第16話 破滅の刃

 透明状態で関係者エリアを散策していると、不意に見知った顔が見えた。


 あれは……九鳳さん!? 九鳳さんがなんでここに!?


 いや、いまはそんなことを言っている場合ではない。


 ドロドロに融解した壁や天井。嬉々として刀を振り回すダグラスさん。


 ……どうやら状況は最悪らしい。


 とにかく助けないと。


 ポケットからボールペンを取り出すと、魔力を込めて硬度を強化する。


 これなら妖刀の一撃も止められるはずだ。


「なんだ、これは……」


This is a pen.これはペンです


 俺の背後で、九鳳さんが驚きの声を挙げる。


「柊くん! どうして……」


「説明はあとだ。九鳳さんは早く逃げて!」


「でも……」


「俺なら大丈夫。……さあ早く!」


「……絶対助けを呼んでくるからな!」


 一瞬の逡巡のあと、その場から逃げ出す。


 ……よし。これで九鳳さんのことは考えず、心置きなく戦える。


 それにしても、いったい何があったというのか。


 周囲の壁や床、天井は熱で融解を始め、コンクリートがむき出しとなり、中の鉄筋に至っては赤く熱を帯びている。


 その中心では、ダグラスさんが日本刀を構えており、こちらに刃を向けている。


 燃えるような緋色の刀身。間違いない。妖刀だ。


(妖刀に関する情報を集めに来たつもりが、妖刀と戦うことになるなんてな……)


 妖刀を構えるダグラスさんに対し、魔力を込めたボールペンを構える。


 霧咲との戦いで、妖刀に対して魔力の籠った武器が有効であることは証明されている。


 あとはどうするかだが……


 俺の迷いを感じ取ったのか、ダグラスさんが口を開いた。


「灰色の地平線」


「?」


「私の好きな映画のタイトルだよ。思春期を迎えた年頃の男女が仲を深め、やがて恋に落ちる。……まあ、よくあるボーイミーツガールものなのだがね」


『ほう……よいことを聞いた。……マサムネよ、帰ったら見るぞ』


(言ってる場合か)


 呑気なことを抜かすディアスにツッコミを入れる。


「一番好きなシーンはラストだ。己の名誉のため、愛する者を守るため、少年が万の兵を相手に単身立ち向かい、あえなく散る。その物悲しさといったら……。頭ではなく心で理解できたよ。……これが武士道ブシドーなのだ、とね」


 こちらの様子などお構いなしに映画について語るダグラスさん。


 ……なんだ、さっきから何を言ってる。


「さあ、見せてくれたまえ。……君の武士道ブシドーを!」


 次の瞬間、緋色の刃がこちらに襲い掛かってきた。


 とりあえず、ボールペンで受け止めると、そのまま力任せに押し返す。


『やってしまえ、マサムネ! ……こやつは余にネタバレをした。……万死に値するぞ!』


(言ってる場合か!)


 魔力を込めているとはいえ、やはり熱い。


 サウナ好きではないが、水をかけたらロウリュできそうだ。


灼熱の斬撃ヒートスラッシュ!」


 ダグラスの妖刀が赤く輝く。


 刀身から熱波が放たれ、空気が歪む。


 俺は咄嗟にボールペンを横に払い、軌道を逸らした。


「やるな、少年。……では、これならどうだ。――炎獄の一閃フレイムエッジ!」


 先ほどとは比べ物にならない速度でダグラスさんが迫る。


 どうやら、熱を推進力に変えたらしい。


『ほう……面白い。この世界には、ジェット機、なるものがあるらしいが、ああいう感じで推進力を得るのか?』


(あんなのが何個もあってたまるか)


 ディアスの質問を軽く流し、ボールペンのペン先に魔力を集中させる。


 ガキィィン!!!!


 妖刀の一撃を真向から受け止め、勢いを相殺させる。


 妖刀から溢れた熱が室内を焼き、空気を焦がす。


 ……暑い。


「半袖で来ればよかったな……」


「ずいぶんと、余裕があるね……」


 見れば、ダグラスさんは汗をかくわきから蒸発しており、相当な体力を消耗しているようだった。


 これは……


「柊くん!」


 聞き覚えのある声に、思わず声のした方を向く。


「えっ、九鳳さん!?」


 そこには、九鳳さんがどこからか日本刀を持ちだし、ダグラスさんと向かい合うように構えていた。


 というか、九鳳さんは先ほどこの場から逃がしたはずだ。それが、なぜ再びここにきているというのか。


「見くびるなよ、柊くん。私は仲間を置いて逃げ出すほど、落ちちゃいないぞ!」


 仲間という言葉が耳に残る。


 仲間……


(えっ、俺、仲間だったのか……?)


