第10話 パパ、お仕事だけどすぐに帰ってくるからね



 王都の中心には広大な敷地に造られた白亜はくあの城がある。

 城をぐるりと囲む高い城壁。城門をくぐっても城の正面入口までさらに距離がある。

 だが俺の乗った馬車は裏門で停車した。内密の訪問を求められているからだ。


「クレイヴ団長、お待ちしておりました」


 馬車を降りると国王陛下の側近に迎えられる。

 俺は案内されるまま城内に入った。

 連れていかれたのは国王陛下の執務室の……隣の部屋だ。


「陛下は執務中ですので、ここでしばらくお待ちください」


 側近が部屋を出て行くと、ふはっと息をつく。


 城内はいつきても堅苦しいな……。


 荘厳な白亜の城の外観は芸術作品のように美しいのに、その内側は権威を競ってどろどろだ。王国の中枢ちゅうすうであるこの場所には多くの陰謀いんぼう謀略ぼうりゃく、悪意がうずまいている。


 ……こういうところは異世界でも変わんねぇな。


 ゲーム『ドラゴンウイング~英雄は竜とともに帰還する~』でも主人公の英雄が王国の権力争いに巻き込まれるイベントがあったくらいだ。


 俺が陛下を待っていると、隣室の執務室から怒鳴り声が聞こえてくる。


「このおろか者!! これでは士官学校の学生にさせても同じじゃないか!!」

「も、申し訳ありません! ただちに修正してまいります!」

「修正? 甘ったれたことを言うな! この無能め、やり直しだ!!」

「はっ」


 バタバタと士官が執務室を飛び出していく音がする。

 もちろんこの怒鳴り声は陛下のもの。夜だというのに執務に激しく邁進まいしんしているようだ。

 二年前に即位したばかりの若干じゃっかん十八歳の国王陛下ルベルト。その若さゆえに夜もバリバリ働ける。とくにうらやましくない。

 しかも怒鳴り声はまだ止まらない。


「この予算編成はなんだ! どうして昨日の決議が反映されていないんだ!」

「会議の後、財務大臣が……」

「財務大臣がなにを言ったか知らないが、そんなものが通るわけないだろ!! それともなにか? 貴様は僕よりも財務大臣の意見を尊重するということか?」

「と、とんでもありませんっ。失礼しました!」


 バタバタとまた士官が飛び出していく。

 こんな夜中に元気なことだ……。付き合わされる士官はたまったもんじゃないな。

 しかもルベルト陛下は横柄おうへいで攻撃的な性格をしている。俺がプレイしたゲームでも嫌われ者の国王陛下だった。


「くそっ、どいつもこいつも政務をなんだと思っている。こんな愚か者たちが国家を牛耳ぎゅうじっているとは情けない!」


 今度は陛下の愚痴ぐちが始まった。

 きっと側近は困った顔で聞いていることだろう。

 その陛下が荒い気配をまとったまま俺がいる部屋に向かってくる。

 そして扉が開いた、が。



「……待たせてごめんなさい。怒ってる?」



 扉の細い隙間すきまから陛下がおどおど聞いてきた。

 おそるおそる俺をうかがう陛下に、先ほどまでの横柄おうへいさも攻撃性もない。どちらかというと小動物がプルプルしているそれだ。


「……怒ってませんよ。どうぞ」

「どうもありがとう。入るね。僕も座るね」

「あんたの城でしょう。お好きにどうぞ」

「はい」


 陛下は俺の前にお行儀ぎょうぎよく座った。

 びくびくしているとまでは言わないが、おどおど陛下である。そこに先ほどまで士官に怒鳴り散らしていた姿は欠片もない。


「……お茶飲みますか?」

「いらね」

「ケーキ食べますか?」

「なんでケーキなんだ……」

「甘いもの食べたら優しくしてくれるかと思って」

「俺はガキか」

「それじゃあお土産みやげに持ってかえれるようにしときますね。ご家族でどうぞ」

「そりゃ助かる。もらってく」


 陛下が安心したような顔になると、さっそくケーキを包むように側近に命じた。


 そう、これが俺の前のルベルト陛下だ。


 配下の前ではゲーム『ドラゴンウイング~英雄は竜とともに帰還する~』でプレイした横柄おうへいな陛下だが、俺の前ではおどおど陛下になってしまう。

