第7話☆優勝者
「勇者ロードレース大会」ゴール地点。
想定していたレース時間を大幅に過ぎたころ、ゴール地点に一番にたどり着いた勇者。
バロウ村のハンス・シャーロン。
彼のゴールに、拍手と歓声そしてそれよりも大きなどよめきが起こった。
「あれは誰だ」
「勇者なのか?」
「スタートでは最下位にいた奴だ」
そんなひそひそ話が聞こえてきた。
大会実行委員会の面々がハンスに近づいた。
「えっと、君は、誰だっけ?」
と委員長。
「バロウ村のハンスであります」
直立不動でハンスが答える。
「君が優勝ということだ。さあ、こちらへ」
そういうと委員長に促されて、ハンスは城内に向かった。
残された、ゴール地点の観衆たちが、
「ほかの勇者はどうした。誰も戻ってこないじゃないか」
と騒ぎ始めていた。
城内の一室に連れていかれたハンス。
そこには、王直属の執事と侍女たちが待ち構えていた。
執事に腕をつかまれ、まずは入浴。
頭のてっぺんから指の先まで、数人の侍女がピカピカに磨きたてる。
裸体を見られて縮こまるハンスだったが、侍女の手際の良さにあっけにとられている間に、新品の式服と勇者の外套をまとわされていた。
そして、髪を整え頭には優勝者の証、月桂樹で作られた冠が乗せられた。
「さあ、こちらへ、いきますよ。お披露目です」
執事がそういいながら、ハンスを促し別の部屋に連れて行った。
そこはハンスが今まで見たこともないような、豪華で重厚な扉の前だった。
執事が背筋を伸ばし、扉をたたく。
「陛下、お連れしました」
と声をかけて。
すると扉がゆっくりと開いた。
目の前には、国王と王妃が並んで座っている。
そして、その横にはイレーネ王女の姿もあった。
執事に伴われ国王の前に進み出るハンス。
どうしていいのかわからないハンスはそのまま突っ立ったままだ。
隣で咳払いをする執事を見ると、ひざまずいて、頭を下げている。
ハンスも慌てて同じくひざまずいた。
すると国王が、
「そなたが優勝者の勇者か。名は何という」
とハンスに向かって言った。
ためらっいると、答えるように目配せをする執事。
「ハンスでございます。バロウ村のハンス・シャーロンでございます」
と答えるハンス。
「そうか、シャーロンの勇者か」
と小さく呟いた国王がハンスの前に進み出た。
「優勝者、ハンス。そなたにわが姫、イレーネを託す。夫としてその生涯のすべてを姫に捧げよ」
とハンスに言い放つ国王。
ハンスはただ頷くしかなかった。
執事がハンスに立ち上がるように伝える。
すると目の前に今度はイレーネ王女が現れた。
「貴方がわが夫となるお方ですのね」
姫が小さな声でハンスに言う。
バラ色のほほと大きな瞳、少しほほ笑みながらひざまずいているハンスに手を差し伸べた。
ハンスには執事から小さな箱が渡された。
四角い小箱だ。
箱を受け取ったものの、何をしたらいいのかまるでわかっていないハンス。
執事が、自分と同じようにやれ、と指示を出す。
まずは、小箱を開ける。
そこには、きれいな宝石が輝く指輪が入っていた。
指輪を持ち姫の左手を取る。
そして、どうすればいい、執事のやっていることがよく見えない。
どうやら指にはめろということのようだ。
適当な指に指輪をはめようとしたが、姫が自ら薬指を突き出しだ。
ハンスがイレーネ王女の左手の薬指に指輪をはめた。
すると、国王が拍手を始め、側近たちもそれに続いた。
ソフィア王妃はイレーネ王女を抱きしめる。
「さあ、民衆がお待ちかねよ」
ソフィア妃がイレーネ王女にそう言うと、イレーネ王女とハンスは城壁の上に移動した。
スタートの時、楽隊がファンファーレを奏でた場所だ。
イレーネ王女とハンスが姿を現すと、待ち構えていた大勢の人々から歓声があがった。
ハンスのゴールからすでにかなりの時間が経っていたが、多くの民衆がその場を離れることなく、
イレーネ王女とハンスのことを待っていたのだ。
国民たちに笑顔で手を振るイレーネ王女。その左手の薬指には指輪がつけられている。
王女はハンスの手を取り、大きく上に掲げる。
ハンスの顔はいつしか紅潮していた。
その姿をバロウ村のマルク、セレントシティのアイル・ファインが苦々しい表情で見つめていた。
「なんで、あいつが優勝しているんだ」
マルクが周囲に漏らした。
アイルにしても同じ気持ちだ。
「俺たちはギブアップルートを通ったというのに」
ハンスがゴールしてから、さらに遅れること1時間以上。
そのころ、マルクやアイルがヘロヘロになりながらゴールにたどり着いたのだ。
他の勇者たちも同様に息も絶え絶え、疲労困憊した姿だった。
参加した勇者のほぼすべてが、正式なゴールではなく、途中で棄権とみなされる
ギブアップルートを通ってのゴールだった。
とりあえずの国民へのお披露目を済ませると、また城内の部屋に戻ったハンス。
先ほど、国王たちがいた部屋からするとかなり質素な一室にハンスは通された。
執事が入ってくると、
「ハンス様、ここが貴方のお部屋になります。
姫との婚儀が整うまではこちらでお過ごしください。
夕食の時間になりましたら、お迎えに参ります。それまではお休みになっていたてください」
それだけ言うといなくなってしまい、ハンスはこの部屋に独り取り残された。
部屋を見渡すと、寝室とその隣に机とソファのある居間があった。
洗面所や風呂もある。
王と会った部屋からするとかなり地味な感じだが、それでもバロウ村でのハンスの家より段違いに豪華だった。
何をしたらいいのかわからず、ソファに座り呆然としていると、ドアをノックする音が聞こえた。
夕食にはまだ早い、誰だろう。
恐る恐るドアを開けると、イレーネ王女が立っていた。
「入るわよ、いいかしら」
そう言うと、ハンスの答えも待たずはやに入ってきた王女。
「あのさあ、なんであんたなの。
なんであんたは、罠にかからなかったの?」
矢継ぎ早にハンスをまくしたてるイレーネ王女。
返事に困るハンス。
すると、一緒に来ていた王女直属の魔法使い兼妖精のシャロンが、
「ねえ、イレーネ、そんなこと言っても彼、困ってるよ」
ととりなした。
「シャロンは黙ってて、なんであんたは棄権してないのよ、って聞いてるの。
罠仕掛けたのになんで引っかからないのよ」
イレーネは不機嫌を露にしながら、ハンスに言い放った。
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