第六章:偽りの平穏と目覚める龍
第26話 復興の槌音、不穏な律動
西暦20X(X+2)年、春。
かつて鋼鉄の軍勢によって
空を覆っていた黒煙は遠い記憶となり、代わりに空には、あの激戦の爪痕である不安定な時空の歪みが、巨大なオーロラのように淡く揺らめいている。
それは禍々しさよりも、どこか儚げな美しさを感じさせたが、同時に人類が触れてはならない領域に触れてしまったことの証左でもあった。
その下では、新しい高層ビルの骨組みが次々と組み上がり、瓦礫が撤去された区画には緑化が進められ、小さな公園や広場が生まれていた。
重機の唸り、作業員たちの掛け声、そして、戻ってきた人々のざわめき。
復興の槌音が街の新たな鼓動となっていた。
大江戸グループが管理・提供する未来技術の一部は、この目覚ましい復興の原動力となっていた。
クリーンエネルギー・プラントは安定した電力を供給し、ナノマシン散布による土壌浄化は汚染された大地に再び草花を芽吹かせた。
しかし、その恩恵はまだ限定的であり、都市の隅々には依然として深い傷跡が残されている。
完全に更地になった区画、歪んだまま放置された鉄骨、そして、あの戦いで愛する者を失った人々の心の傷……。
復興は希望と痛みが複雑に織り交ざったタペストリーのようだった。
臨海公園。
かつて激戦地となったこの場所も、今は穏やかな海風が吹き抜ける憩いの場として整備されつつあった。
その一角で大江戸巧は車椅子に座り、静かに海を眺めていた。
最終決戦兵器ヘパイストス・ハンマー起動の代償は大きく、彼の脚にはまだ麻痺が残っている。
リハビリは遅々として進まず、もどかしい日々が続いていた。
しかし、彼の瞳には機械帝国大戦の頃のような焦燥感や、科学者としての純粋な探究心とは違う、穏やかで、どこか憂いを帯びた光が宿っていた。
「……風が、気持ちいいね」
隣にそっと寄り添うジャンヌ・オルレアンに、巧は静かに語りかけた。
彼女の献身的な支えがなければ、巧は肉体的にも精神的にも、ここまで回復することはできなかっただろう。
「ええ、本当に。こうして穏やかな時間を過ごせる日が来るなんて……」
ジャンヌは巧の肩に優しく触れた。
彼女の表情も穏やかだったが、時折、空に揺らめく時空の歪みを見上げる瞳には、拭いきれない不安の色がよぎる。
「未来技術は使い方次第で毒にも薬にもなる…」
巧は、海から空へと視線を移した。
「あのナノマシンも、エネルギー・プラントも、一歩間違えば、趙高たちがやろうとした環境改造と同じだ。
俺たちは、常にその危険性と隣り合わせにいる」
ヘパイストスの記憶を持つ巧は、創造の力が孕む破壊の可能性を誰よりも理解していた。
自らが開発に関わった技術、そして地下深くに封印されたヘパイストス・ハンマーの存在は、重い責任としてのしかかっていた。
「趙高の悲劇を繰り返さないためには、僕たち科学者が……いや、人類全体が、誰よりも強い倫理観を持たなければならないんだ」
「ええ、そうですね」
ジャンヌは力強く頷いた。
「でも、巧さん。
あなたは一人ではありません。明日菜さんや嵐さん、皆がいます。
それに多くの人々が、あの戦いを乗り越えて、未来を良くしようと努力しています。
みんなで考え、支え合っていけば、きっと正しい道を見つけられます」
巧はジャンヌの手をそっと握った。
温かい彼女の体温が、彼の心の不安を少しだけ和らげてくれる。
そうだ、一人ではない。
だが、それでも時空の歪みを見るたびに胸の奥がざわつくのを止められなかった。
何か、まだ終わっていないような、不穏な律動を感じるのだ。
その頃、大江戸グループ本社ビル。
復元された最上階のオフィスで、大江戸明日菜は山積みの書類と、壁一面に映し出された複数のモニターに囲まれていた。
