第6話 出会いの物語③
そこから先はイアンの見たとおりだ。
アレキサンダーとイアンが導かれたその場所は、古代ドラゴンの生息した聖域として立ち入り禁止区域に指定されていた。魔力の少ない人間は近づくだけで酷い魔力酔いをおこすほどに、未だ古代ドラゴンの生きた証が残っているという。
小さなドラゴンの消えゆく魂の叫びがこの地に共鳴したのか、古代ドラゴンの魂が気まぐれに手を貸したのかは定かではないが、幼い3つの命を奇跡的に結びつけたのは間違いないだろう。
「お父さま。お母さま。行ってまいります。」
「行ってらっしゃい。おいしいお菓子を用意して待っているよ。」
イアンはふーっと息を吐き切ると、アレキサンダーの額に手をかざす。橙色の光がアレキサンダーを、そしてイアンを包み込む。瞬間イアンの姿がふっと消えた。
「無事に帰っておいで。」魔導士夫妻がそっと声をかける。
イアンがまず目にしたのは透明な球体の中で膝を抱えるアレキサンダーだった。
コツコツと叩いてみるが反応はない。中を覗くと雨が降っている。青緑に染まったシャツを洗い流すかのように降り続ける雨の中、少年はぎゅっと自分の体を抱きしめて動かない。
「アレキサンダー王子」そっと呼びかけてみるものの、その声は届いていないようだ。
どうしたものかと、イアンはじっと考える。魔力をぶつけて壊すことは可能だろう。
一気に壊さなくてもコントロールしながら徐々に魔力をあげていけば少しずつ殻を割ることだってできるだろう。
――もう少し待ってみようか。壊すのは後でもできる。
イアンは殻をやわらかな魔力で優しく包み込み、そっと右手を当ててもう一度呼び掛けてみる。
「アレキサンダー王子。聞こえますか。あなたの小さなお友達は大丈夫です。」
声が届いたのか、アレキサンダーの肩がわずかに動いた。
アレキサンダーを怖がらせないようにと殻を背にゆっくりと腰を下ろすと、ほんの少しだけ魔力を調節を試みる。チャントを唱えると、殻を包む光がじんわりと温かいオレンジ色に変わった。
どれくらいに時間がたったのだろう。イアンがウトウトしかけたとき、「君はだれ?」と小さな声がした。
「イアン・ステップフィールドです。父は王宮で魔導士長努めています。王子もお会いになったことがあるかと。」
イアンが振り返らずに答える。
しばらくの沈黙が続き、やがてまた声が聞こえた。
「ステップフィールド。あぁ覚えているよ。いきなり抱きしめてきた。」
「あぁそんな失礼なことを。父がすみません。」
「母上以外に抱きしめられたことがなかったからね、ちょっとびっくりして固まってしまった。こちらこそ失礼な態度をとってしまったかもしれない。」
――あぁ、なんて美しい深淵だろう。
イアンは振り返りたい衝動を必死に抑えた。
「君にも抱きしめられたような気がする。」
アレキサンダーがぽつりと言う。
「もういやだって思ったんだ。何も見たくなくて、聞きたくなくて、いなくなってしまいたいと思った。そのときかな、君を感じたんだ。オレンジ色の光がキラキラ輝いて温かかった。でももう疲れてしまって目を開けていられなかった。」
「今はどうですか。寒くはないですか。」
いつの間にか球体の中の雨は止み、アレキサンダーの足元にドラゴンの鱗に似た小さな白い花が次々と開いていく。
「外から殻を壊すこともできますが、どうしましょうか。」
「うふふ。やはり親子だね。魔導士長も僕がどうしたいか聞いてくれたんだ。僕はそれがとても嬉しかったんだ。」
「僕はここにいます。殿下がご自身でご決断されるまでずっと。大丈夫です。何かあればすぐにお呼びください。どんなに小さな不安でも僕があなたをお守りします。」
イアンのまっすぐな言葉にアレキサンダーは心を奪われた。
――彼に会いたい。
アレキサンダーはゆっくりと深呼吸をして立ち上がると、イアンと向かい合い、殻越しにイアンの右手に自身の左手を合わせた。
「早く君に会いたいよ。」
アレキサンダーがそういうと球体の壁がほろほろと細かくはがれながらスーッと溶けて消えていった。
イアンはアレキサンダーの手を握ると同じ力で握り返してくる。
「はい、一緒に帰りましょう。」
魔導士夫妻が見守る中、橙色の光に包まれてイアンが姿を現した。
「ただいま戻りました。」
「おかえりなさい。」2人にぎゅっと抱きしめられる。
同時にベッドからゆっくりと目を開けるアレキサンダーに気付くと、今度はイアンを含めた3人がぎゅっと王子を抱きしめる。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
アレキサンダーの青い瞳がイアンを捕らえる。
――ああ、やっと君に会えた。僕の天使。
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