第3章 目覚めと痛み

「スノウ宛ての荷物、届いてたぞ。開けていいか?」


ノヴァが地下室の暗がりから顔を出す。

古びた包みには、シティの高級美容ブランド〈グリム・ライン〉のロゴ。差出人は不明だが、宛名は確かに「スノウ・ホワイト」と記されていた。


「こんなブランド、受賞者しか使えないやつじゃない?」


カムイが眉をひそめる。


中には小さな箱。精密なガラス容器の中には、きらびやかなナノブラシが一つ。触れるだけで毛穴にナノ粒子が入り込み、肌を“最新の理想”に再構築してくれるという、都市でも選ばれた者しか使えない美容アイテムだ。


「……誰が、これを?」


疑念を覚えながらも、スノウはそっとブラシを手に取った。ふわり、とした感触。どこか懐かしい香り。


手首にそっとあてた、その瞬間だった。


痛みが、走った。


脈が乱れ、視界がねじれる。ナノ粒子が皮膚から侵入し、神経へと達していた。脳を、心臓を、呼吸中枢を攻撃するようにプログラムされていたのだ。


「スノウ?スノウ、どうした――おい、誰か、来い!」


ノヴァの叫びが響く。

スノウの意識は、暗闇に沈んでいった。


気がついたとき、彼女はまた見知らぬ天井を見ていた。


「……また、死にかけたの?」


ルナの苦笑とともに、ぼんやりと視界が戻る。頬には冷たい布があてられ、オズの作った簡易デトックスマシンが傍らで唸っていた。


「幸い、ナノ構成が単純だった。人工心肺使わずに済んだわ」


「誰が……こんなことを」


誰も答えなかった。でも、全員の中に同じ名前がよぎっていた。


レジーナ・クロウ。


スノウは震える声でつぶやいた。


「……なんで、私なの。なんで“私が”……美しいなんて、言われたの?」


鏡の中の自分。歪な左右差。太陽に焼けた頬。自分ではずっと、好きになれなかった顔。


それが今や、“社会の狂気”の焦点になっている。


「私は、ただの人間だったのに」


その頃、ノルド・シティ中心部。廃墟から遠く離れたメディア棟では、若きジャーナリストがディスプレイを見つめていた。


リアム・クレアモント。美男と称されながらも、常に“美とは何か”に疑問を投げかけてきた異端の書き手。


「AIが選んだ“最美”が、なぜ命を狙われる?」


情報規制の隙間を縫い、彼は匿名掲示板や都市伝説フォーラムを探る。やがて一つの名前に辿り着いた。


スノウ・ホワイト


「……生きてる。都市の外に、彼女は逃げてる」


彼は即座にリモート端末を開いた。古い衛星写真、人口密度の揺らぎ、都市境界の監視ドローン記録。断片的な痕跡を繋ぎ、リアムは確信する。


「この子は、美の定義を壊す鍵だ。だから、消されかけている」


記者ではなく、人間としての直感が彼を突き動かしていた。彼女の存在には、何かがある。ただの被害者じゃない。


彼女は、新しい基準の火種なのだ。


「スノウ・ホワイト。君に、会いに行く」


一方、〈クロウ・ビューティ〉のオフィスでは、レジーナが苛立ちを隠せずにいた。


「なぜ、まだ生きてるの」


2度目の暗殺計画も、失敗。MIRRORの再評価アップデートにも彼女の名前が浮上し、SNSには「ナチュラル美」のハッシュタグが踊る。


「くだらない感情論で、何百年かけて築いた“美の秩序”が崩れるものですか……!」


スーツの襟元を引き締めながら、彼女は再び命じた。


「スノウ・ホワイトの痕跡を、すべて消しなさい。次こそは、“完全に”」


その瞳は、冷たく燃えていた。


その夜、スノウはひとりで外に出ていた。


都市の夜明けが、遠く空を淡く染めていく。


ふと、地面に転がっていた古い鏡を拾い上げた。割れたガラスに映る自分――それは、なぜか以前よりも“まっすぐ”に見えた。


「私が象徴してるのが“美”なら……私は、それを壊すために、生きてるのかもしれない」


静かな決意が、胸の中に芽生えていた。

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