第35話 少年の正体
「なんで、君がここにいるんだ?君は仕事上、昼食会場に出入りするくらいなんじゃないか?ここは、そことは離れた場所だぞ?」
マハラは久しぶりに彼を目にし驚いたと共に、すぐに怪訝に思い始めた。
「後をつけていたんです、シャーランさんの。それでここにいるので——わああっ!」
マハラがバッと勢いよくりんご飴屋の男に近づき、胸ぐらを掴み上に持ち上げる。
「なんで後をつけてるんだよ。シャーランに何かするつもりか」
睨むマハラに、りんご飴屋の男は怯えて、頭を左右に激しくふる。栗毛色の髪の毛が、わさわさと揺れる。
「ちっ、違います…!命令されてやっていただけです…!!」
「命令?誰にだ?」
「マ、マージ公爵家のケイラン閣下より、仰せつかまつりました…っ!!」
「ケイラン…に——?」
マハラは胸ぐらを掴む手をゆるめると、りんご飴屋の男は、ドサッと廊下に落ち尻を打つ。
マハラは素早く男の目線までしゃがみ込み、早口でまくしたてる。
「ケイランと会ったのか?なぜ、シャーランの後をつけるよう言われた??」
「は、はい、ケイラン閣下が私の店を訪ねてきまして、それで、シャ、シャーランさんを尾行し、その行動を報告するよう、い、言われました」
「なら、なぜさっきはシャーランの後を追うなと言ったんだ」
「あ、あの少年には…が、学園長には、深入りしない方がいいと思ったからです」
「それだけじゃ、わからねーよ。もっとハッキリ言え。こそこそ毒を用意していたと思ったら、今度はこそこそ尾行までしやがって。オレは、お前のような奴は信用しない。オレの機嫌が悪くなる前に早く言え」
ガラ悪く食ってかかるマハラに、りんご飴屋の男は、ひぃーと怯えた声を漏らしす。
「あ、あの学園長は…!あぁ…言うのか…言うしかないのか…あ、あの学園長は、セントラル国王のご、ご子息だからです…!!あぁ…言ったことがバレたら、僕はきっと処刑される……うぅ…」
「……国王の…子ども……?」
マハラは後ろを振り返り、ルイを見上げる。
ルイは驚きのあまり、目を見開いていたが、マハラに向かって、小さく頭を左右にふる。
「…まさか…そんな…いや…」
ルイの困惑している様子から、マハラはまたりんご飴屋の男に向き直る。
「おい、嘘はやめろよ。今オレらは、シャーランを探さないといけない、時間がないんだ、お前の嘘に付き合ってる暇はない。苛立たせるなよ」
「嘘じゃありません!!……ほ、本当のことです…。前に、シャーランさんを尾行していたときに、偶然セントラル国王陛下がこの学園に来ていた場に出くわしました、それで我が息子、と陛下が呼んだ後、部屋から出てきたのはあの学園長で、そして2人で夜中にシャーランさんの部屋に入って行くのを見たんです!」
りんご飴屋の男が、必死の形相で訴えるのを見て、タクは真剣な顔で、マハラの方を向く。
「マハラ、それって、もしかすると、そのデジタルメモに録音された日のことじゃないっすか」
「僕もそう思った、その可能性が高いな」
ジャンも、タクの意見にすぐ同意するが、マハラはまだ腑に落ちない様子だった。
「学園長が国王の息子なら、なんでルイはデジタルメモの録音声を聞いたときに、すぐに気付かなかったんだ?ルイの父親と国王は親しいんだろ、それならルイはすぐに国王と息子の声だと気付くだろ?ルイが気づかなかったなら、そいつの言ってることは怪しくないか?」
マハラはりんご飴屋の男を指差し、疑いの目でじっと見つめる。
すると、ルイが少し困った表情をし、口を開く。
「…マハラ、ごめん。言ってなかったんだけれど、俺のうちと王族は確かに親しい…親しいんだが、実は、俺は陛下には会った回数は片手で数えられるほどなんだ。父上と俺は性格があまり合わなくてね、余程の理由がなければ、父上に同行することを俺は極力避けていたんだ。それと、俺ら子供同士も会ったのはほんの短い時間などで、正直さっき会っても全く分からなかった。おそらく、向こうもそうだろう…。ごめん、何の力にもなってなくて…貴族っていう肩書きだけで、情けないな」
沈んだ顔のルイは、うつむいた。
「いや、そんなこと関係ないよ。そもそも録音された声は実際と違って聞こえることも多いし、それに、そのデジタルメモの録音も聞き取りにくかったしさ。ルイのせいじゃないよ」
ルイの隣に立っているケイシは、優しい笑みをルイに向け、ルイは、ありがとう、と小さく呟いた。
マハラは、ルイの話を聞いて少しの間考え込んだあと、りんご飴屋の男に視線を戻す。
「分かった。お前の言うことを、信じてやる。それで、さっき学園長が部屋から出てきたのを見たと言ったな。それは、どこの部屋だ」
「1階です…!あそこの階段を下りたら、案内できます!」
りんご飴屋の男は、着いてきてください!と声を上げ走り出し、皆もそれに続く。
「……おせぇな」
りんご飴屋の男の階段を下りるスピードの遅さに苛立ったスカイは、男を持ち上げ脇に抱えるとヒョイヒョイと2、3段を飛び越して軽快に下りていく。