 それというのも十二年前のダークドラゴン王都襲撃のときに陛下はアイリーンたちと同じ避難所に避難していたからだ。

 避難所で危機一髪だったところを、助けにきた俺の鬼気迫ききせまる戦闘を見て恐怖をきざまれたとか。それ以来、陛下のなかで俺は絶対恐怖の存在になってしまったらしい。


 そう、これはゲーム『ドラゴンウイング~英雄は竜とともに帰還する~』ではなかったことだ。


 かつてプレイしたゲームでは最初から最後まで横柄おうへいで性格が悪くてプライドが高い嫌な奴だった。


「それで、こんな時間に俺を呼び出した理由は?」

「聞いてくれるんですか!? ありがとうございます!」

「聞いてほしくて俺を呼んだんだろ」

「はい、勤務時間外にクレイヴさんを呼ぶのは気が引けたんですが、どうしてもクレイヴさんにしか頼めなくて」

「あんたは陛下だろ。俺にさん付けはやめろ」

「大丈夫です、人前では気を付けますので」

「…………」


 そういう問題じゃないんだが、陛下はなにか問題でも? と不思議そうな顔をしている。

 どうやら恐怖は深層心理にまで達しているようだ。


 そして陛下はあらためて真剣な顔になると話しだす。


「クレイヴさん、僕は今日、暗殺されかけました」

「……それはまた、穏やかじゃねぇな」

「はい、ぜんぜん穏やかじゃありません。今日、僕の服に毒蜘蛛どくぐもが仕込まれていました。偶然ぐうぜんにも他国の大使が来て別の礼服を着たのでことなきをえましたが、もし大使の謁見えっけんが入らなければ僕は死んでいました」

「なるほど、謀略ぼうりゃくってやつだな」

「はい、よくあるやつです。そこでクレイヴさんにお願いなんですが、僕に毒蜘蛛を仕込んだ犯人を捜してくれませんか?」

「そんなの俺に頼まなくても、あんたの近衛兵このえへいの仕事だろ」


 国王陛下の身辺警護は近衛兵の仕事のはずだ。

 だが陛下は視線を落として首を横に振る。


「ダメなんです。……今日の午後、ニコルが犯人として捕まりました。僕の側近の一人です。でもニコルは犯人じゃありません」

「言い切れるのか?」

「言い切れます。ニコルは僕の幼なじみです。孤児院にいた時からずっと一緒でした」

「そうか……」


 ルベルト陛下は先代国王と女官とのあいだに生まれたご落胤らくいんだ。

 ルベルトが国王陛下に即位したのは二年前、それまでは出自しゅつじを隠され、母親の女官が病没したあとは孤児院で育てられた。

 そのままルベルトは一般人として生きていくはずだったが、先代国王の世継ぎが次々に早逝そうせいしたことでルベルトが王位を継いだのだ。


 そう、俺とルベルト陛下の出会いは十二年前のダークドラゴン王都襲撃の時、孤児院で集団避難していたルベルトが一方的に俺を見ていたのだ。


「ニコルは城にあがった僕を助けるために一生懸命勉強して側近になってくれたんです。そんなニコルが僕を殺そうとするはずはありません。お願いです! どうか真犯人を見つけてニコルを助けてください!」

「そういうことか……」


 俺にしか頼めない理由はよく分かった。

 陛下が一人の配下のためにおおやけに個人的な命令をだすことはできない。ましてや国王のルベルトは敵が多く、個人的な命令が新たな謀略ぼうりゃくを生んでしまうこともあるのだ。


「わかった。俺も捜索してみる」

「いいんですか!?」

「国王陛下直々の頼みを断ったりしねぇよ」

「ありがとうございます! ありがとうございます! 僕、陛下になってよかったって初めて思いました!!」


 陛下が震える声で礼を言った。


 大袈裟おおげさだと苦笑したくなったが、きっと陛下は本気なのだ。

 かつてゲームでプレイした国王陛下を思い出す。嫌な奴だと思っていたが、こんな一面もあったのかもしれないな……。


 こうして俺は陛下の依頼を引き受けたのだった。





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