第4話【ドルトンSIDE】 飴玉の力……の使い道がない!

「ボタンと飴玉を渡せば100万ペニー。どう使ったものか」


 おそらく待ち合わせ指定の場所。


 村の端にある家の裏。

 そこで、ドルトンは待っていた。


「……待たせたな」


 そんなドルトンに、フードマントを被った一人の男が話しかける。


「フンっ、100万ペニーは持ってきたんだろうな」

「ああ。そっちは、ボタンと飴玉は?」

「これだ」


 ドルトンはボタンと飴玉を取り出した。


「……確かに、ボタンと……ふむ、今回は、高威力の属性魔法を使えるようになる飴玉か」

「ほう……」

「とりあえず、渡してもらおう」

「100万ペニーが先だ」

「……いいだろう」


 男はドルトンに、紙幣の束を渡した。


「間違いない」


 ドルトンは紙幣を受け取った。


「なら、これだな」


 ボタンを投げ渡しつつ……ドルトンは飴玉を、自分で舐めた。


「!」

「うむ。味はまぁ普通だな」


 男はボタンを受け取りつつ、ドルトンの行動に少し反応したようだが……。


「属性魔法を使えるんだな?」


 ドルトンは手をかざすと、そこに、炎の玉が出現した。


「おお、凄い! これほどの魔法を使えるようになるとは」

「……」

「フハハハッ! 100万ペニーと魔法の才能は私がうまく活用してやる。残念だったな!」


 そういって、ドルトンは男に背を向けると、そのまま去っていった。


「……ふむ、まぁ、『何も問題はない』か」


 男はそう言って、その場から去っていった。


 ★


 その一時間後のことだ。


「さぁ、見ておけ。俺は強大な力を手にしたのだ」


 村の広場には丸太が建てられ、村人たちが集められている。


「え、ええと、ドルトン様?」

「お前たちは魔法を見たことなどないだろう。だが、俺は手にしたのだ。よく見ておけ」


 丸太に向けて、ドルトンは手をかざす。

 すると……そこに、炎の玉が出現する。


「お、おおっ!」

「火の玉だ!」

「これが魔法……」


 村人たちは驚いている。

 それはそうだろう。

 そもそも村人というのは、村の中で必要なことをして、余剰なものを行商人に売ってお金を得て、必要な物を買う。


 ただそれだけのコミュニティであり、『大きな技術』は入ってこない。


 リューカは村長に天候の情報を渡したり、村長が嫌がる計算や事務を代わりにやって給金を得て、それを行商人に追加料金を出して頼んでいた。


 何故それで追加料金を払えるほどのお金を得られるかというと、答えは単純。


 それで『節税』ができるからだ。


 物が納められることは重要だが、それ以上に、正確な情報が全てそろった資料はとても重要。

 というより、『王国側のコスト』が大幅に軽減されるため、節税が適用できる。


 王国側も、識字率が低いため『書類が全く作られない』ことを前提とした徴税をしており、リューカのような存在が一人いると、大きく払う税が少なくなる。


 それによって得たお金で本を買っていたが、言い換えればその程度。


 本は嵩張るため、行商人だって普通は持ってこない。


 多くの情報が詰まったツールである本を頼むのがリューカくらい。という環境だったギルテ村にとって、手をかざすと火が出る。というのは、世界が変わったような感覚すらある。


