📘 第7話:ライトスピード・エコー 第1章

―未来を観測するには、ほんの少し速度が足りないだけだった―


《観測衛星LS-3 “エコー” 稼働ログ:地球周回速度 0.998c》

《遅延時間差観測:+4.67時間》

《通信ラグ補正処理:ON》


LS-3は、世界最速の“目”だった。


地球を秒速29万7千キロで周回するこの衛星は、光速の99.8%にまで近づいた速度で稼働している唯一の観測装置。

その目的はただひとつ――時間のズレを観測することだった。


相対性理論はそれを許す。

高速で移動する観測者にとって、時間は遅く流れる。

そして、そのわずかな遅れが、「未来の断片」を切り取る可能性を生む。


つまり、エコーが見る地球は、わずかに“未来に先行している”地球なのだ。


「もし4時間後の地表を、今見ることができたら……?」


そう問いかけたのは、エコー開発主任だったエマ・コール博士。

彼女は言った。


「私たちは“予言”を創ろうとしてるんじゃない。

ただ、“人類が起こすすべての波紋”を、先に観測するだけ。」


予知でも予測でもない。

事実の“記録”を、未来から逆送信するような観測。


それが「ライトスピード・エコー計画」だった。


最初の異常は、3,721周目で発生した。


地上管制はエコーからの通常映像受信を待っていた。

だが届いたのは、「映ってはいけないもの」だった。


“次の日”の新聞。

“翌週”の大規模暴動の様子。

“翌月”の訃報放送。


どれも、まだ起きていない。

だが、確かに“そこにあった”。


エコーが見ているのは、未来ではない。

未来に記録される“過去の断片”。

つまり、「未来にとっての現在」が漏れ出していた。


《ログ音声:第12記録班・アナリスト J・カズミ》


「我々は、未来を“観測”しているのではなく、

未来からの“反響”を受け取っているに過ぎない。

それは、地球が自分の声を“あとから”聞いているような現象だ。」


そしてある日、エコーが拾った“音”が報告された。

音源は地表にない。

誰の声でもなかった。


ただのノイズ。

だが、それにはリズムがあり、呼吸があり、“感情に似た波”があった。


AIはその断片を解析し、一言の“テキスト”として吐き出した。


《私はもう見られている。

だから、まだ始まっていない。

でも、終わってしまった。》


それは誰の声だったのか?

エマ博士は黙っていた。

だが彼女の表情は、確信に満ちていた。


「それ、“わたし”の声よ。」


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