第7話 誕生日の記憶
その日、美奈は学校の帰りに、ふと街中の文房具店に立ち寄った。目的があったわけではない。ただ、ぶらぶらと歩いているうちに、吸い寄せられるようにガラス扉をくぐっていた。
並べられた手帳や季節限定のグッズのあいだに、「バースデーカード」と書かれた小さな棚があった。
その文字を見た瞬間、不意に胸の奥がざわついた。
──そういえば、自分の誕生日って、どうだったっけ。
記憶にある一番古い誕生日は、たしか5歳のとき。白いケーキと、家族の拍手。けれど、それ以前のことはまったく思い出せなかった。
思い出せないというより、“最初から無かった”ような感覚だった。
その夜、美奈は部屋の棚から、古いアルバムや書類をまとめている箱を取り出した。埃を払い、ひとつひとつの封筒を確認していく。
やがて、「みな たんじょう」と書かれた封筒が見つかった。中には数枚の写真と、簡易な出生記録のコピーが入っていた。
そのうちの一枚には、保育器に入った新生児の姿が写っていた。顔ははっきり見えず、わずかに覗いた手と、透明なチューブのようなものが写り込んでいる。
写真の隅には「◯◯産院」の文字。裏にはこう書かれていた──「体重3000g、生後2日目」。
(未熟児だったって、聞いてたのに……)
母が何度もそう言っていた。だから保育器に入っていたのだと。
だが3000グラムは、未熟児とは言えない。
静かな疑問が、じわじわと胸の中を満たしていった。
翌日。友人たちとの昼休みの会話で、ふと「誕生日ってどんなふうに祝われてた?」という話題が上がった。
「うちは幼稚園の頃から毎年写真撮ってたよ」「ビデオもあるよ、赤ちゃんのときから全部」
美奈は曖昧に笑いながら頷いた。けれど、その輪の中にいる自分だけが、ぼんやりとした影のように感じられた。
(私には……そんな記録、ちゃんとあったかな)
その夜、アルバムをもう一度開いた。
たしかに、誕生日の写真はいくつかあった。けれど、それらはすべて3歳以降のものだった。年によって記録があったりなかったり、その抜け落ち方がどこか不自然に思えた。
美奈は写真をめくる手を止め、ページを見つめたまま考え込んだ。
(私の誕生日って、本当に“私の始まり”なのかな)
記録はある。写真も、データも、言葉も。
けれど、それらが“自分自身の証拠”だと思えない。
誰かが用意した枠組みに、自分があとから差し込まれたような──そんな違和感が、確かにあった。
美奈は机に向かい、文集ノートを開いた。手が迷いなく動き、空白のページに文字が刻まれていく。
『リバースメモリー』より
「おめでとう」と言われるたび、胸の奥がかすかに揺れた。
ケーキも、拍手も、確かにあった。
けれど、それが“私”の存在を祝っているのだと、
なぜか信じきることができなかった。
そんな小さな違和感が、心の奥で静かに灯っていた。
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