第22話
どの瞬間までを夜明けと呼び、どこからが朝なのか。もちろんそこに明確な境界線を引くことはできないし、汽水域のように混ざり合ってお互いが存在している。ただ、多くの人が今はもう夜明けではなく朝だろうと感じだす頃まで、僕らは空を眺めていた。
「帰ろっか」
早坂は日差しに目を細めつつも、しっかりと光を見据え、笑っている。
「もういいのか?」
そして、僕の問いかけに「うん」と頷くと一度目を閉じ、再び開くとともに僕に向き直っては「帰ろう」と笑う。その笑顔を見るに、心なしか夜に見た時にくらべどこかスッキリとした印象を受ける。
「そうだな、帰るか」
笑顔で返事をすると、くるりと踵を返し先に立って歩き出す。足音から、数歩離れて早坂も歩き出すのがわかる。
車に戻ると早速にエンジンをかけ、念のためにガソリンの残量をチェックする。もっとも先日給油したばかりとあってメーターの針はまだ半分にもいっておらず、この分であれば帰りも給油の必要はなさそうだ。
シートベルトを締め、同じくベルトを締めた早坂に声をかける。
「それで、どこまで送っていけばいいんだ? 迎えの時と同じで柏までか?」
「うん、そうだね……」
ところが、水を向けた早坂の歯切れが悪い。
「どうした? 他に寄りたいところでもあるのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどね」
シフトノブに置いていた左手を戻し、表情を伺う。早坂は正面からの日差しを避けるように少し俯き、どこか困ったように眉を寄せている。
遠慮をしている、ということはまずないだろう。昨日からのことを思えば、このまま早坂を送っていくことなど今更である。
だが、そんな早坂の口から出た言葉は意外な言葉だった。
「一番近い駅ってどこかな?」
「駅? ここからか?」
思わず語尾が上がり、それから頭の中でいくつか思い当たる駅名を挙げてみる。地元ということもあって土地勘は全く問題ないのだが、その土地勘があるからこそ候補に挙がるどの駅も近くはないなと思えてしまう。
「距離でいえば泉か? でも行きやすさでいくと――」
ほぼ無意識に呟いていると、早坂が「あのね」と付け加える。
「できれば特急の停まるところがいいんだ」
「特急? それならどっちもひたちが停まるけど、ああ、でもそれならいわき駅の方がいいかもな。特急の始発駅だし」
早坂の質問に答えながら、すぐに一つの疑問が浮かんでくる。
「早坂、まさか電車で帰るつもりなのか?」
尋ねると早坂は申し訳なさそうに、だがしっかりと頷く。
「なんでわざわざ? それこそ柏までだって、俺の帰る途中なんだし、送っていくぞ?」
「うん、わかってる。わかってるし、村瀬にもこんなわがまま言っちゃって本当に申し訳ないと思ってる。でも、お願い」
そう言って早坂が頭を下げる。そうして再び顔を上げた早坂と目が合うが、そこに強い意志を感じた。もちろん、ハンドルを握っているのは僕なので、主導権は僕にある。だから、それを突っぱねて車を走らせ、高速に乗ってしまうことだってできるだろう。そして、それならそれで、早坂もきっと怒りはしないのだと思う。
ふう、と息をついてからシフトをリバースに入れ、駐車場内で車を転回させる。
「村瀬?」
そんな早坂には答えずに今度はドライブに入れ、数時間滞在した駐車場に別れを告げるようにウィンカーを上げると、海沿いの県道へと車体を進める。
昨日、自分で言った台詞を思い出していた。とことん付き合うよ、と。ならば、わがままにだって最後まで付き合うのも面白いじゃないか。
昨夜からオフにしていたオーディオのスイッチを入れ、ボリュームを上げていく。
「特急に乗るなら、断然始発のいわき駅がいいぞ」
早坂にそう言ってから、わざとらしく口を横に広げ、白い歯を見せて笑って見せる。そんな僕に早坂は呆気にとられたように目を丸くするも、すぐに笑い出す。
「村瀬、変な顔」
僕は車のサンバイザーの裏側に挟んでいたサングラスを手に取り、かける。
「駅までどのくらいかな?」
「土曜のこの時間なら空いているだろうし、三十分もあれば着くと思うぞ」
「三十分か――」
呟く早坂に、僕も思いを馳せる。
三十分、片道十キロ程度のショートドライブ。
それで、早坂との時間が終わるのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます