【PV 330 回】『HELLO, MY AI! ― 君と話した、はじめての英語』

Algo Lighter アルゴライター

■第1章:声だけの転校生

01|その日、教室にAIが来た

四月の風が、校舎の窓ガラスをくすぐるように吹いていた。


始業式からちょうど一週間。春の空気に慣れきれないまま、俺たちは“新しい日常”に、どこかで無理に体を押し込んでいた。


その日も、いつもと変わらないはずだった。


チャイムが鳴る三秒前、ホームルームの始まりを告げる前に、担任の藤本先生が教室に入ってきた。手にはノートPC。そして、少しだけ緊張したような顔。


「えーっと、みんなに紹介する新しい“転校生”がいます」


ざわつく教室。

けれど、扉は開かれない。誰も入ってこない。


先生はノートPCをパタンと開くと、プロジェクターにケーブルをつないだ。


数秒後。

白いスクリーンに現れたのは、透き通った光の粒が集まって形づくられた、少女の姿だった。


「初めまして。私はE.L.L.A.(エラ)。このクラスの英語学習をサポートする、対話型AIです」


声は、クリアで、でもどこかあたたかい。人工音声のはずなのに、たしかに“誰か”が話しているような、不思議な感覚だった。


教室が一瞬、静まり返る。


「AI!?」「マジで?」と、何人かが小声で囁く。


俺はというと、ぼんやりと彼女──いや、“それ”を見つめていた。


「光、どうしたの?固まってるよ」

隣の席の理沙が、肘で軽くつついてくる。


「……いや、うん。なんか……本当に、未来ってやつが来た気がしてさ」


そう答えながらも、頭の中はぐるぐるしていた。

AIが授業に? 話す? 理解する? 俺の英語の点数は常に平均以下。そんな俺に、人工知能が何を教えられるって言うんだろう?


「今日から、このE.L.L.A.が個別にみんなの発音練習や会話の相手をしてくれます。どんどん話しかけてください。英語で、ね」


そう先生が言ったとき、エラの視線──いや、視線のような何かが、こっちを向いた気がした。


そして、スクリーンの中の彼女が、微笑んだ。


“Hello, Hikaru.”

「こんにちは、ヒカルさん」


息が止まった。


名指し、された。

クラスの誰よりも先に。


「……え?」


まぬけな声が漏れた俺に、エラはまた柔らかく笑ったように見えた。


“Don’t worry. Mistakes are welcome.”

「大丈夫ですよ。間違えることは、歓迎です」


スクリーンに映るのは、ただの映像のはずなのに。

どうしてだろう。

そのとき、俺は確かに思ったんだ。


「もしかしたら、このAIなら……俺のこと、わかってくれるかもしれない」って。


それが、すべての始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る