猫過激派!!ポチと行く

胡土 玲

第1話 黒船来航!

 この世には二つの生き物しか存在しない。猫か、猫以外か。

 そう信じて疑わない僕・三毛野たまき(みけの たまき)は、生まれてこの方、猫一筋の人生を歩んできた。


 猫を愛し、猫に愛されない男。それが僕だ。

 

 正確には愛さないわけではない。僕の心から溢れ出る愛に猫たちが怯えてしまっているのだ。

 猫を抱こうとした時、全力で引っ掻かれたのは数知れず。

 野良猫に餌をあげようとしたら警戒され、猫カフェに行けば「猫ちゃんたちのストレス軽減のためにしばらくご来店は控えていただけないですか?」とやんわり出禁を食らった。

 しかし、僕は信じている。

 

 ”本当の猫好きは、猫に好かれるよりも、猫の自由を尊重することを喜びとする“


のだと。この熱量を理解できないものに猫の真髄は理解できない。


 そんな高尚な思想のもとに生きる僕は、自称・猫過激派。

 この社会の犬文化に異議を唱え続けてきた。


 犬派の友人が「犬って感情豊かで〜」などと口にした日には即座に縁を切る。

 幼稚園の頃、童謡「犬のお巡りさん」を歌うことになった時、僕だけは歌うことを拒否した。畜生に治安を任せる国家なんて信用できないだろ。


 犬は大っ嫌いだ。いや、犬を飼っている人を否定したいわけじゃない。犬種の多様性や賢さも認めている。

 ただ——犬という存在が僕の猫道に反するのだ。


 猫は孤高だ。媚びない。こちらが呼んでも一瞥すらよこさない。

 けれど気まぐれな瞬間に、ふと隣に座ってくれる尊さよ。

 まあ、僕はその瞬間を体験をしたことがないけど。それでもいい。そこに猫が存在しているという事実が、僕の人生の支えになっている。


 それに比べて犬はどうだ。

 なんだあの尻尾。過剰な愛情表現。腹を見せ、舐め、吠え、飛びついてくる。

 うるさいし、でかいし、懐きすぎ。

 上司に媚びるような奴を見てるようで反吐が出る。


 そんなある日のことだった。

 その日、職場で理不尽に怒鳴られた帰り道。僕はいつものルートから外れ、公園へ向かった。

 

 そこは猫の聖地。かつては、ミケ・クロ・シロという三大勢力がこの一角を仕切っていたが、最近は姿を見せない。やはり、僕の愛が重すぎたのか?

 しかし、三大勢力がいなくなったことで、この一帯を占拠しようとたくさんの猫たちが集まるようになっていた。


 公園に着くといつものように猫がベンチの横で群がっていた。しかし、いつもと様子が違い、何かを囲むように集まっている。

 僕はカバンから猫じゃらしと餌を取り出し、両手に装備する。

 

「今日こそは...。猫と戯れ、会社のことを忘れるんだ!」

 

 手始めに近くにいた虎柄がよく似合うハンサムくんに餌をちらつかせる。


「ほら〜。おいで〜。僕とあちょびましょ〜。」


 虎柄の猫は一緒餌に目をやるが、僕の存在に気づいた途端、一目散に逃げていく。虎柄の猫が逃げるのに釣られるように、周囲の猫たちも一斉に散り、ベンチはあっという間に閑散とした。


「やっぱ、ダメだったか...。でも、猫をたくさん見れただけでもよしとしよう。」


 餌と猫じゃらしをカバンにしまい、帰ろうとふとベンチの方を見ると巨大な影が目に映る。

 全身がぐしょ濡れで、ボサボサになった茶色っぽい毛。推定25キロ越えの大型。その巨体がベンチの横で丸まって寝ていた。

 その姿を見た瞬間、僕の脳内に赤いランプが点灯した。


 ≪警戒せよ!犬を確認!警戒せよ≫


 僕は、そっと後退する。しかし、「ポッキ」っと何かを踏んだ瞬間、犬が目を覚ました。

 

その目は——妙に潤んでいた。


 だ、騙されるな...。目なんて飾りだ。猫だって無表情だけど可愛いじゃないか。そうだ。騙されるな。


「…おい、そこの毛玉。猫様の聖地で何をしている。」


 もちろん返事など帰ってこない。

 ただ、犬は潤んだ瞳でこちらをじっと見つめていた。

 その足元に、濡れた段ボールがあった。カバンを盾にして近づく。

 覗き込むと、マジックで書かれたかろうじて読める文字で、


“この子は猫が好きです。どなたかお願いします。”


  ...は?


 猫が好きな犬?...新手のスパイか?...それとも異端の同志か?


 混乱していると、額にポツリと冷たい水滴が当たる。


「雨か。」


 家まで歩くにしても傘がない。犬は身じろぎもせずに、ただうずくまる。

 その姿に、僕の猫レーダーがビビッと反応した。


「お前、本当に猫が好きなのか...?」


 犬は、こくんと、頷いたように見えた。

 まさか、俺の声に反応した?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 この犬が本当に猫好きであるというのなら、同志として放っておくわけにはいかない。


「仕方ない。貴様に名前を授けよう。」


僕は犬に指を指し、名前を告げた。


「貴様の名前は今日からポチだ。だが、猫好きであることが証明されるまで、信用はしない。肝に銘じておけ。」


 ポチは、クゥンと鼻を鳴らした。

 それがこうぎなのか、同意なのか、わからない。

 ただ、一つ言えるのは。


 こうして、三毛野たまきの家に黒船が来航した。

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