第四話 『前世』
「眞城……くん」
そのあまりに冷たく、この上なく艶美な様相に、思わず続く言葉を失う。……先程会場で会った眞城くんとは、雰囲気が違う。
元々の綺麗な顔には雨が滴り、その白い頬と対比する赤い返り血に、臓腑をひやりとさせる何かを感じさせられる。眞城くんは冷たい笑みを浮かべながら、その人形の如く整った薄い唇を開いて尋ねてくる。
「……魔物を、討伐しに?」
「……僕?」
「ううん、お兄さん」
「……!?」
思わず兄を振り返る。眞城くんは兄を知っている……?
兄も……やっぱり、眞城くんを知っているのだろうか。
だけど、兄はやや眉間を寄せて眞城くんを見返すだけで、唇をぎゅっと結んだまま、何も言わない。僕は眞城くんに向き直って問う。
「なんで……眞城くんは、兄と会ったことが?」
「うーん。現世では、初めてかな」
「え……?」
『現世では』。ということは、今までの言動から考えると、『前世では』会ったことがあるということだろうか。一体……眞城くんは何者なのだろう。
先ほどから驚くことの連続で思考がうまく回らない僕は、眞城くんの言葉についていけない。
が、今はそんなに悠長に話している場合でもない。今、目の前には魔物が此方に向かって襲い掛かってきているのだ。
だけど何も答えない兄と暫く対峙した眞城くんは何かを悟ったのか、兄に向かってたった一言、言葉を放つだけで……
「……じゃあ、ここはお任せしますよ」
えっ、
言うが早いか、魔物が突撃してくるのが早いか、魔物は僕らを目掛けて突っ込んでくる。
……っ!
魔物が僕を目掛けて突っ込んでくるのを、後ろに跳ねて避ける。陸へ突撃するたびに、魔物が伴う水飛沫で道着が濡れる。
水を吸った道着は相変わらず重く、思っている倍は動かないと上手く避けられない。
兄と眞城くんは大丈夫かと周りを見渡すと……その間に眞城くんは、いなくなってしまっていたのだ。
眞城……くん……? え、助けにきてくれたわけじゃなかったん???
僕と同じように……こんなにも重たい袴を身に着けたまま、この一瞬でどこへ消えたというのだ。
「晃っ! 今は魔物に集中しろっ」
「……うん、」
『ギエァアアアアアアッ!!』
「……っ!」
暫くの間、そうして魔物に有効な一撃を与えられないまま、僕たちは逃げ続けることとなる。だが、反撃しなければこの魔物は斃せない。
どこか、弱点は……っ
「おぉい、大丈夫かぁ」
その時、ひらり、と声がする。
どうしたら斃せるのかとそればかり考えていたからか、話しかけられるまで全く気が付かなかった。……というか、そもそも存在自体がどこか現実味が薄いような気がする、その人は。
見たこともない神聖な顔つきで、白い衣と鮮やかな赤に近い朱色の袴を着用した神官のような姿をしており、現代風の日本人形のような奥ゆかしさが漂っている。漆黒の瞳が印象的な切れ長ではっきりとした双眸は、目尻上側に朱の化粧のようなものが施されており、意志の強そうな釣り眉と整った鼻筋も併さって、慎ましくも美しい雰囲気を兼ね備えていた。
後ろで長く結った黒髪に、もみあげから落ちる一束ほどの細くまっすぐな髪は胸の高さまであり、その髪に隠れるように、両耳からは赤い八重菊結びに房のついた耳飾りが覗く。
前髪はパツンと切りそろえられており、サイドは耳の中程の高さでやや斜めに整えられている。……その顔は凛然としており、まだあどけない少年らしさが同席しているようでもある。
だけど明らかに……先ほどまでここにいた、眞城くんではない。
「だ……誰……?」
「ははっ、お主ら今世でも一緒なんか。存外、仲良しなんじゃなあ」
(……今世でも?)
そう言う神官のような身なりをした《その人》は、楽しそうな顔をする。
「なっ。伊月くん」
「……なんで、苗字……」
「……いやぁ、折角会いに来たんじゃが、
「前、世……」
《その人》は「ほらぁよそ見。魔物来るで」と余裕の表情のまま僕を見る。
神官姿のこの人は……一体、何者なのだろう。
とにかく非現実的なこの場面に於いて、一番、非現実的とも感じられるこの人の存在は、やたらと異彩を放っているようでもあり……そこにいるだけなのに、大変不思議な感覚を覚える。
眞城くんも不思議な存在ではあったが、よもやその比ではない。
この神官さんは、もしかしたら人間かどうかすらも怪しい……そんな風にまで感じる。
そして今、この神官さんが言った、『前世』とは。昔どこかで会ったような、いや……この声、絶対に、聞き覚えがある。だけど、どこで聞いたのか。
……彼の言う『前世』で聞いた声なのだろうか。
前世……前世。
眞城くんが、神官さんが言う、『前世』。
だけど、僕にはそんな『前世の記憶』など、これっぽっちもない。
僕は魔物と神官さんを交互に見る。
神官さんは僕を見てふふっ、と笑いかけたかと思ったら、「まぁ、君は君じゃがな」と言いながら、魔物に視線を向ける。
前世と、今の僕。
……ここから僕の前世と現世が交差していくことになるとは、この時にはつゆほども思わなかったのだ。
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