夜語(よがたり)

ロロ

目のあいた箱

山奥の集落に、古い蔵があった。

小学校の裏手、杉の木に囲まれたその蔵には、誰も近づかなかった。近所のおばあさんがよく言っていた。


「“赤い蔵”は女の子が行っちゃだめ。中にはね、昔の悪いものが詰まってるんだよ」


その蔵に興味を持ったのは、東京から引っ越してきた友人だった。

彼女は、都会育ちらしく、そういう話を迷信と笑い飛ばしていた。


ある日、私たちは好奇心に負け、放課後の道を曲がった。

赤い蔵の前に立ったとき、鳥の鳴き声がぴたりと止んだ。


蔵は錆びた南京錠で閉ざされていた。

でも、友人は細い手を突っ込み、錠の隙間から中を覗き込んだ。


「なにこれ……箱みたいなのが……いっぱいある……」


その日の夜から、友人は変わった。

学校に来なくなり、しばらくして彼女の家は転校した。


数年後。高校生になった私は、ふとあの蔵のことを思い出した。

台風で裏山の土砂が崩れ、蔵が壊れたという話を聞いたのだ。


見に行くと、蔵は半壊していた。壁が崩れ、中にあった木箱が雨に濡れて散乱していた。

その一つの箱だけが、まだぴたりと閉じたままだった。


木の表面には、細かく掘られた文様のようなものがあり、どこか“目”のようにも見えた。


その夜からだ。


夜になると、障子の外で「こと……こと……」と木を打つ音がするようになった。

最初は小さく、やがて、近づいてくる。


ある晩、ふと気づくと、障子の影に、細い指が映っていた。

子どものような、小さな手だった。ゆっくりと、引っかくように動いていた。


私は息を殺して、動かずにいた。


朝になると、その影は消えていた。

でも障子の紙には、無数の小さな穴があいていた。爪の先ほどの、大きさの違う穴が、まるでこちらをのぞくように。


あの赤い蔵の中には、なにが封じられていたのだろう。

なにを、誰が、閉じ込めていたのだろう。

そしていま、それは――まだ私のそばにいる。

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