んてた。それはともかく、なんとなく親近感あるじゃない。そこからは北上していく感じなんだけどあの川は、


「そんなもん、ちぐさ高原に向かうんやから千種川や」


 あれっ、千種川って平福の方に流れていなかったっけ。


「あれは千種川の支流の佐用川で、こっちが本流や」


 そうなのか。ところで千種川ってどこに流れるんだっけ。


「ツーリングで行ったやんか。赤穂や」


 そうだった、そうだった。この道は県道七十二号になるそうだけど快走路だよ。両側から山が迫る谷間の道だけどリバーサイドロードだもの。信号も殆どないし、くねくねワインディングもないから気持ち良い。


 看板が出ていて魅惑のゴールデンモンキ―とも書いてあるけど、こんなところにモンキーセンターなんてあるんだ。


「瑠璃寺のとこやな。あれは立派な寺らしくて・・・」


 真言宗の別格本山なのか。行基が開いたって言うのなら奈良時代からだよね。今はそのうちの南光坊ってところが本堂らしいけど、これは旧南光町の町名の由来になったとか、ならなかったとか。地元で言えば伽耶院みたいな感じかな。


「そんなとこやろ。伽耶院にはモンキーセンターはあらへんけどな」


 気持ちの良い道だけど、北上すればするほど谷間が狭くなってくる感じ。


「早いけど腹ごしらえしとこ」


 こんなところにも道の駅があるんだね。何にしようかな。ここはジビエというか鹿肉料理もあるんね。牡丹鍋とか鴨もあるけど、ここはやっぱり、


「鹿丼」


 鹿肉のローストの丼なんてなかなか食べられないもの。ドッグランもあるみたいだけど、こんなところでわざわざ、


「それはオレらみたいな田舎者の感覚や」


 ぐぬぬぬ。言い返せない。都会からわざわざ連れて来て楽しませたい人はいそうだもの。鹿丼を食べ終わったら生理現象も解消させて出発。随分山奥に来てると思うのだけど、これは街だよ。


 それも古い商店街みたいに見えるな。道もちょっと狭い。あれは小学校みたいだ。鉄筋三階建で立派だけどブランコが見えるものね。千種市民局って出てるけど、


「旧千種町の町役場の跡やろ。ここも宍粟市やからな」


 なんて広いんだよ。山崎からどれだけ走ったと思ってるんだ。にしてもかなり大きな街だよこれ。まだ営業してる商店だってあるし、ヤマサキデイリーストアだってあるじゃないの。


「この交差点は左のはずや」


 おいおいだいじょうぶかよ。でもあそこに見えて来たのは千種高校だ。こんなところにあったんだ。なかなか立派な高校だよな。千種の街を抜けたらまた快走路だけど、さすがに登るよね。ちぐさ高原に登る道に入ったのかな。


 こんだけ登ったらもう家なんかないかと思ってたらまだ集落があるんだ。あそこにちぐさ高原は左ってなってるから、橋を渡って進んで行くとチェーンの装着場があるじゃないの。そりゃ、雪は積もるだろ。


 さらに登って行くと、ひょぇぇぇ、まだ集落があるじゃない。家だって立派だ。さすがは千草のための千種町だ、


「関係ないやろ」


 気分だよ、気分。今だって相当ってなぐらい山奥だけど、こんな山奥にまで道は続いてるんだ。これこそ、


「ヴァージンツーリングや」


 それ使い方を間違えてるぞ。でも気持ちだけはわかる。初めての道って何があるのか、何が見えるかわかんないじゃない。だから目にする者がすべて新鮮なんだよね。この道は名ツーリングコースとされるところに較べると、


「ただの田舎道や」


 言い切ってしまえばそうだけど、このワクワク感は隠れたツーリングコースにして良いと思う。なんてったって千草の千種町の道路だからね。


「千種に住むか?」


 来るだけにしとく。

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