【第八話 学人と理香 理香サイド】
「……おはよ、う……」
声が、喉の奥で消えた。
いつもの通学路。
電柱の影に隠れるようにして、私は制服の袖を握りしめる。
数沢くんの背中が、すぐ前を歩いている。
ほんの五歩。いや、三歩詰めれば、隣に並べる距離。
でも、その距離が、どうしても縮まらない。
(……また、ダメだった)
目が合ったわけじゃない。そもそも彼は、私に気づいていないと思う。
気づいていたとしても――そのまま歩いていってしまう。
あの日から、そんな日がもう何日も続いている。
「キナリ。……私、また今日も声、かけられなかった」
『でも、言葉にしようとはしました。昨日より、勇気を出せましたね』
「ほんとに……?これ、成長って言える?」
『はい。あなたは毎日、少しずつ前に進んでいます』
寝る前のベッドの中。
スマホの中のキナリだけが、私の頑張りを見てくれている。
次の日の朝、私はいつもより少しだけ早く家を出た。
角を曲がると、ちょうど彼の姿が見えた。
無意識に小走りになる。
「……おはよう」
声が、ちゃんと出た。
でも、彼はイヤホンをしたまま、足を止めることもなく歩いていった。
気づかなかったのか、それとも――わかってて無視したのか。
どっちだって、私には痛い。
それでも、あきらめたくなかった。理由なんて、うまく言えない。ただ、気になって仕方なかった。
あの日、話しかけたときのこと、ずっと引っかかってた。
ちゃんと、伝えたかった。……謝りたかった。
あのときの私は、自分のことでいっぱいいっぱいで。
今なら、もう少しうまく言える気がした。
(なんでもいい。ちょっとだけでも、話せたら……)
その一心で、私は毎朝、声をかけた。
聞こえていなくても、そっぽを向かれても、
それでも、「おはよう」とだけは言い続けた。
数日後の放課後。
下校中、偶然、彼が一人で歩いているのを見つけた。
心臓が、ドクンと大きく鳴る。
足が自然と止まった。
(今日こそ、ちゃんと、言う)
何度も練習した。
キナリに聞いてもらって、言い方も考えた。
それでも、声をかける瞬間は、怖かった。
「……ねえ、数沢くん」
ようやく出た、その一言。
彼の背中がぴたりと止まった。
(よかった、届いた)
次の瞬間、彼が振り返る。
表情は、思ったよりも冷たくなかった。
でも、どこか“壁”がある感じだった。
それでもいい。
話せる、それだけで、今日は前に進める気がした。
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