冒険者はおしまい~アラフォーで引退した俺をみんなが放っておいてくれない。俺はただ、スローライフを送りたいだけなのに~
つきのわ
第1話 第二の人生を始めよう
俺は今日、冒険者を引退する。
十五歳から始めた冒険者生活の中で必死にお金を貯めた。
無理も沢山してきた。
多くの苦労もあった。
その努力の結果、質素倹約であれば生きいけるくらいのお金を貯めることが出来た。
もう
「そんなわけで、引退するから冒険者ライセンスは返却させてくれ」
場所は冒険者ギルドの受付にて。
引退を告げた瞬間、第二の人生を歩むことを実感して不思議な昂揚感を覚えた。
(……残りの人生、のんびり生きよう)
贅沢はできなくても、理想のスローライフが送れるなら俺にとってそれは幸福な人生だから。
「え……え? いん、たい? は――引退!? って、どういうことですかロアンさん!!」
受付嬢のミラが、俺が返却した冒険者ライセンスを見て目を丸めている。
「どういうことって、ミラには前から言ってたよな?」
「隠居してスローライフってやつですか!?
あれ本気で言ってたんです!?」
ミラは受付のカウンターから乗り出すくらいの勢いで俺に迫ってきた。
何をそんなに慌てているのだろうか。
「むしろ冗談だと思ってたのか?
世の中、仕事したいやつなんていないだろ?」
「そ……それは、そうなのかもしれませんけど……」
何か言いたいようだが、ミラは言葉が出ないのか視線を右往左往させ始めた。
「だろ? だから今日で冒険者引退させてもらうから」
「まままま待ってください! ちょっとここで待っていてください! 直ぐに戻りますから! 絶対! 絶対帰らないでくださいね!! 約束ですから! 破ったら針千本、あたしが飲みますから!!」
お前が飲むのか!?
そんな俺の内心を告げる間もなく、ビュ~~~~ンという擬音が聞こえそうなほどの速度で、受付嬢はギルドの執務室へと走っていく。
「……一体、どうしたんだ?」
ただライセンスの返却をしたいだけなのに、何か問題があったのだろうか?
※
ロアンが受付で待ち呆けている間、執務室ははっちゃかめっちゃかであった。
「なああああああっ!? ロアン・ロアランが引退だと!?」
「彼は世界でたった一人の、英雄級冒険者だぞ!!」
英雄級というのは、世界中の冒険者でただ一人――ロアンにのみ与えられた資格だ。
一般的な冒険者ライセンスは、S、A、B、C、D、E、Fという順でランク分けされている。
しかしこの世界には、ランクでは計り切れない力を持った特別な冒険者たちが存在する。
その一人が英雄級を与えられた唯一無二の冒険者ロアン・ロアランというわけだ。
「ロアンさんが引退なんてことになったら、今後のギルドに届く
「冒険者を引退するだけならまだいいさ……もし彼がこの大陸を出るつもりでいたら……」
その一言で、この場にいる職員全員が『はっ!?』と、何かに気付いた顔をした。
「各国のパワーバランスが崩れかねん! いや、間違いなく崩れるぞ!!」
あああ~~~~と、職員たちから悲鳴が上がっていた。
ロアン本人は当然、職員たちの阿鼻叫喚がギルドの執務室で起こっていることを知らない。
多分今頃、
「は~くしょん!」
と、呑気にくしゃみをしているだろう。
そして、
(……風邪引いたかなぁ?)
