第4話 ぬっとばすお side.柊

 血反吐を吐き眠気と戦い怨嗟を垂れ流しつつ書き詰める脚本。書き始めてからすでに一週間経過してなお、終わりが見えない現状に泣きたくなった。もう泣いてると思う。

 学校では授業を受け、隙を見て内職し。放課後は部活中に脚本を書いて、時々先輩や同期に読んでもらって、何度も何度も手直し。夜、家に帰ってからも、授業の予習復習宿題を済ませた後はずっと執筆。それでやっと三分の二が終わり。残りの三分の一を書けばもう終わり、楽勝と思ったのが間違いだった。

 「ゔえええ、どうあがいても蛇足になっちゃうよお~……」

 残りの三分の一が、どう書こうとしても蛇足になる予感しかしないのだ。かといって現状の脚本だと、少々説明不足になる。あとちょっとを書きたいのに、そのあとちょっとが書けない。書こうとすると、書きすぎて一気に雰囲気が壊れてしまうのだ。何言ってるのかわからない?ヒイラギお姉さんもそう思う。でも事実なんだ。

 「あああん、セリフ二、三個書けば多分まとまるのに!!」

 今詰まってるのはサビからラストシーンに繋がるシーン。起承転結だと転のところ。ラストシーンは既に書いてるので、上手く繋げられるかがミソなのだ。

 「頼む頼むあとちょっとなのに!あとちょっとなのに!そろそろ沖田氏もソワソワしてたんだ書ききらないとヤバい!マズイ!追い込まれている!!追い込まれているぞ助けてェッ!!」

 「あきちゃ~ん、うるさいよ~!!あと晩ご飯できたから下りてきな~!!」

 「分かったお母さあん!!すぐ行きまあす!!」

 頭を抱えて叫び散らかしていると、お母さんに呼ばれる。すぐにパソコンを閉じて一階のダイニングに向かうと、そうめんが用意されていた。

 「ちょっと早いけどそうめん出しちゃった。秋ちゃん、めんつゆ用意して」

 「はあい」

 器を二個用意して、めんつゆ・氷・ネギを入れる。今日お父さんは残業と聞いていたので、お父さんの分はない。

 「はいっ、お好みで蒸し鶏入れてね~」

 「ワーイ!!いただきます!!」

 手を合わせて、ボウルに盛られたそうめんを。ちゅるちゅると啜っていると、アそうだ、とお母さんが口を開いた。

 「秋ちゃん、今度お母さん研修でイタリア行くからおうち空けるね。お父さんも早めに帰ってくるとは思うけど、自分でご飯作れる?」

 「分かった、頑張ります。イタリアのどこ行くの?」

 「ヴィラ・ジュリアとか、色々だよん。お土産何がいい?」

 「ピエタ」

 「交渉してみる~」

 お母さんは学芸員をやっていて、こうして時々、研修という名の美術館巡りをすることがある。かくいう私も、小さなころはお母さんの研修に連れてってもらって、全国津々浦々の博物館・美術館を訪れていた。おかげで現在無事に神話狂い・世界史狂いのヒイラギお姉さんが誕生している。後悔はない。

 ちゅるちゅる。味変でめんつゆにワサビを入れて、また一口。そうめんやっぱり揖保〇糸~♪が一番おいしい。こないだじいちゃんが送ってくれたやつ。

 「ッハ天啓……!!」

 「ん〜〜?どうしたの秋ちゃん」

 「お母さん聞いて今神の声聞いたかもしれない」

 「預言者なれるじゃない、すごいね」

 そうめんを啜ってたら急にきた。ビビッときました。これ行ける、続き書ける!!居ても立ってもいられず、早々にそうめんを食べ終えて2階の自分の部屋に転がり込む。途中階段を上がり損ねてぶつけた脛が痛いけど、構ってられない。ドタドタと慌ただしい音を立てながらパソコンを点け、原稿を開く。

 「きたきたきたきたこのままケッチャコ(決着)をつけてやる、待ってろ世界」

 「あきちゃあん、パイナップル切るけど食べるー?」

 「食べる、あとで取り行くねー!!」

 書き連ねる文字達。脳裏には物語の登場人物が動いてる姿、話してる姿が映る。今しかない、今ならこの子達のことを理解できる。カタカタと指を動かして、人物の会話劇と情景を書き込んでいく。

 「よっしゃ天才こんまま繋げちゃる!!」

 今の私は誰にも止められない。書き始めのときの創作ハイがまたやってきた。完全に登場人物たちのことを掴めてる、生きてるよこの子達!!存在する記憶だってこれ!!

