第6話 side:九鳳雪凪 妖刀〈時雨〉

 放課後。校門を出た九鳳くほう雪凪せつなは大きくため息をついていた。


 転校初日に授業中スマホを使っていたことがバレ、放課後反省文を書かされていたのだ。


(やむをえない事情があったんだけどな……)


 悪いのは自分だとわかってはいたが、自分にはやらなければならないことがあった。


 未知の妖刀である、13本目の妖刀の持ち主の特定、および確保。


 それが封月ほうげつの構成員である自分に課せられた役目なのだ。


 そのため、持ち主の特定に急ぎたかったのだが、急ぎすぎて裏目に出てしまった。


(くそっ……こんなことをしている間にも、裏で告朔こくさくが動いているというのに……)


 任務のために必要なことだと説明できれば、どれほど楽だっただろう。


(……校則を破った私が悪いが……くっ……本当のことを言えないのがもどかしい……)


 こうしている間にも、告朔こくさくが裏で何をしているか、わかったものではない。


 現在、封月ほうげつが全力で情報収集にあたっているものの、告朔こくさくの動向は不気味なほど静寂に包まれていた。


 やらなければいけないという使命感だけが空回りする。それが雪凪には何よりも歯がゆかった。


 そんな時だった。


 妖刀、〈時雨しぐれ〉の所在がわかったと連絡が入ったのは。




◇◆◇


 


 マンションの一室に忍び込むと、鯉口を切るいつでも抜刀できるよう刀に手をかける


 敵は妖刀使い。どこに潜んでいても不思議ではない。


 息を潜めた次の瞬間、斬り合いに発展していてもおかしくないのだ。


 どこだ。妖刀は――妖刀使いはどこにいる。


 張り詰めた緊張感が、雪凪の神経を極限まで研ぎ澄ませる。




さざなみ




「っ!?」


 ポチャン。


 水滴の落ちる音が部屋に満ちる。耳元から聞こえたような、異常な距離感。


 間違いない。妖刀〈時雨しぐれ〉の力だ。


 資料で読んだことがある。時雨の能力の一つ、さざなみ。妖力の水滴を垂らし、音の範囲にいる人間を認識する、索敵特化の力だ。


 これが使われたということは、つまり……


「あれ、一人なの?」


 部屋の奥から小柄な少年が姿を現した。


 身長は雪凪より低く、目深に被った帽子からは表情は伺えない。


「せっかくボクがエサになってるんだから、もっと強い人が来てくれると思ったのに」


 少年が退屈そうにぼやく。


 エサ? 強い人?


 不可解な言葉。しかし、これらの単語が意味するところは理解している。


「まさか……罠だったのか……!?」


「うん。そうだよ」


 雪凪の頭から血の気が引いていく。


 やられた、と思った。


 封月ほうげつの諜報部隊からの情報だったため、無条件で信用してしまったが、甘かった。もっと警戒して挑むべきだった。


「やっぱり封月ほうげつも警戒してるのかなぁ……それとも人手不足?」


 なんてことのないように尋ねる少年。


「お前は私が斬る! いま、ここで!」


「えー、お姉さん仕事に忠実寄りの人? もっとお喋りしようよ。名前なんてゆーの?」


 無防備な少年に雪凪が刀を抜く。


(……王生流、居合抜き)


 出し惜しみはしない。様子見もしない。相手に警戒させる暇を与えない。初手で最速の技を出し、目の前の少年を倒す。


 雪凪の刀が少年に迫るも、


「!?」


 斬りかかる雪凪を、少年が軽くいなす。


(まだまだ……!)


 首、胴、足。致命傷を狙った一撃が、どれも何てことのないように流され、刀身が空を切る。


 動に対する静。剛に対する柔。


 柔らかい物を斬る術などない。それこそが“水”なのだと示すような、流水の刀さばき。


(妖刀だけじゃない……。こいつ、素で強いのか……!)


「ねえ、ボクの話聞いてる?」


 流水の刀が、流れるように雪凪を薙ぎ払う。


「もしかして、言葉じゃなくて刀で語るタイプ? いいよ、そういうの。寒いから」


 少年が退屈そうに独り言ちる。


 目の前の少年との圧倒的な実力差を前に、雪凪が歯噛みした。


 ……作戦変更だ。目の前の少年を倒すのは不可能。おそらくは逃走も困難。ならば、情報収集をするのが得策だろう。


 構えを緩め、口を開く。


「……九鳳くほう雪凪せつなだ」


「?」


「名前だよ。お前が聞いたんだろう?」


「……あー」


 自分が尋ねたことも覚えていなかったのか、少年が気の抜けた返事をする。


「お前の質問には答えたぞ。今度は私の質問に答えてもらう番だ。お前は誰だ。告朔こくさくは何を企んでいる」


「え~、そんないっぺんに質問しないでよ」


「つれないことを言うな。お前のお喋りに乗ってやろうとしているのに」


 少年を見据えながら、分析する。


 腕前は超一流。“さざなみ”を使ったことからも、おそらく妖刀の――時雨の扱いも心得ていると見ていいだろう。


 子供っぽい口調。気分屋。腕前に対してムラのある剣戟。


 ……まるで子供だ。


 と、そのときだった。


 プルルルル。


 緊張感で満たされた室内に、気の抜けた着信音が響いた。


「あ、ちょっと待って」


 少年がポケットに手を突っ込むと、おもむろにスマホを取り出した。


「もしもし?」


霧咲きりさき、状況はどうだ?』


「いま封月ほうげつと戦ってるよ~」


『なに!?』


 電話の向こうの声が明らかに動揺する。


『お前……作戦はわかっているんだろうな! さっさと人質取って、本拠に戻……』


「……………………」


 ピッ。


 電話の向こうが言い終わる前に、霧咲と呼ばれた少年が電話を切る。


「……怒られちゃった」


 いたずらがバレた子供のように、なんてことのないように言う霧咲。


 エサ。罠。作戦。人質。


 これらが意味するところは一つ。


 おそらく、こちらの人員を人質に取って、封月と交渉するつもりだったのだろう。


(ならば、私は戦わず逃げるべきだな。だが……)


 霧咲の様子を伺うも、こちらから視線は逸らさず刀を手放すそぶりもない。


(逃がしてくれそうにない、か……)


 ゆらりと刀を構える。霧咲の目が刀のように鋭くなった。


「怒られるのは嫌だし、お喋りは――お前を捕まえてからでいいよね?」


 練り上げられた妖力が時雨に流れ込む。


 妖力が大量の水に変換され、圧縮された水が時雨の中に満ちていく。


 刀という器に、限界まで注ぎ込まれた水というエネルギー。


 細身の刀身に、強大なエネルギーが内包されていくのがわかる。


(来る、大技が……!)


 雪凪が刀を構えた刹那――



にわかあめ




 水の奔流が、濁流となって雪凪に襲い掛かるのだった。




◇◆◇




「ぐっ……うう……」


 霧咲によって刀を弾かれ、雪凪は地に伏していた。


 実力は霧咲の方が遥かに格上。しかし、雪凪にトドメを指さなかったのは、霧咲が手加減をしたからだろう。


 起き上がろうとするも、身体に力が入らない。


「くそっ……私は、こんなところで……」


 床に顔をこすりつけながら、雪凪は歯噛みした。


 こんなところで終わるのか。


 自分には果たすべき使命があるというのに。




 薄れゆく意識の中、間の抜けた声が部屋に響いた気がした。




「こんちゃー。デリバーイーツでーす」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る