第5話 カラオケ

「このまま奪って隠して忘れたい〜〜」

茜の澄んだ歌声が暗い部屋に響き渡る。

俺たちは四人でカラオケに来ていた。

連絡先だけでは生歌まで聞けるとは夢にも思っていなかった。

今は茜がずとまよの秒針を噛むを歌っていた所だ。

茜の声は可愛さの裏に時々見え隠れするかっこよさがあり、中毒性がある。

生歌に感動していると、次の曲が始まる。

次は涼の番だ。というタイミングで、茜が飲み物を取りに行き、瀧はトイレと席を立つ。

原作ではこのカラオケシーンは深く描かれなかった為、涼や瀧の歌声は未知数だ。

(まぁ二人とも陽キャだし、カラオケなんて慣れてるし、どうせ上手いだろ)


曲が始まるのと同時に、俺はトイレに行かなかったことを後悔していた。

(なんっだよこれ!ジャ◯アンといい勝負じゃねぇか!)

わざとなのかというくらい外れる音程バー、どれだけマイクの音を下げても変わらない爆音。バラードのはずなのに繊細さのかけらもなく、これが拷問だと言われても納得してしまうような状況が目の前にあった。

と同時に、陽キャ=歌が上手いというイメージが崩れていくのを感じた。

完璧超人など、この世にいない。

というのを不本意な形で知ってしまったが、なんとか耐え抜き、曲が終わりを迎える。


と、同時に2人が部屋に入ってくる。


「お前らタイミング悪りぃなぁ、もう歌い終わっちまったよ。せっかく俺の歌を聴かせようと思ってたのに。ほら、見てみろよ。駆なんて俺の歌が上手すぎて言葉も出てこねぇみたいだぞ。」

どこがだよ!とツッコむ気力もなくソファにもたれかかっていると

「いやーごめんね。ドリンクバーが混んでてさぁ〜。」

「俺の方もトイレめっちゃ混んでてさぁ。ほんとタイミング悪いよな。あー聞きたかったなぁ(棒)」

「そんなに言うならもう一回聞かせてやるよ」

「「それは大丈夫」」

と、二人の全力の否定におじけた涼はいそいそと

ソファに座り、ジュースを飲み始めた。

瀧が横に座り別の曲を勧めている。

(まだ続くのか!?)

と怯えていると、隣からフワッと香るラベンダーの香りが鼻腔を刺激する。


「ごめんねー涼を置いてきちゃって。もしかしたら駆っちなら耐性があるかもって思ってさ〜」

と言いながら飲み物を手渡してくれる。

「あれに耐性ある人なんているの!?」

と驚くが

「稀にいるんだよねぇー。今のところあるのはしーちゃんだけなんだけどね。あっ、しーちゃんは瀧の妹ね。しーちゃんは涼の歌が好きでね、それであいつ調子乗っちゃってるんだよねぇ」

と、説明を加える。あれを耐えれるだけでもバケモンなのに好んで聞く人がいることに驚きを隠せずにいると、

「あいつがほんとにやばいのバラードだけだから。ロック系はもう少しマシなの、瀧がいい感じに誘導してくれるから安心してね。でも、今回は一人にしちゃってごめんね」

と、上目遣いで謝る茜を見て

(っっっ可愛すぎだろ!!こんなのされたら許すに決まってるだろっ!)

あざと可愛い茜の仕草に悶えていた俺に茜がマイクを差し出す、

「ねっ!この曲一緒に歌わない?君もこのアーティスト好きでしょ?」

オタクにとって、選択肢は一つである。













__________________


自宅に着いた俺は今日の出来事を思い返す。

(まったく、とんでもない一日だった)

いくつかのハプニングはあったものの、茜とも話せて最高の一日だった。

ただひとつ、不穏な事があるとすれば帰り際に氷宮の話になったとき、

「氷宮さんと仲良くなれるのかなぁ」

と言う茜に

「誰だって初対面はあんなもんだろ。席も隣だし、これから仲良くなっていけばいいだろ。」

と涼が返す。

「涼が女子に興味示すなんて珍しーじゃん。もしかして涼、氷宮さんのこと気になってるの?」

と茜がからかいまじりに言う。茜としては否定の返事を期待していただろう。でも現実は違った。

「まぁそんなとこ」

一瞬の静寂が流れた。

「えっ?あの涼が?」

と驚く瀧。

茜は「いやーついに涼にも春が来たのかー。」

と、笑って返す。

「まだ好きとは言ってねーだろ」

と、いつもの空気感に戻るが、俺は気づいていた、茜の声がかすかに震えていたことに。


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