第13話 自分は誰の子?
美奈は、朝から落ち着かなかった。
旧病院跡で見た「記録不明者3名」という文字が、頭のどこかで鈍く反響していた。震災では「犠牲者ゼロ」と報じられていたはず。それなのに、名簿に載らなかった新生児がいたという事実。
(私が……そのひとりだったとしたら?)
そんなこと、ありえない。そう思っていた。でも一度芽生えてしまった疑念は、心の中で静かに根を張りはじめていた。
卒業式の数日後、美奈は駅近くの市役所を訪れた。
「進学の書類に必要で」と言い訳しながら、戸籍謄本を申請する。手渡された紙に、確かに「御藤美奈」と記されていた。
出生地、届け出日、両親の名前。全てに不審な点はない。書類上は完璧に整っていた。
それでも美奈は、そこに“作為”のようなものを感じた。
あの混乱の中で、こんなにも整った届け出が可能だったのか。記録不明者がいたはずの病院で、どうして自分だけが例外のように正確な書類を持っているのか。
その夜、美奈は家に戻ると、階段下の収納を開けた。以前見たことのある段ボール箱──卒園アルバムや記念の工作が詰まっていたはずの箱だ。
その底に、ひとつのファイルがあった。
表紙のない、手作りの記録帳。その中に、「みな 3さい」と書かれたページがあった。
《きょう、はじめておつかいへいった》
丸文字のひらがなで、母の手による日記。けれど、その前のページはすべて空白だった。
(やっぱり……3歳からなんだ)
前に祖母から聞いた「病院で長く保育されていたから」という言葉が思い出される。NICUにいたなら、記録が残っていてもおかしくないのに──。
ファイルの間に、数枚の写真が挟まれていた。
赤ん坊がタオルにくるまれて、誰かに抱かれている。
でもその顔が、自分と重ならなかった。何かが違う。何が違うのか説明できないけれど、ただそう思った。
写真の裏には「200X年3月 撮影」とだけ書かれていた。戸籍上の誕生日と一致している。だけど、それだけだった。
目の前にある情報がすべて正しいと証明していても、胸の奥で「違う」と囁く自分がいる。
美奈は自室に戻り、机の上のノートを開いた。
『リバースメモリー』より
本当に自分の写真なのに、
“私”だと確信できない感覚。
名前があっても、証明があっても、
心が納得しないことがある。
ノートを閉じた手のひらは、いつの間にか冷えていた。
その違和感だけが、妙に鮮明だった。
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