第28話 万里のファイアウォール
荒廃した未来都市の地下深く、機械帝国『秦』の中枢司令室。冷たい金属の壁に囲まれた広大な空間の中央に、始皇帝・
その両脇には、側近である
部屋の空気は、皇帝が放つ絶対的な威圧感によって、凍てつくように張り詰めていた。
その静寂を破り、空間が歪むような感覚と共に、玉座の前に二つの巨大な影が出現した。
一方は、燃えるような赤い装甲に身を包み、
その背には、
全身から発散される
彼の名は
帝国最強と
その隣には、対照的に
呂布の軍師、
もう一方の影は、深い藍色の流線型の装甲に身を包み、静かに佇んでいた。
表情を読み取らせない仮面のような顔。
しかし、その内に秘められた力は呂布に勝るとも劣らないであろう、冷たく研ぎ澄まされた闘気を放っている。
武器は見えないが、その存在自体が凶器であることを感じさせる。
彼こそが、呂布と
二人の将軍は、それぞれの流儀で皇帝の前に膝をついた……かに見えたが、呂布は尊大に胸を張り、項羽はただ無言で頭を垂れるのみだった。
彼らにとって、絶対者であるはずの
「……来たか、我が双璧よ」
「そなたらに、先陣の誉れを与える」
モニターに、青く輝く惑星……地球のホログラム映像が映し出される。
「かの星に残る、
そして、古き神々の
それらを根絶やしにし、地球を我ら機械生命体の新たな楽園へと作り変える。
すなわち『天下一統』。
その第一歩として、まずは彼らの神経系……情報ネットワークを完全に掌握せよ」
呂布が、尊大な笑みを浮かべて口を開いた。
「ハッ!造作もないこと!この
「は、はいぃ!左様でございますぞぉ、呂布様!」
陳宮は慌てて相槌を打つ。
一方、項羽は静かに顔を上げ、冷徹な声で問うた。
「陛下。力による蹂躙のみでは、効率が悪いのでは?
より巧妙な策を用いるべきかと愚考いたしますが」
「ふん、項羽。貴様は相変わらず小賢しいわ!」
呂布が項羽を
項羽もまた、冷たい視線で呂布を
二人の間には、目に見えない火花が散っていた。
「案ずるな、項羽。力押しだけではない。既に、布石は打ってある」
徐福は恭しく頷くと、コンソールを操作する。
「これより、対有機生命体情報網制圧用・戦略級コンピュータウイルス、『万里の長城ファイアウォール・ブレイカー』を起動します」
司令室の巨大モニターに映し出されていた地球のホログラム映像。
その表面を覆う無数の光の線……地球のネットワーク網を示すそれに、一点、深紅の光が灯った。
それは瞬く間に自己増殖を開始し、津波のように、あるいは巨大な龍が大地を駆け巡るかのように、光のネットワークを凄まじい速度で侵食し始めた。
ウイルスは、単にデータを破壊するだけではない。
ネットワークの構造そのものを書き換え、支配下に置き、中枢システムへと深く、静かに
「存分に力を振るうがよい。
呂布よ、貴様の武勇で敵の物理的抵抗を粉砕せよ。
項羽よ、貴様の知略で敵の指揮系統を麻痺させよ。地球の完全なる
「「御意!!」」
二人の将軍は(内心はどうあれ)力強く応え、再び空間の歪みの中へと姿を消した。
陳宮も慌てて呂布の後を追う。
静寂が戻った司令室で、
冷酷な皇帝の、静かなる侵略が始まったのだ。
◇
「なんじゃ、この動きは!?
さっきから世界中の基幹ノードで、正体不明のアクセスログと異常なデータ転送が観測されとるのじゃ!」
大江戸グループ、潮来道場の地下秘密ラボ。由利凛は、悲鳴に近い声を上げていた。
ホログラムディスプレイには、世界地図とネットワーク状況を示すグラフが表示されているが、そのグラフは見たこともない異常なパターンで激しく乱高下していた。
「由利凛ちゃん、これは……」モニターの向こうの
「単なるDDoS攻撃やクラッキングじゃない…。
もっと大規模で、組織的で……まるで、ネットワーク自体が未知の生命体に寄生されていくような…!」
『うむ…』
オモイカネ(神)の声も深刻さを帯びていた。
『これは、ウイルスじゃな。
じゃが、儂の知るどんなマルウェアとも異なる。自己進化、自己増殖、自己修復能力を備え、既存のあらゆるセキュリティを回避、あるいは無力化しながら、指数関数的に感染を拡大させておる。
その構造は、まるで…神代の禁術か、あるいは遥か未来の……』
オモイカネが解析を試みるが、ウイルスの構造はあまりに複雑怪奇で、まるで内部に無限の迷宮を抱えているかのようだった。
解析すればするほど、新たな防御壁と欺瞞コードが現れ、解析者を翻弄する。
「くっそー!この妾のラボのファイアウォールも、いつまでもつか分からんぞ!
天音姉さん! オモイカネ!
こいつの目的は何じゃ! どこを狙っておる!?」
「分かりませんわ!
ですが、このパターン……世界の主要なスーパーコンピュータ、軍事・政府機関のメインフレーム……全ての『頭脳』を狙っているように見えます!」
天音の分析が、最悪の可能性を
「なんじゃと!?
まさか、敵はサイバー攻撃だけで、世界を征服するつもりか!?」
由利凛は
物理的な侵攻以上に、情報網の支配は致命的だ。
それが実現すれば、人類は目と耳を塞がれ、手足を縛られたも同然となる。
「いかん!すぐに明日菜ちゃんに連絡じゃ!」
由利凛は、震える指で緊急通信回線を開いた。
相手は、数時間前に本社ビルからの撤退を余儀なくされたばかりの大江戸明日菜。
彼女もまた、移動中の司令車両の中で、世界各地から届く断片的な情報に胸騒ぎを覚えていた。
『由利凛!?どうしたの、そんなに慌てて!』
「明日菜ちゃん!大変じゃ!
とんでもない化け物ウイルスが、今、世界中のネットワークを食い荒らしておる!
このままじゃ、数時間……いや、数十分で、世界の主要コンピュータが全部、敵の手に落ちるかもしれん!」
その言葉に、明日菜の顔から血の気が引いた。
経験したことのない種類の静かで、しかし決定的な脅威。
機械帝国大戦の物理的な侵略が嵐なら、これは深海から忍び寄る巨大な津波だ。
「……分かったわ。 すぐにグループ全体のネットワークを外部から完全に物理遮断。
重要データは隔離された領域へ。
そして、オモイカネの防衛を最優先!
何としても守り抜くのよ!」
明日菜は即座に指示を出す。その声は冷静さを保っていたが、彼女の脳裏には、機械帝国大戦の悪夢が、今度は形を変えて襲い来る光景が浮かんでいた。
内側から静かに、確実に世界が乗っ取られていく……。
その頃、世界中のオフィスや家庭のコンピュータースクリーンに、一瞬だけ龍が鱗をうねらせるような、あるいは古代の城壁が組み上がるような、不可解な幾何学模様のノイズが走った。
ほとんどの人間は、それに気づきもしない。
気づいたとしても、単なる回線の不調だと思うだけだろう。
だが、それは紛れもなく、機械仕掛けの皇帝が放った静かなる宣戦布告だった。
万里の長城が、今、世界の電脳空間を覆い尽くそうとしていた。
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