「それっ!」


 ドルトンは火の玉を飛ばす。

 丸太に当たると、勢いよく燃え出した。


「す、すごい!」

「勢いよく燃えたぞ」

「普段はあんなに苦労するのに、これが魔法」


 感激と困惑が入り混じる村人たちを前に、ドルトンは機嫌がよくなったようで……。


「フハハハッ! これからは俺の時代だ!」


 火の玉の威力は、確かに高い。

 それは紛れもない事実だ。


 それは、という前提ではあり、そこが重要ではあるが。


 ★


「……チッ」


 次の日。

 すでに、ドルトンはかなりイライラしていた。


 そもそも論、ギルテ村は、『高度な魔法』など必要としないのだ。


 確かに、炎や水を出せること、土を動かせることや風を吹かせることは、紛れもなく『すごいこと』であり、作業を楽にさせる。


 だが。


 とてつもなく、『地味』である。


 もちろん、その地味な作業の中の一つ、『水を運ぶ』といえど、そこには人というリソースを投入する必要があるため、それを解消できるのは非常に便利である。


「クソっ、これほどの才能があるのに、村には何もない!」


 便利。

 楽になる。

 そんなことを、魔法を手にした初日はたくさん言われたが、力を手に入れてできるのが『簡単な作業の肩代わり』だ。


 高威力の地属性魔法を使うことはできるが、調整はできないため、農場の拡張や改良はできない。


 辺境の村と言えど、三十年も生きていれば、それ相応の噂を耳にする。


 例を挙げれば。

 近くの村で地属性魔法の才能がある子供が生まれて、研究した結果、農場が大きくなったそうだ。

 木で水門を作って川からの水路を整備され、収穫量が多くなったという話を聞いたことはある。


 だが、ドルトンの場合、土を大量に生み出すことや、槍の形にして飛ばすことはできる。

 しかし、飴玉はあくまでも『高威力の属性魔法を使えるようになる』というだけで、調整は効かない。


 農業を作るなどという器用なことができるはずもない。


 加えて、長い間、同じ作業を繰り返して、村人なりにノウハウや慣れが体に染みついているため、『そもそも仕事が少ない』のだ。

 じゃあ何をしているのかとなれば、のんびりしたり、リューカの節税で余った金で行商人から購入した玩具で遊ぶ程度。


 村には特産品もないので、トランプ数組くらいはあるが、賭け事がほとんど行われないほどだ。


 じゃあ畑を拡張すれば、という話はあるだろうが、管理コストの問題があるため、広げればいいという話ではない。


「……チッ、そういえば、モンスターが森にいるそうだな。これを倒せば、俺の成果になるか」


 近くの森には、ゴブリンやオオカミなど、モンスターがいる。


 ……ただ、間違いないのは。


 村人たちだけでもある程度対応できるくらいの強さだからこそ、ギルテ村には『大したもの』がないのだ。


 これが強力なモンスターが頻繁に出現するとなれば、モンスターの勢力圏を大きくさせないため、兵士が常駐することもあるだろう

 が、モンスターが弱いから今まで問題になっていない。


 しかし、倒して、『魔石』という、魔力が込められた石を手に入れることができれば、それを行商人に売って金にできる。


 強さを手にしたのならば、相手にするのはモンスターだ。


 ★


「おい、お前ら、ついてこい! これからモンスター狩りだ! 俺様の本当の力を見せてやる!」


 ドルトンは、未だに彼に従っている(というより、逆らえない)取り巻き二人を連れて、意気揚々と村近くの森へと足を踏み入れた。

 強力な属性魔法を使えるという全能感が、彼の足取りを軽くしていた。


 森の木々が鬱蒼と茂り、昼間でも薄暗い場所だったが、今のドルトンに恐れるものなどない。

 むしろ、この薄暗さが、彼の放つであろう炎魔法をより劇的に演出してくれるだろう。とすら考えていた。


「どいつもこいつも、俺様の力を知ったら腰を抜かすだろうぜ」


 ズカズカと、特に周囲を警戒するでもなく森の奥へと進む。取り巻きたちは少し不安そうな顔をしていたが、ドルトンの高揚した様子に何も言えなかった。


 しばらく進むと、茂みの奥でガサガサと物音がした。


「ん? 出たか」


 現れたのは、緑色の肌をした、小柄な人型のモンスター――ゴブリンだった。

 粗末な布を腰に巻き、錆びたナイフを手にしている。


 ゴブリンは、ドルトンたち三人を見て、一瞬怯んだような素振りを見せたが、すぐに威嚇するようにキキッと汚い声を上げた。


「ハッ、なんだ、ゴブリン一匹か。つまらねえ。まあいい、最初の相手には丁度いいか」


 ドルトンはゴブリンを侮りきった目で一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らして取り巻きたちの方を振り返った。