 興奮しすぎて背中が熱い。首裏も熱くなってきて、喉が渇いてきた。髪をしばり、一口麦茶を飲んで、またタイピングに勤しむ。

 カタカタカタカタ。カタタッ、カタカタ。

 部屋に響くタイピング音。汗がこめかみをつたって、服に染み込む。窓を開けると、少し涼しかった。ここからラストスパート、一度深呼吸して書き続ける。

 カタカタ。カタ。カタカタカタ、……カッターン!!

 「っしゃあ決着ゥ!!」

 エンターキーを押すと同時に宣言。時計を見ると、なんと二時間も経過していた。いやでも二時間でケッチャコが着いたんなら上出来、やっぱりヒイラギお姉さん天才。嘘です、めちゃくちゃ苦心しました。でももう終わったので関係ない、あとは沖田氏に原稿提出して手直しすれば終わり!!ッシャ溜まってた二次創作と一次創作の制作に本腰を入れられるぞ(絶望)!!本当に何で毎度苦労するって分かってんのに創作しちゃうんだろう。多分それがオタクの性なんだろうけど。マとりあえずケッチャコなので、久しぶりにリラックスできる。そう思って、データを保存し、パソコンを閉じて、再び下の階に降りた。

 「おかーーさーーん!!パイナップルどこーー!?」

 「冷蔵庫の中ーーー!!それ食べたらお風呂入ってねーー!!」

 「はあい!!!!」

 冷蔵庫からパイナップルとキンキンに冷えた麦茶を、冷凍庫から保冷剤を1個取り出し、リビングのソファに座る。保冷剤をタオルに巻いて首裏に当てると、なんということでしょう、とても気持ち良いではありませんか!タオルで保冷剤が落ちないように固定して、ソファの背もたれに思いっきり寄りかかり、ぐび、と麦茶を一口。めちゃくちゃ美味い。

 「やっべ極楽」

 テレビを点け、溜めてたアニメを見ながら、パイナップルを食べた。糖分と酸味が脳にキマるぜ!


 次の日。ソワソワちらちらと私の周りをうろついていた沖田を呼びつけ、昼休み。ドン、と昨日印刷した原稿を机の上に置き、頭を下げた。

 「沖田氏!原稿終わり申した!!不備が見つかり次第言ってくれでは拙者はこれで!!」

 「柊書けたんだな!読ませてもらいます、また放課後話そーぜ!」

 「グワァッ!」

 パアッと顔をほころばせた沖田は、また腕を広げ抱き着こうとしてくる。それをヌルっと避け、後ずさって、ビッ!!と指を突き付けた。

 「その脚本に分かんないとことか!聞きたいことがあったら!赤ペンとかでコメント入れて!また修正するから!誤字脱字も可、あと事あるごとに抱き着こうとするな!!沖田お前自分の立場理解して行動しろ!!」

 沖田は本人が自認してるぐらいのイケメンで、ハチャメチャ陽キャ。絶対に学年にファンクラブができてると思うし、中学のときは卒業式にボタンむしり取られてた系男子。ちょっと話しただけでも分かる善人で、だからヒイラギお姉さんはそんな沖田が怖い。もし沖田のファンの子が私のことを知ったら?抱き着かれてるとこ見られたら?考えすぎかもしれない、自意識過剰かもしれない、でも可能性がゼロとは言い切れない。そもそもヒイラギお姉さんは沖田とここまで関わる予定なんてなかったのだ。あのとき落書きを消していればこんなことにはならなかった。そこは覆水盆なので悪しからずだけど。