「で、どこだ?早く部屋を教えろ」
先手で1階に着いたスカイは、抱えているりんご飴屋の男を苛立った顔で見下ろし、男は必死に部屋を探す。
「えっと、確か、美術室とは反対の右側の——」
男が、階段右側の廊下を指したときだった。
「キャーーーー!!」
大きな叫び声が聞こえ、スカイとりんご飴屋の男は叫び声が聞こえた方を凝視する。
「おい、なんだ、今の声——?!」
やっと階段を下り終えた他の5人が、スカイの側に寄る。
すると、ガラガラッ!と激しい音と共に、ある1つの教室が開き、学園長と事務の女性が飛び出してきた。
2人は焦った様子で、その場で何か夢中に話していた。すると、途中で遠くから2人を見つめるマハラ達に気付き、2人は振り返るが、学園長の顔と上半身が赤色で染まっていた。
学園長は目を見開いたまま、マハラ達を無表情で見つめていたが、事務員の女性に声をかけられ、走ってその場を立ち去ってしまった。
「…な…なんだよ、あれ…赤い…」
スカイは、小脇に抱えていたりんご飴屋の男を廊下にドサッと落とし、呆然とする。
すると、マハラが皆を押しのけ、先ほど学園長らが出てきた部屋へと、全力で走り出す。
「シャーラン!!!」
マハラは叫び部屋の前に着き、ドアに手を当て中を見ると、そこには血だらけになったシャーランが座り込み、誰かを揺さぶっていた。
マハラの存在に気付き顔をあげたシャーランの顔は、血と涙で汚れていた。
「マハラ!どうしよう、どうしよう、ケイランが…!」
床に寝ているケイランのまわりには血のたまりができており、腹にはナイフが刺さっており、ケイランは目を閉じグダっと力なく横たわっていた。
マハラは、サッとシャーランの隣にしゃがむと、ケイランの様子を見る。
ケイランは、はっ、はっ、と短く小さい息を吐いているが、その息は力なく、顔はどんどん白くなっていく。
バタバタっとマハラの後を追ってきた他の5人も、中の様子を見て凍りつき、ゆっくりと部屋の中に入ってくる。
「うわっ、下が血でぐちゃぐちゃだ」
りんご飴屋の男は足をあげ、部屋からドアまで、そして廊下に目をやる。そこには血の上を歩き回った足跡がベッタリとついていた。
「——ケイラン、聞こえるか」
マハラが床に横たわるケイランに声をかけると、ケイランがゆっくりと半分目を開き、マハラの方を見た。
綺麗な顔も今や血で汚れ、いつも毒づく口からは、はっ、はっ、と短い呼吸音しか出ない。
「何か言いたいことはあるか」
マハラが尋ねるが、ケイランは、はっ、はっ、と息をし宙を力なく見つめるだけだった。
そして、マハラのしゃがみ込む床にも血が広がり、ケイランの体の下の血の溜まりが、小さな池のように大きくなっていた。
「ケイラン…!」
シャーランがケイランの手を取るが、ケイランの手には力が入っておらず、グニャリとケイランの体の上に腕がのる。
「ケイラン、しっかりしろ」
マハラが声をかけると、ケイランは、一瞬いつものように意地悪そうな笑みを浮かべた気がしたが、すぐに、はっ、はっ、と短い呼吸に戻る。
その呼吸音もだんだんと弱まり、はっ、はっ、と息を吸う間隔も伸びていく。
「お兄さま…!」
シャーランがケイランの顔に手を当てると、ケイランはゆっくりと目だけを動かし、シャーランを見つめる。
ケイランは、シャーランを見つめながら、シャーランが来た日のことを思い返していた。
突然、セントラル国王が直々にマージ公爵家を訪ねてきたあの日。
綺麗なアイスブルーの瞳に容姿端麗な姿、そして何も分かっていなそうな無垢な顔。
最初こそ妹と扱えと言われたときには反発したが、純粋に慕って頼ってくるシャーランに、だんだんと心惹かれていったこと。
次第にシャーランへ恋心が芽生え、彼女を自分だけのものにしたいと欲望が出たこと。
嫌がっているとは分かっていたが、自分との距離が近いシャーランに抑えが聞かず、何度も触れてしまったこと。
神の子とは関係なく、ただ純粋にシャーランのことが好きで、愛していて、子どもを成したいと思ったことがあること。
だが、それは彼女を苦しめることになると思い、思いとどまっていたこと。
「ただ、一緒にいたかっただけなんだよ…」
「えっ…なに、ケイラン…」
涙ぐむシャーランにふっと笑顔を見せたケイランだったが、その後、意を消したような表情になりマハラの手を掴み、最後の力を込めてマハラを引き寄せる。
「マージ家は、シャーランを王の息子が成人の儀を執り行うまで、匿ってるだけだった。王は、シャーランを使ってまた繁栄するつもりだ。渡すな…絶対に」
しわがれた声で、しかし力強くそう言うと、掴んでいた手はバタンと落ち、半開きの目は天井を見つめていた。
聞こえていた呼吸音も消え、大きな血溜まりの中でケイランは静かに生き絶えた。
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