「おい、よく見ておけよ。これが魔法の力だ。あんな雑魚、俺様にかかれば――」


 ドルトンが得意げに語り始めた、その瞬間だった。

 ゴブリンの濁った目が、ギラリと光った。


 目の前の人間が、完全に自分から視線を外し、油断しきっている。弱いモンスターなりに、それが絶好の機会であることは理解できたらしい。


「キシャアッ!」


 短い叫びと共に、ゴブリンは低い姿勢からドルトン目掛けて突進してきた。その手に握られた錆びたナイフには、紛れもない殺意が込められていた。


「ひっ!?」


 突然の接近と殺気に、ドルトンは情けない悲鳴を上げた。ついさっきまでの威勢はどこへやら、完全に不意を突かれ、迫りくるナイフを前に体が竦む。


 戦ったことはおろか、反抗されることすらほとんどなかった三十年。

 それは、彼から『恐怖への耐性』を奪っていた。


(死ぬ!? 俺が、こんなところで、ゴブリンなんかに!?)


 恐怖が思考を支配する。もはや、力を制御するとか、適切な威力で、などという理性は吹き飛んでいた。


 ただ、生き残りたい一心で、彼は飴玉によって得た力を、衝動的に、最大出力で解放した。


「う、うおおおおおおおおっ!」


 ドルトンの手のひらから放たれたのは、先ほど村で見せた火の玉とは比較にならないほど巨大な、灼熱の炎塊だった。


 ゴブリンは、あまりにも規格外の熱量と光量に反応する間もなく、その存在ごと一瞬で飲み込まれ、炭と化して地面に落ちる。


 魔石だけを残して塵となって消滅し、あまりにもあっけない幕切れだった。


「……ぜ、ぜぇ……はぁ……」


 ドルトンは肩で息をする。恐怖で膝が笑っていた。


「ド、ドルトン様! さすがです!」

「一撃で!」


 取り巻きたちが称賛の声を上げるが、ドルトンにはそれに答える余裕はなかった。

 そして、彼らはすぐに気づくことになる。ドルトンが引き起こした、ゴブリン一匹にはあまりにも過剰な力の代償に。


 ゴウッ! と音を立てて、ドルトンが放った炎塊が着弾した地点を中心に、周囲の木々や下草が一気に燃え広がっていた。


 乾燥した森は、絶好の燃料となった。


「なっ!? 火事だ!」

「ドルトン様! 火が!」


 取り巻きたちの悲鳴に、ドルトンも我に返る。見れば、火の手は瞬く間に広がり、周囲を赤々と染め上げようとしていた。


「くそっ! なんでこんなことに…!」


 パニックに陥るドルトン。


 同時に、先ほどの最大魔法の行使により、体の中から急激に力が抜けていくような、強烈な倦怠感に襲われていた。


 これが、魔力の枯渇に近い状態であることに、彼はまだ気づいていない。


「ドルトン様! 水を! 魔法で水をお願いします!」


 取り巻きの一人が必死に叫ぶ。

 そうだ、魔法がある。炎があるなら水もあるはずだ。


 ドルトンは震える手を再び掲げ、水をイメージする。だが――。


「……う、ぐ……で、出ねえ……!?」


 先ほどの炎魔法で、けちって使わなかった分の魔力も含めて、ほとんどを使い果たしてしまっていた。手のひらからは、申し訳程度の湿り気すら生まれない。


「そ、そんな……!」

「ドルトン様!?」


 燃え盛る炎は容赦なく迫り、熱風が肌を焼く。

 煙が目に染み、呼吸も苦しくなってきた。


「だ、だめだ! 逃げるぞ!」


 もはや、火を消すことなど考える余裕はない。このままでは自分たちが焼け死んでしまう。


 ドルトンは、取り巻きたちと共に、迫りくる炎から逃れるように、森の外へと無我夢中で走り出した。

 その顔は恐怖と焦りで歪みきっていた。


 強力な魔法の才能を手に入れたはずの男の、あまりにも情けない初陣。


「……『才能』があっても『素質』がなければ、この程度か」


 森の近くまで来ていたフードの男の、端的な評価。

 それが、ドルトンのすべてを物語っていた。

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