『日本刀仲間、ということだろう』


 俺、そこまで日本刀に興味があるわけじゃないんだけどな。


「九鳳さんは俺の後ろに」


「でも……」


「いいから」


 不満がありげな九鳳さんを置いて、ダグラスさんに向き合う。


「……いいね。素晴らしい友情だ。だからこそ、その友情が崩れた時が美しいッ!」


 ダグラスさんが妖刀を構えると、今までにない規模の熱が噴出した。


褐灼かっしゃく! すべての熱を推進力に変えろ! 私こそが、スペースXとなるのだ!」


「おい……彼は宇宙まで行こうとしているのか……!?」


 九鳳さんが呆然とつぶやく。


 もちろん生身で宇宙に行けるわけがない。


 先ほどの会話といい、おそらく精神が錯乱しているのだろう。


 そうでなければ、展覧会に来ている一般客はもちろん、ダグラスさんのコレクションが融解してしまうというのに、あんな周囲を巻き込みかねない大技を出せるわけがない。


(ディアス……)


『ああ』


 左手の紋章に力を込める。


「柊くん!?」


 驚く九鳳さんをよそに、左手の紋章から聖剣を召喚する。


「Amazing……! 驚いたよ……きみも妖刀使いだったなんて!」


「妖刀じゃない。聖剣だ」


 九鳳さんの前だからと封印していたが、そうも言ってられない。


 あの熱を相殺し、周囲に被害を出さないとなれば、それこそ聖剣の能力、“燐光”を使うしかない。


炎翼加速フレイムブースト!」


 妖刀から熱を噴射しながら、ダグラスさんが刀を振りかかる。


 あまりの熱に、ダグラスさんの身体が光を放ち、ところどころが炭化し始めている。


 まさに、命を燃やした一撃だ。


(まずは、その勢いを殺す――!)


 聖剣テンタクルスから煌々と瞬く光が、剣に吸収されていく。


燐光りんこう


 刃と刃が重なった瞬間、辺りに衝撃波が広がった。足元に亀裂が走り、融解を始める。


 やはりとんでもない力だ。


 でも聖剣なら……


 聖剣が輝きを放つと、聖剣のエネルギーで妖刀のエネルギーを相殺していく。


「!?」


 異常に気がついたのか、ダグラスさんが困惑した。


「なんだ……!? いま、なにが……」


 ダグラスさんの渾身の一撃から、熱が奪われ、推進力が大きく低下していく。


 さながら、墜落するジェット機のように。


「私の、妖刀が……」


「思い出せ」


 妖刀の熱と相殺し、なおも輝きを放つ聖剣が、ダグラスさんの妖刀をじりじりと押し込んでいく。


「あんたが好きなのは妖刀じゃない。……日本刀だろ」


「あっ……ああっ……」


 ぽろり。


 完全に戦意を失ったのか、ダグラスさんの手から妖刀が零れ落ちた。


 ――いまだ。


 聖剣から放たれる燐光を止めると、別の能力を発動させる。


「治癒!」


 燐光の突き刺さるような強烈な光から一転、月明かりのような暖かな光が溢れた。


「……!」


 妖刀の熱で重篤なダメージを負っていたダグラスさんの身体が、みるみるうちに回復していく。


 火傷した皮膚に血色が宿り、溶けかけていた身体が元の形となり、炭化しかけていた四肢にはりが戻っていく。


 ふう……まあ、こんなもんだろう。


 治癒を解除すると、一部始終を見ていた九鳳さんが呆然と呟いた。


「柊くん……いまのは……」


 緊急事態とはいえ、九鳳さんの前で聖剣を使ってしまった。


 俺が異世界で勇者をしていたことも、聖剣を持ち帰ってしまったことも、誰かに話すわけにはいかない。


 さて、どう言い訳をしたらいいものか……


「あっ! お兄さんじゃん!」


 背後から聞こえた明るい声。振り向くと、そこには見覚えのある人物がいた。


「霧咲……!」


「なんでここにいるの!? ねえねえなんで!?」


「うるさいな霧咲。なんや急に……」


 霧咲の隣にいたスーツの男が、霧咲を嗜める。


「あれは……東条!」


 スーツの男に向かって九鳳さんが叫ぶ。


 なんだろう。知り合いかな?


「あらら、ダグラスのおっちゃん倒されとるやん。……これ、兄ちゃんがやったん?」


 スーツの男から放たれる、底冷えするような、冷徹なまなざし。


 人を殺したことがある目だ。それも一度や二度ではない。


 俺の中で警戒レベルが上がる。


「まったく、面倒なことしてくれたな……。せっかく褐灼かっしゃくを渡したってのに……」


 東条と呼ばれた男が腰に下げた刀に手をかける。


『マサムネ……』


(ああ……)


 おそらく、あれも妖刀の一種なのだろう。能力は不明だが、この場に妖刀が三本も集まるとは……


転寝うたたね


 抜き放った東条の刀がキラリと妖しく輝く。


 次の瞬間、壁にもたれていたダグラスさんが、ぱたりと倒れた。


「なっ……」


「安心しぃや。眠っとるだけや。……もっとも、いつ目ぇ覚めるかわからんけどな」


 倒れたダグラスさんの頭を足で小突く東条。


「ほな、第二ラウンドといこうや」

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