彼女の双肩には、グループの経営、復興事業の全体指揮、そして未来技術の国際管理という、あまりにも重い責任がのしかかっていた。
「……ですから、技術の段階的な情報開示と、国際的な監視機関の設立が不可欠だと申し上げております。貴国の要求は、現状では受け入れられません」
モニターの向こうの、某国政府高官の傲慢な態度に、明日菜は冷静さを保ちながらも、内心では苛立ちを募らせていた。
女神アテナの知略をもってしても、各国の剥き出しのエゴと
未来技術は希望であると同時に、新たな火種でもあった。
ふと、別のモニターに映し出された国際ニュースのテロップが目に入る。
『世界各地で原因不明のシステム障害、専門家も原因特定できず』……またか。
この数ヶ月、この種のニュースが後を絶たない。
単なる復興期の混乱なのか、それとも……。明日菜の眉間に、深い皺が刻まれた。
夕暮れの新宿。
再建された高層ビル群の谷間を、パトカーがゆっくりと走る。
運転席には大江戸嵐、助手席には夜野蝶子。二人は復興期の混沌とした街の治安維持に奔走していた。
「ったく、どいつもこいつも、物騒なモンばっか狙いやがって……」
嵐は、先ほど処理したばかりの未来兵器の残骸を違法に取引しようとしていたブローカーたちのことを思い出し、悪態をついた。
ネクライムのような大規模な組織ではないが、混乱に乗じて一儲けを企む輩は後を絶たない。
「機械帝国大戦の時に比べれば、まだマシな方よ、嵐くん。 でも、油断は禁物ね」
蝶子は冷静に周囲に視線を配りながら言った。
「それに、気になる噂もあるわ。
最近、妙に組織化された動きで残骸を回収しているグループがいるって……」
「ああ、俺も聞いた。
ただの残骸漁りじゃねぇ、何か目的があるような動きだ。まさか、帝国の残党……いや、考えすぎか」
嵐は首を振った。
軍神アレスの力は未だ彼の内に眠っているが、以前のような猪突猛進さは影を潜め、より慎重に物事を考えるようになっていた。
それでも、心の奥底で何かが再び動き出そうとしている予感は拭えない。
その時、無線に小さな銀行での強盗事件発生の報が入った。
「行くぞ、蝶子!」
「ええ!」
サイレンを鳴らし、パトカーは夕闇の中へと加速していく。
それは、彼らにとっての「日常」だった。
平和を取り戻すための地道な戦いの日々。
再び、臨海公園。
陽は傾き、海面がオレンジ色に染まっている。
巧はジャンヌに車椅子を押されながら、ゆっくりと帰路についていた。
「……さっきから、少しノイズが酷くなっている気がするんだ」
巧は、空のオーロラを見上げながら呟いた。
彼の脳は、ヘパイストスの力の影響か、常人には感知できない微弱なエネルギーの変化を感じ取ることがあった。
「ノイズ、ですか?」
ジャンヌも空を見上げた。
彼女の目には、ただ美しい光の帯が揺らめいているようにしか見えない。
「ああ。まるで、遠くで誰かが囁いているような……いや、違うな。もっと…機械的で、冷たい……規則性のあるパルスのような……」
巧は眉をひそめ、目を凝らした。
以前、次元地震の中に捉えた、あの不気味な信号に似ている気がした。
まさか、そんなはずはない。
次元ゲートは消滅したはずだ。趙高も……。
「巧さん?」
心配そうに覗き込むジャンヌの顔を見て、巧は我に返った。
「いや、何でもない。
気のせいだろう。少し疲れているのかもしれない」
巧は無理に笑顔を作った。
だが、胸のざわめきは収まらない。
復興の槌音に混じって聞こえる、不穏な律動。
それは、新たな黙示録の始まりを告げる、静かな警鐘なのかもしれなかった。
平和に見える世界の水面下で、何かが確実に動き出している。
まだ誰も、その全貌を知る者はいない。
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