第24話 涼ちゃん
「俺はとりあえず真帆の家か学校に近いところに就職するから。ストーカーみたいにね」
「涼平、お前、人生のことなんだからもっと真剣に考えろよ」
「考えてるよ。どうしたら今よりずっと真帆に会えるか考えてる」
「涼ちゃん⋯⋯」
「真帆にフラれたら考え直すけど、その前に真帆にフラれないようにする」
しーん⋯⋯とその場は静まった。
息が出来なくなるところだった。
わたしなんかの何処がそんなにすきなんだろう? 不思議で堪らない。何しろこの前、捨てられてきたばかりだし。
まさか、捨てる神あれば拾う神あり、ということでもあるまいし。
「涼平、俺が言うことじゃないけど、お前、かなり重い」
「え!? 愛って重くないの?」
「持てないもの持たせてどうすんだよ」
「え? 真帆も?」
「⋯⋯ストーカーはちょっと」
そしてみんなで大笑いする。
涼ちゃんは悪ノリして「え? 俺、マジで言ってるんだけど」なんて言い始めるし、青龍はため息をついたふりをしようとして、堪えきれず爆笑していた。
しーっと、声を潜める。
母屋の、何処かの明かりがパッとつく。たけちゃんを起こしてしまったかもしれない。
「まぁ、あれだ。俺は無難に就職するってこと」
「最初からそう言えよ」
「面白味がないじゃん」
「別に笑いはなくてもいいんだからさ」
涼ちゃんは一瞬、黙って、それから見えない暗闇を見るように正面を見て、真面目な声でこう言った。
「俺にはふたりみたいな立派な夢はないからさ」
「別にいいんじゃない? 他人をうらやむなんてお前らしくない」
そういうのが、青龍の優しさだ。
◇
翌朝、目が覚めると涼ちゃんが忍び寄ってきて「今日はオシャレして。朝食前に出かけるよ」と言ってくる。
オシャレ、という単語に違和感を抱きつつ、紺のワンピースに袖を通す。⋯⋯そう言えば、オシャレな靴はみんな置いてきちゃったんだよな、ということを思い出して、玄関に座り込む。
難題だ。
「途中で買えばいいよ」
「え?」
「そのワンピ、すごく似合ってるし。勿論、いつものTシャツにデニムもいいけどさ。靴なら涼ちゃんが買ってあげるから、安心しなさい」
「⋯⋯涼ちゃん、簡単に買ってくれるって言うけど、サンダルだって高いんだよ?」
「はいはい、涼ちゃんは実は普段、アルバイトを頑張ってるんでお金持ちなんです。ここに来る前も、予備校の夏期講習の前期を終わらせてきたところ」
「え? ゆっくりした方が良くない?」
「だから真帆とゆっくりしてるんでしょ。それとも毎日ダラダラしてる怠け者だと思ってた?」
⋯⋯怠け者だとは思わなかったけど、真剣にアルバイトに精を出すタイプだとは思ってなかった。そんな風に見てたこと、涼ちゃんに対して申し訳ないな、と思う。
涼ちゃんにとっては大事な休暇だったのに、時間を取らせてしまって。
「惚れた?」
「もう!」
「就職してもガンガン稼いでくるから楽しみにしててね」
「あんまり忙しい彼氏、やだなぁ」
「お、じゃあ在宅の多い仕事探すよ」
「彼女に振り回される男もやだなぁ」
「真帆は意外とうるさいな、そろそろ出るぞ」
帽子⋯⋯帽子を部屋に忘れてきてしまった。
行き先によっては日焼けしちゃうかもしれない。日焼け止めは塗ってきたけど。
「どうかした?」
「ううん、どうもしない。行こう?」
◇
ブルーの車は運転手が違うのに、滑るように走り出した。
慣性の法則を感じさせないゆっくり丁寧な加速で、涼ちゃんの運転が上手いことが分かる。
軽自動車なのに、高い車に乗ってるような乗り心地だ。
「寒くない?」
「ちょっと寒いかも」
「温度上げていいよ」
いつもの何処かひとを茶化すような雰囲気がなくなり、真っ直ぐ前だけを見ている。別の人を見ているような気分になる。
「コンビニ寄ってくね。飲み物、真帆もいるよね?」
