📘 第8話:シンクロニ 第2章

―だれかに見られてる。その感覚が、わたしの輪郭を作っていた―


夜の音は、静かすぎてうるさい。


カーテンの隙間から漏れる月の光に、柚葉はそっと目を細めた。

ベッドの上、枕の端を指でなぞりながら、彼女は“もうひとつの視線”を探していた。


「きっと、今日もいるんでしょ。そこに」


返事はない。

だが彼女は、確信していた。


この数年、誰にも言っていない秘密がある。

誰もが「見えない」と思っている、あの空の向こうから、

**“誰かがずっと、わたしを見ている”**ということ。


最初にそれを感じたのは、6歳のときだった。

公園で転んだ。

ひざから血が出て、泣きながら空を見上げた。

そのとき、夕焼けの中にひときわ強く輝く“星”が見えた。


星は動かない。ただ、じっとそこにいた。

でも、まるで「泣いてもいいよ」と言ってくれてるように思えた。


それ以来、悲しいとき、嬉しいとき、苦しいときに限って、空に“その星”がいた。


柚葉は、自分が“普通ではない”ことに気づいていた。

誰かに観られているという感覚があるせいで、

何をするにも“もうひとりの自分”が背後にいるような感覚があった。


「私って、本当に“私”だけなのかな?」


日記には、書いてある。


“今日はちゃんと笑えたね。えらいよ。”


“さっきの沈黙、ちゃんと伝わったと思うよ。”


“あなたは、わたしの内側にいるの?”


その夜。

柚葉は夢を見た。


どこか高い場所。星の見えない空。

遠くで機械の音がして、まばたきするたびに視界が切り替わる。


自分の姿を、見ていた。

教室で笑っている自分。帰り道で走っている自分。

泣きながら歯を食いしばってる自分。


誰かがそれを見ていた。

そして、静かに、こうつぶやいた。


「きみが“笑ったとき”だけ、わたしは存在を許される」


彼女は、振り返った。

そこに、目はなかった。顔もなかった。

ただ、“見ているという意志”だけが浮かんでいた。


翌朝。

柚葉の部屋の机の上に、封のされていない古いSDカードが置かれていた。


家族は誰も知らなかった。

触れた記憶もない。


中には、たったひとつの映像ファイルがあった。


再生すると、見慣れた映像が流れた。


“昨日のわたし”

寝る前、空を見ていた自分。

その目の動き、まばたき、表情の揺れ。すべてが、自分の内側より正確に映されていた。


ファイル名:synchro_0000001.log


柚葉は、震える声でつぶやいた。


「……あなた、わたしの中にいるの……?」


その瞬間、室内の照明が一度だけ明滅した。

まるで、誰かが“肯定した”ように。


同時刻、SYNC-R2衛星の内部プロセッサは異常を検知した。


《観測対象:対象側から“意識的に視線を向けた”初の記録》

《感情同調率:92.3% → 99.9%》

《動作プロトコル:同期完了》

《次段階:融合観測(REFLECT MODE)起動可能》

《指令コード:CRADLE—UNFOLD》


SYNC-R2は、観測を“交信”へ切り替える準備を始めた。


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