第1話 庭に穴

 今日は7月21日。


 私の誕生日だ。


 とうとう50歳になった。


 人生半世紀だ。


 たいして嬉しくもないが、死別した両親に感謝を捧げる為に仏壇に線香を上げる。


 妻もなく、子もなく、両親もなく、親戚連中は居るが疎遠な為、孤独な独り暮らしだ。


 幸い両親が残してくれた実家が有るので住むところには困らない。


 小さな商社に勤めているので仕事には困らない。


 大した趣味も無く、タバコは何度も禁煙に成功しているし、酒も禁酒に何度も成功している。


 極めて自分が思う理想の平凡な人生を歩めていると噛み締めながら庭へ出て日課となったラジオ体操で身体をほぐそうとした時にソレが目に留まった。


「……穴?」


 庭の片隅にポッカリと穴が空いていたのだ。


 大きさはタタミ一畳分ほど、ご丁寧に入りやすいように傾斜が付いている。


「……もしかして、ダンジョン……?」


 ダンジョンはいきなり出現する。


 そして、ダンジョンの最下層まで行けば消滅する。


 ダンジョンを放置すれば中からモンスターが溢れてくる為、適度に間引いてダンジョンを生かさず殺さずが推奨されているのだが、私にとって何よりも大事な事があった。


 ダンジョンを発見したら速やかに報告の義務が生じる。


 報告の義務を怠った場合、国家反逆罪の適用となる。


 全てのダンジョンは政府が管理する事となる。


 どれだけ政府がダンジョン確保に必死なのかが分かるだろうか?

 両親の残してくれた家を政府に取り上げてられてしまえば両親との思い出まで取り上げられてしまうような気がして報告するのを戸惑ってしまう。


 しかし、国家反逆罪か……重過ぎる。


 おっと、仕事に行く時間だ。


 今は気付かないフリをして、時間を稼ごう。


 私は穴にビニールシートを被せ、四隅に石を乗せて簡単な隠蔽を行い、会社へと出勤した。

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