「あ、一緒に降りる」
ブラックのコーヒーと、アイスティーをカゴに入れる。
「食べ物も欲しかったら入れて」
「涼ちゃん、すきなものある?」
「眠気覚ましにグミがあるといいかなぁ。固いヤツ」
固いの、とパッケージを見ながら探す。迷った末、グレープ味のグミをカゴに入れる。
わたしはお気に入りの溶けないチョコレートを見つけた。
「この先のサービスエリアでご飯、食べようと思ってるけど、おにぎりとか少し食べておく?」
「サービスエリア?」
「うん、今日はちょっと走るよ」
ポカーンとしていると、涼ちゃんはレジに向かっていた。
アイスティーの蓋が固くて、一生懸命回していると、右からサッと手が出てきてカチッとボトルを開けてくれる。
「ありがとう」と言うと「ゆっくりでいいよ」と言われる。高輪くんみたいだな、と思って、正反対に思えていたふたりが似て見えたことに驚く。
わたしが驚いている間に、涼ちゃんがスマホを弄って、Bluetoothに接続していることに気付く。涼ちゃんのプレイリストからは、聴いたことがないけど耳に心地いいサウンドが流れてくる。
「洋楽は聴かない?」
「あんまり」
「邦楽に変えようか? 何がすき?」
「最近は特には」
「じゃあ悪いけど、このままにしておいて。聴き慣れた音楽の方が運転に集中できるから」
車は再発進する。
そのまま走り続けると、高速道路の乗り口に着いた。
「高速、乗るの?」
「うん。最初のサービスエリアまでお腹の虫に我慢するように言っといて」
ETCがピッと鳴って、ゲートを通過する。慣れないことに少し不安になる。
「気持ち悪くなったり、トイレに行きたくなったら早めに遠慮なく言ってね」
「はい」
いつもよりずっと大人びた涼ちゃんが、直視できない。
わたしは窓の外の変わりゆく景色に目を移す。外の景色は郊外の緑深いものから、段々、都会的な景色へと移り変わる。
何処へ行くのかな、と思う。
車は左にウインカーを出して、サービスエリアに入っていった。
「サンドイッチ、すき?」
「うん、よく食べるよ」
「ほんと? 良かった。青龍のところは和食中心だから、真帆も和食しか朝は食べたくないって言ったらどうしようかと思ってた」
「そんなことないよ」
冗談で言っている様子もなく、余裕のない顔をしている涼ちゃんも新鮮で、つい微笑んでしまう。
涼ちゃんは本当に安心したらしく、わたしの手を取って歩き始めた。
そこにはいろんな種類のパンがあって、わたしは右往左往する。混んでいるので、他のお客さんに思わず当たってしまったりして、お互いにペコペコする。
涼ちゃんがどれがいいか訊いてくれて、決まらないわたしの代わりにいくつかをチョイスしてくれる。
パンが決まったらトレイを持ってレジに向かってくれて、わたしには店の外で待っているように言った。
なんの役にも立たないな、わたし。
このままだと一日、涼ちゃんに迷惑かけてばかりかもしれない。
「ごめんね、待たせて。これは車の中で食べよう」
さっと手を繋がれる。
パーキングエリア内は車の通りが激しい。ぼーっとしてたら轢かれてしまう。涼ちゃんの手に、ギュッと力が入る。
「うわー!」
「美味しい?」
「すっごく美味しい! それに見た目もオシャレ」
「撮らなくていいの? 女の子ってこういうの、すぐにインスタに上げたがるじゃん」
「えー? インスタには上げないけど、撮っておこうかな?」
わたしが不器用にカメラのアングルを決めていると「貸してごらん」と涼ちゃんが、わたしとパンを撮ってくれた。
「ありがとう」と言うと「俺も」と言って、パンを持つわたしを含めて涼ちゃんは自撮りした。
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