1-02
「二階はたぶん病室なの。そんなに大きな建物じゃないから二部屋しかなかったけど、入院できる施設だったんだね。わたしが階段をのぼりきったら、そのうちひとつのドアがぱたんって閉まるところだった」
「うんうん」
私は真剣に話を聞く。るりちゃんが真剣だからだ。しかめっ面で、これ以上大事な話はなかなかないよって感じで、傾聴する。
「それで病室のドアを開けようとしたんだけど、開かないの。ガチャガチャやっても全然。でも中に何かがいるような気はするのね」
私は想像する。白い入院着を着た幽霊が、突然住処に押し入ってきたるりちゃんと出くわしそうになって、慌てて逃げる。病室に逃げ込み、鍵をかけ、ほっとしたところでドアノブがガチャガチャ動く。ドアがどんどん押される。もしもそのドアに窓がついていたら、曇りガラス越しに黒髪を長く垂らしたるりちゃんの姿がぼんやり映るかもしれない。幽霊はどんな気分だろう? 怖くて生きた心地がしないかもしれない。いや、もう死んでるんだけど。
「でさ、開かないなら仕方ないじゃん? だから隣の病室を見ることにしたの」
天井も壁も床も白い部屋の中に、ベッドが四つ。誰もいない。幽霊もいない。たぶん。るりちゃんはヒールを鳴らして病室の中に入る。ベッドの下をひとつひとつのぞき込み、カーテンを開き、天井を見上げてみる。何も視認できない。怪しい物音も、においもしない。
何かがいるとしたら、やっぱり隣の病室だ。
「だから窓の外に出たの。ベランダはないけど、このくらいの庇があってさ、そこを足場にしたわけ」
「ちょっとるりちゃん、そういうことは危ないからやっちゃダメだよ」
この話の中で一番怖いシーンだ。どうせヒールで上ったんだろうから、本当に危ない。るりちゃんが本当に怪我をしたりしたら、私にとってはものすごい損失なのだ。でも、るりちゃんにはいまひとつ伝わらない。小鳥みたいに首を傾げてきょとんとしている。「何が悪いのかわからないな」って感じのかわいい表情をしていれば、私の怒りは解けると思っているし、実際すぐ解ける。まぁ実際のところ、怪我はせずに済んだわけだし、仕方ないね。るりちゃんだから。
ともかく、るりちゃんは窓の外に出る。汚れた窓ガラスに両手をつけたまま、脚をぐっと伸ばして隣の部屋の庇に半身を移す。そっと窓の中を覗き込む。顔を傾けると、長い黒髪がさらさらと下に落ちる。
「そしたら、部屋の中からキャーッ! って叫び声がしたのね」
るりちゃんはもう片方の脚も移動させて、完全に隣の庇に移ってしまう。もう相手に気づかれてしまったので、遠慮することはない。両手をべたんとガラスにつけて、しげしげと中を覗き込む。
「人間だった」
残念、とるりちゃんは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「その辺り、山の中ではあるけど近くに何軒か家があってさ。お金も場所もない高校生カップルが、こっそりイチャイチャするために廃病院に忍び込んでたというわけ」
「それは残念」
「ね。それで男の方が我先に逃げちゃって最悪。女の子超泣いてたよ」
若いふたりは破局したかもね。るりちゃんは笑うでも、嘆くでもなく、そう言って話を締めた。
オチはついた。でも、るりちゃんはまだ何かあるって顔をしている。
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