第3話「希望」
深い、深い絶望のうちにあった。月明かりは、冷たくなった二人の顔を照らす。草原で横たわる他の二人は目を開けることも、言葉を放つこともない。
あぁ、俺は、
一体、どこで間違えたんだ。
◆◆◆◆◆◆
俺と瀬奈、有紀の三人は幼稚園の頃からの親友であった。この三人の輪が俺の唯一の居場所で、聖域だった。そう、ここしか居場所がなかったのだ。
二人にはずっと隠してきていたが、ウチの両親はネグレクト気味で合った。ご飯を出さないのはよくあることで、学校に必要な道具などを用意してくれることはなく、それらが必要になる時にはおばあちゃんの家に行って頭を下げて、煙たがられながらもお金をもらっていた。それだけならまだしも、ウチの両親は暴力的でもあった。苛ついたら子どもを殴り飛ばして憂さ晴らしをする最低最悪の親だった。幸いにも、世間体を気にするため、見える位置にあざができたりすることはなかった。
俺の居場所は家なんかじゃなく、瀬奈と有紀の二人だった。
だから、瀬奈がいなくなると聞いた時、ひどく焦ったのを覚えている。
******
「卒業したら、遠くに引っ越さなきゃになったんだよね」
少しだけ悲しそうな声で放った瀬奈の言葉は、俺の頭をハンマーで叩いたかのようにグラグラさせてきた。
「え……嘘……だよね……?」
同様に焦る有紀を横目に、悟られないようにと軽く息を整えて取り繕う。まあ休みの日に会えるし、なんて自分に言い聞かせるように言う。
「そうそう、もう2度と会えなくなるわけじゃないし大丈夫だよ!」
「まあ、それもそう……だよね」
2度と会えなくなるわけではない、けれど、俺の居場所が、聖域が、逃げ場が、
無くなってしまう。
その日から焦りと恐怖が体を支配するようになった。
******
害意というのは弱さに敏感だ。だからこそ、焦りと恐怖が増した姿を見た両親は、より暴力を加えるようになった。
「はぁ……まじうざいな、ちょっと晴人、こっち来なさい」
母がこういう時は、大体殴って憂さ晴らしをする時だ。それでも、どうしたの?と言って近づかなければご飯を抜かれてしまう。いつもは引っ叩かれて終わるはずがその日は違った。
「何その顔、イライラするんだけど」
昼間に瀬奈がいなくなることを聞いてしまって、動揺した余波が残っていたのだろう。いつも通りと努めたはずの所作は、微妙に異なってしまっていたらしい。母は立ち上がりみぞおちに膝蹴りを入れる。空腹の胃から少量の液が飛び出しそうになる。蹲るとさらに二発も蹴りを入れられた。
「はぁ、ほんとムカつく。今夜は飯なしね」
何が悪いのだろう。何がダメだったのだろう。いつもなら聖域の存在に安心して眠ることができるのに、その日は眠れずに一晩中泣いていた。
ここから逃げたい。
三人でずっと一緒にいたい。
ただ、幸せになりたい。
希望と絶望は、徐々に心を蝕んでいった。
******
三人で一緒にどこかに逃げる。それが最初のプランだった。しかしそれは有紀に簡単に嗜められてしまい、本気にもされなかった。それから幾度も三人でずっと一緒にいられる方法を考えた。側から見たら様子がおかしかっただろう。それでも、本気であった。
寒さが穿つ12月、最後の考えが、瀬奈と付き合うこと、であった。なぜそこに活路を見出したのかは自分でもわからない。むしろ全てが壊れてしまうかもしれないのに。気が狂った俺は、それを最後の希望だと信じてしまった。
まずは有紀に一言言っておくことにした。その方がきっといさかいも少なくなるだろうと思ってのことだ。
「これからも三人一緒だよね?」
もちろん、と返す。当たり前だ、それこそ俺が望んでいることなのだから。
「応援してるよ」
有紀の支持を取り付けて、放課後、体育館裏で告白することにした。
放課後、体育館裏に行くと瀬奈が先に来ていた。
「どうしたの?なにかあったの?」
その声からはこれから起こることを全くわかっていないだろうことが伺えた。それでも、予定通りにことを運ぶことにした。
瀬奈を目の前にして、ばっ、と抱きつく、そして追い討ちをかけるように告白する。
「えっ」
腕の中で瀬奈が驚く。
これが今回の作戦であった。普通だったら瀬奈が告白を断る確率が高いことはわかっていた。何せ自分だって、瀬奈を恋愛的に好きなわけではないのだから。友情のために、自らの安全のために利用しようとしているのだから。そこで、瀬奈の優しさと弱さに漬け込むことにした。──いつも親にやられているように。
肉体的接触を用いれば瀬奈は告白を断れない。そのはずだった。しかし、
「ごめん」
帰ってきたのは、冷たい返事だった。
また、ダメだった。焦りと恐怖と絶望で頭がぐちゃぐちゃになる。抱きついた手を離し、瀬奈を置いて教室へ走って戻る。冷や汗と吐き気が痛烈に体を襲う。立っていられるかわからないほどの苦しみが、心を刻みつける。
どうしよう、なんで、どうすれば──
依然脳内は混乱しており、正常な思考ができない。バックの中のスマホに来ていた有紀からの連絡に気づいたのは、その時だった。
◆◆◆◆◆◆
裏山に続く道は、月明かりに照らされていても暗く、足元が不安になった。そして冷たい風が木々を撫で、ここに呼んだ有紀のことを疑いつつあった。何故、ここに呼んだのか。
そんなことを考えている内に草原に出る。そして、そこに横たわる一つの影と、倒れ込む一つの影を見つけた。慌てて駆け寄ると、腹部をカッターで刺された瀬奈と、意識を失っている有紀がいた。必死に声をかけるが、瀬奈はぎりぎり意識がありそうなものの、出血が助かりそうにないと告げ、有紀は意識を取り戻さず、体も冷たくなっていた。
どうして、何故──
こうなった理由は全く分からない。
どうして、なんで、あぁ──
もし神がいるなら二人を救ってほしい。俺の愚かしさのせいで振り回してしまった二人を。幸せになるべきだった二人を。本来なら俺みたいな奴が幸せを望むべきではなかった。望んだから、二人は……
もうこの世界に希望はない。
しかし、残されてしまった俺は、何もできない。
地上を照らす星々の明かりが、全てを許すように、降り注いでいた。
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