 ともかく。ヒイラギお姉さんは保身大好きのオタクであるからして、自衛はできるだけしときたいのだ。ア、二次創作はいつもワンクッション置いてます。キャプションにも置いてます。

 「俺の立場?俺そんなに偉くないし、柊とも対等だと思ってるけど」

 「弱み握られた時点で対等じゃないんですね。そう思ってくれてるのはありがたいんだども」

 「弱み…………?」

 「そうだよね沖田氏は二次創作も百合もよく分かってない真性の陽キャだもんね。オタクの落書きが弱みってこと知らなかったか、殺してくれ」

 徐々に沖田と距離を取り、教室の外を目指す。今日も文芸部の部室でご飯って決めてんだ、沢渡も月島も待ってるんだ。でもコイツ(沖田)との会話の切れ目が見つからないの、いったいどうすればいいの~?

 「でもあれのおかげで、柊と」

 「アアアそれでは失礼放課後にて!!拙者火急の用があるゆえ!!」

 マ答えは簡単、会話をぶった切って緊急離脱すればいいんですね。沖田の目を見ないようにしながら敬礼し、弁当と水筒をひっつかんで廊下に出る。何か沖田が言っていたような気もしたけど知らないったら知らない。うるせえこっちは数日ぶりの心穏やかな日だ。

 文芸部部室前で華麗なスライディングを決め込み、ドアを盛大に開いて、声高々に宣言する。中にはいつもどおり、沢渡と月島がいた。

 「不肖ヒイラギッ、脱稿したでござる!!」

 「殿中にござるぞ、ものどもであえであえ!!こやつめが裏切りおった、刀を持てい打首じゃあ!!」

 「殿、こちらに」

 「アッちょっ待って待ってほうきは違うほうきは違う。流石に丸腰はヤバいって武器禁止!武器禁止です!!裁判長異議を申し立てます!!」

 「却下しますてめえヒイ!!よくも私より先に脱稿しやがって私たち締切限界フレンズだったんじゃなかったのかよ!!修正してやる!!」

 即座にほうきを構えた月島。彼女が座っていた机を見ると、おそらく書きかけの原稿が入っているパソコンが。普段はお互いに「締切やばいね~」「エケチェン(赤ちゃん)になりたいね~」とか何とか言いながら原稿が終わらない傷口を舐め合っていたので、今回私が先に終わらせたのが許せなかったのだろう。いやでもほうきで切りかかるのは違うと思います。乱心しないで、私の先祖は吉良公じゃない。

 「んっ、なあクロさんや、なんかパソコンに表示されてますよ」

 「えっちょマジでそれで原稿トんだら許せないんだが」

 「ふい~許されたまじエルサレムだわ……」

 あとちょっとでほうきを振り下ろしそうな月島に、沢渡が声をかける。一瞬で表情を変えた月島はパソコンに飛びつき、鬼のような形相でタイピングを始めた。私も汗をぬぐった後、空いている席に座り弁当を広げる。

 「あ待って待って待って待って、待って!!ストップ!!プリーズストップ!!ナウ!!ヘイユー!!ノー、ノオッ!!…………ギャーーーッ!!」

 「ア、トんだ……」

 「うっそでしょウワマジじゃん……。月島、ご愁傷さまです……」

 「五万文字……、トんだんだが……?」

 パソコンに向かって必死に叫んでいた月島だったが、プツ、と嫌な音を立てて真っ暗になった画面を見、魂が抜けたようになってしまった。これはかわいそすぎる、せめてデータのバックアップが生きてることを祈るしかない。そう思って、弁当に入っていたナゲットを食べる。

 「これだから保存はこまめにしとけってね。黑さん、本体更新したのいつ?」

 「いつだ…………?」

 「じゃあ多分それだ。ちゃんと更新しようね…………」

 「うん…………」

 茫然自失の月島。そんな彼女を優しく慰める沢渡。そして弁当を食べる私、ヒイラギお姉さん。これがいつもの文芸部。

 あまりに月島がかわいそうなので、デザートのパイナップルを少し分けてあげた。明日は我が身なので後でパソコンの更新しときます。

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