第26話 エンリエットへの怨嗟4
「グスン……グスン……」
「あんた、いつまで泣いてんのよ?」
「ぞんなごと言っでも、なびだがどまりまぜんば」
マリアとイザベル以外に誰も居なくなった馬車の停留所で、マリアは溢れ出した涙は止まらないとばかりに大泣きしていた。
それをあやすイザベルの目尻に溜まっていた涙は引っ込んでしまって苦笑いである。
「さて、それじゃあ帰るわよ!」
イザベルは背中をさすりながらマリアを落ち着かせると、ゆっくりと手を引いて笑った。
「イザベルさん、私宿を解約してしまいましたわ。どういたしましょう?」
「そんなのもう一回宿を取ればいいだけよ。そんなにすぐに部屋は埋まらないわ! ほら、あんたの宿はどっち?」
「イザベルさん、私は両手が塞がってますわ」
トランクケースを持ってイザベルに手を引かれているので、マリアは指を指すことができずに苦笑した。
イザベルも自分がマリアを逃さないとばかりに焦っていたのに気づいて苦笑いだ。
「ごめんごめん。それで、どっちなの?」
「あっちですわ」
マリアの案内で2人が宿ふ向かい女将に事情を説明すると、女将は満面の笑みを浮かべた。
「そうかいそうかい、あんたがお嬢ちゃんの友達かい! 部屋なら安心おし! これまでの所を使っていいよ。それにお嬢ちゃんは返金も待たずに行っちまったからね、他の冒険者と同じようにそのお金が無くなるまでは部屋に手をつける気はなかったよ」
女将はどこか少しだけ寂しそうな顔でそう言った。
冒険者はダンジョンの中で命を落とす事もある。
この宿は、冒険者が戻ってこなくても、帰ってくると信じて前払いされた宿代の期間は部屋を残している。
つまりそれだけ、戻らない冒険者に女将は会ってきたということでもある。
「さあ、それじゃあせっかくお友達も来てくれたことだし、お昼でも食べて行かないかい? お嬢ちゃんとの約束だしね」
女将がそう言って片目をバチコンとウインクしたが、イザベルは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「その、私仕事を放り出してきちゃったから早く帰って言い訳しないと……その、2日も連続でサボっちゃったからすごい謝らないとマリアの担当を外されちゃうかも……」
「そ、それは急がないといけませんわ! 私も一緒に行ってお願いしますわ! ちょっと待っててくださいな!」
マリアが慌てて荷物を部屋に置きに階段を上がっていく姿を見て、イザベルは「気をつけなさいよ」と声をかけながら、嬉しそうに笑った。
2人が冒険者ギルドへ向かうと、いつもイザベルのいる受付には支部長秘書が立っていた。
それも、長蛇の列になっている。
支部長秘書がテキパキと仕事をこなしながらイザベルとマリアを視界に入れると、並んでいる冒険者達に有無を言わさぬスピードで受付終了の札をカウンターへ置いた。
すると、並んでいた冒険者達から残念そうな声が漏れる。しかし文句を言い出す冒険者はおらず、蜘蛛の子を散らすように解散していく。
「事情はギャリアンさんから聞いています。その様子だとうまく行ったようですね。とりあえず、支部長室へ行きましょうか」
支部長秘書は受付から出てくると、表情を崩すことなくそう言って身を翻し、支部長室へ歩いていく。
マリアとイザベルは顔を見合わせると、緊張した面持ちで支部長秘書の後ろについて支部長室へ向かった。
3人が支部長室へ入ると、支部長秘書は「お連れしました」とだけ言って自分の定位置である席に座る。
支部長はマリアとイザベルの方を見ると「フッ」と笑って席を立って応接用のソファーの方へ歩いてくる。
「まあ、2人とも座りなさい」
マリアとイザベルは言われるがまま、支部長と対面するようにソファーへと座った。
「支部長、昨日の今日ですみませんでした。あの、私はマリアの専属担当を続けたいです。減給でもなんでも受けます。どうか、どうかよろしくお願いします」
開口一番、イザベルはそう言って頭を下げた。
「私からもお願いしますわ。私もイザベルさんに担当してもらいたいんですの」
イザベルに続いてマリアがそう言って真っ直ぐに支部長を見ると、2人の行動に面を食らった様子の支部長が、一呼吸置いて大きく笑った。
「そんな心配はいらない。イザベル君が自分の気持ちに区切りをつけ、業務に支障が出ないなら変える必要はない」
支部長の言葉を聞いたイザベルが勢いよく顔を上げ、マリアは嬉しそうにイザベルの方を見た。
「今回の事もマリア嬢の専属としての行動だと思うが、席を離れる前に一言欲しかったな。ルミナスの白虎のお2人が受付で待ちぼうけをくらってしまうところだった」
「私がすぐに対応したので問題ありません」
支部長が冗談混じりに2人に話すと、支部長秘書がすぐさま口を挟んだ。
支部長は支部長秘書の方を苦笑しながら振り向くが、支部長秘書はもう机を見下ろし自分の業務をしている。
「まあ何はともあれだ、マリア城はこれからもこの冒険者ギルドで活動してくださるのでしょう?」
「はい、もちろんですわ!」
「でしたらイザベル君は専属としてしっかりとサポートするように」
「ありがとうございます、支部長!」
こうしてマリアとイザベルの蟠りはなくなり、これまでと同じ日常に戻っていくのであった。
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