などと思っているに違いない。
そんな冒険者を引退しようとしているアラフォーは、この世界の抑止力であり人間国宝だった。
彼の伝説は吟遊詩人でも語り尽くせぬほどだ。
その伝説の中でもっとも有名なのは、攻略不可能と言われた三つのクエストを達成したことだろう。
一つ目は――神の頂と呼ばれる天を貫く塔を攻略したことだ。
結果、今は大陸にはいないとされる神々の痕跡が複数発見された。
このお陰で神学者たちの魔法研究が千年先に進んだと言われている。
二つ目は――冥府の底で『世界を喰らう獣』を討伐したことだ。
地底に眠る怪物が十年後に世界を滅ぼす。
女神の預言書にそう記述されていたことが、大地母神ユミナを祭る教団によって一部の者にのみ伝えられていた。
そして、ロアンは教団の大司祭に命じられて討伐任務に向かったその日――預言書に書かれた記述が書き変わったそうだ。
たった一言――世界は救われたと。
そして三つ目は――これらの偉業の中でも最大の偉業と言われ、彼の名を世界に知らしめた依頼となる。
それはほんの十年前のこと。
世界の覇権を賭けて五つの国家は争っていた。
だが一人の青年が、圧倒的な戦闘力で全ての国家を休戦にまで追い込んだ。
その結果、各国が平和条約を結ぶまでに至る。
つまり彼は冒険者という身で『世界大戦』を終戦させた男なのだ。
これ以降、ロアンは世界の秩序を守る為の抑止力と呼ばれるようになっていた。
ちなみにこの依頼は、ある少女からのものだったということが、のちの報告から判明している。
「考えてみたら、ソロであれだけ無茶な依頼ばかりをこなしていたのは……」
この場にいる職員全員が再び『はっ!?』と何かに気付く顔をした。
「「「がっぽがっぽ稼ぐ為だったってことかあぁ!?」」」
職員たちの長年の謎が解けた瞬間だった。
だがここで問題になるのは、どうすればロアンを引き止めることができるのかだ。
「全員で土下座で頼んでみるとか?」
「あ~……確かにロアンさんは人がいいですけど……」
「冒険者をやめる為に頑張ってたなら、難しいんじゃないか?」
「なら……そうだ!
最後に何か超高難易度クエストを受けてもらえないか尋ねてみては?」
「なるほど……依頼が達成されるまでは、ロアンさんが冒険者でいてくれるということですね!」
だが、それは時間稼ぎにしかならないことを、この場にいる誰もが理解していた。
「それでも、今直ぐやめられるよりはマシよね?」
全員が一斉に頷いた。
他に方法はない。
「……一時的な措置だが、何もしないよりはいいか」
ギルドマスターの承認を得て――ミラは執務室を飛び出した。
※
数分後――ミラが執務室から出てきた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。
ロアンさん、ライセンスを返上する前に一つお願いがあります」
「なんだ?」
慌てた様子だが緊急事態だろうか?
「超高難易度クエストを受けてただけないでしょうか?」
「何か緊急性の高い依頼ができたのか?」
「はい。
来月までに達成者がいなければ、
あまりにも大袈裟な名前がついているが、実力ある冒険者がパーティを組めば攻略可能な程度だと俺は思っている。
長年に渡り依頼が残っているのは多分、報酬が割に合わないから受ける者がいないのだろう。
「まぁ、俺でなくても第一級冒険者でパーティを組めばなんとかなると思うぞ」
「なりません! なりませんから! ロアンさんでなければ、この依頼の達成は絶対に無理です!」
疾風怒濤の如く必死な顔で訴えてくるミラ。
ここまで真剣な顔をする彼女を見るのは、かなり久しぶりだった。
「そ、そこまで言うのか?」
「はい! だからロアンさん……お願いします!
この依頼を受けてください!」
言って彼女は深々と頭を下げた。
不意に周囲を見ると、ミラだけでなくその場にいた職員全員が俺に向けて頭を下げる。
(……ええぇ……何が起こってるんだ?)
本気の意志は伝わってくる。
ここまでされてしまっては、話を聞かずに断るということはできない。
「……どんな依頼なんだ?」
俺がそう尋ねると、ミラは表情を輝かせた。
まるで一縷の希望を見たとでも言うみたいに。
「国境の境目に浮かぶ空中帝国はロアンさんもご存知ですよね?」
「ああ、あれか……」
この大陸には空に浮かぶ巨城があり、見たまま空中帝国と呼ばれている。
宮廷魔術師たちが数百年前の賢者の遺産なのではないかなんて言って、必死に調査しているらしい。
国境を跨ぐ形で浮かんでいる為、国家間の軋轢を生む切っ掛けの一つにもなっていた。
要するに、あれがどちらの国の所有物か権利を争ってるわけだ。
「ロアンさんには空中帝国の暴走を止めていただきたいのです」
「……なるほど。
巨城の魔力暴走が度々問題になっていたな」
空中帝国があれだけの巨体を浮かばせることができるのは、大量の魔力を保有している為だ。
しかも、あの巨城は生物のように成長しており、魔力の量が日々増大している。
だが、魔力の保有量には限界がある為、限界量に達すると魔力が暴発してしまうのだ。
結果、一時的に魔力を制御できない暴走状態となってしまう。
「暴発した魔力が大気に放出されることで、大量の魔物が引き付けられてしまうんですよね」
「だが、魔力暴走の頻度自体は少ないだろ?
いつものように大規模討伐戦を行えばいいんじゃないか?」
大規模討伐戦はモンスターを狩った数だけ賞金が出る。
冒険者たちの間では稼ぎ時などと言われる『イベント』だ。
死者も出る為、不謹慎この上ないが……冒険者なんてものは基本、荒くれものの集団の為、口汚い者も多いのだ。
「大規模討伐戦は死傷者は勿論ですが、周囲への被害も多くなっていて……それと実は……魔力暴走の頻度が今年になって増えているんです」
「そうだったのか……」
だとすると、このまま放置してしまえば危険度は増すだろう。
「どうか……この依頼を受けていただけないでしょうか?」
「一つ確認がある。
この依頼、解決する為なら何をしてもいいか?」
「はい……こちらは国から出願された依頼なので、定期暴走を止める為なら手段は問わないと」
「わかった。なら受けけさせてもらおう。
今からでもいいよな」
「え……あ、は、はい! で、では……こちらの依頼書にサインを……」
差し出された依頼書にサインを書く。
そんな俺を見ながら、なぜか職員たちは歓喜に沸いていた。
中には涙を流すものまでいる。
この依頼一つを受けただけで、あまりにも大げさすぎる気がするが。
「あのさ、このギルドって屋上に出られたよな?」
「ぇ……あ、はい」
「入ってもいいか?」
「も、勿論です。
ご案内します」
ミラの案内でギルドの屋上へ入れてもらった。
それなりの高さが有り、見晴らしもよく周囲に人もいない。
「お~、空中帝国もはっきりと見えるな」
直線距離で200キロは離れているだろうか?
それでも、棲んだ青空にはくっきりと浮かぶ巨城が見える。
「あのロアンさん……また大変な依頼を頼んでしまって申し訳ありません」
「いやいや、直ぐに終わらせるから」
「え?」
「少し離れてくれるか。
それと、この辺りに被害は出ないようにするから安心してくれ」
「ぇ……あ、は、はい」
一歩、二歩、三歩――ミラが下がったのを見てから、俺は創造を開始した。
「幻想――解放――」
右手と左手に何かが創(う)まれた。
それは次第にはっきりとした形を成して、無色の大剣へと変わっていく。
「魔力充填――融合開始――」
続けて右手と左手の大剣を重ねると、大剣と大剣が融合して一本の大剣へと変化していく。
俺は創造を続ける。
魔力を力へと変化させることのできる俺の能力は――明確なイメージを持てば持つほどに、強大な力を発揮することができる。
では俺にとって最も力をイメージすることが出来るものは――武器――あらゆる絶望すらも薙ぎ倒していく、子供の頃に見た憧憬。
今、俺の頭の中で創(う)み出されるのは――あの巨城すらも一撃で破壊することのできる――現実には存在しない幻想の大剣。
「創造完結――具現化完了――」
魔力を創造へ、創造を力へ変えて――
「――解き放つ――」
俺は大剣を振り下ろした。
瞬間、魔力の渦が町を覆った。
町にいる者の多くが目にしたのは――幻想的なまでに眩い光の波。
だがそれも一瞬で消えていく。
刹那の時に放たれた光速の一撃。
それが大剣から放たれた斬撃魔法だと知っているのは、この力を使った俺を除けば――共にこの場にいたミラだけだろう。
「……よし、終わったぞ」
「……え?」
「ほら、もうないだろ」
「ないって―だっしゅ え……ええぇええええっ!?」
俺が指を向けたのは――つい先程まであったはずの空飛ぶ城。
しかしもう、悠々と浮かぶ危険の象徴であったそれは、どこにも見当たらなかった。
「空中帝国は消滅させたぞ。
これで最後の依頼は完了だな」
「ぇ……ぁ……は、は、い……?」
なぜ疑問形なのか。
だが、あらゆる手段が認められているのなら、消滅させたほうが早い。
俺も時間を無駄にせずに済むからな。
「じゃあ報酬は銀行に振り込んどいてくれ。
今まで世話になったな、ミラ」
こうして、俺の冒険者人生は終わりを告げたのだった。
これで、冒険者はもう終わりだ。
スローライフな人生の第二幕を始めよう。
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