第3話
昼休み終了後も、連はドキドキが止まらなかった。
なんせ、小柄な少女に声をかけられたと思ったら、それが妄想の世界で登場していた妹「リナ」だったなんて。
しかもその子に「放課後、図書室でお話ししたいです」なんて言われて、とてもじゃないがワクワクは止まらないし、そのせいで今にも叫びたい気持ちだった。
もちろんだが今は授業中。そんなことをしたらどうなるかは言わなくても分かる。
それらとは裏腹に、なぜ妄想の世界で登場していた妹が他クラスにいるのか、という疑問。
二つ目に、入学式の時にそんな生徒がいたかな?という疑問。(これに関しては入学式から月日が経っているので覚えていないという可能性が大きい)
そして、最大の疑問の三つ目。
なぜあの子は去り際に——「兄さん」といったのだろうか。
佐藤連の家族構成は、母・父・祖父母の計五人家族である。
そのうち祖父母はかなり田舎の町に住んでおり、父と母は出張のためしばらく不在。
そう。連には妹という存在自体いないのだ。
いや、もしかしたら義理の妹や従妹で———という考え方もあるが、今までそういった親戚などには出会ったことがない。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
今は授業中。だから授業に集中しないと、と思っているものの、やはりそんなことを考えてしまう。
何か別なあり得そうな出来事は無かっただろうか、と。
「よし……ッ」
放課後。
連の頭の中は、リナの事でいっぱいだった。
別に好きとかそう言うのではなく——なぜ、連のことを「兄さん」と呼んだのかについてだった。
それが九十パーセント以上頭の中を占めていた。その他としては、妄想上の少女が目の前に、手の届くところにいるという興奮によるものだった。
「——放課後、図書室でお話をしましょう」
「——待ってます、兄さん」
「…………」
アレが嘘じゃなかったらいいんだけど。
可愛らしい、愛くるしい顔。甘い声で「——兄さん」と呼んでくれたこと。
「……ふぅ」
正直、今日のことは全て幻のようにも見えた。
だが、あの子は、図書室で待っている。
そう言ってくれた。
「……行くか」
教科書等をバッグにしまい、心臓の鼓動が高まる中、いざ教室の外へと足を出す。
「……っ」
廊下に出た瞬間、さらに心臓の鼓動が高まる。
一歩歩くたびにさらに高まる鼓動。
ドキドキが止まらない。ワクワクが止まらない。
もう目の前のことが歪んで見えるくらいに興奮状態になっていた。
「…………」
図書室前まで来た連。
何とかこのドキドキを鎮めようと大きく深呼吸をする。
……けれどあまり効果は無かった。
「大丈夫……話をするだけ」
図書室の扉に手をかけ、自分にそう言い聞かせる。
ゆっくりと扉を開け、周りを見渡してみる。
——すると。
図書室の端っこにある椅子に一人の少女が座っているのを見つける。
間違いない。あれが、リナだ。
意を決して近づいてみると——
「な——ッ」
リナの手のひらから——小さな炎のようなものが出るのを見てしまった。
「…………あ、来てくれたんですね」
数秒その出来事にあっけに取られていると、自分の存在を感じたのか、こちらに振り向いた。
「あ、ああ……来た、よ」
動揺しながらもそう言う連。
「ありがとうございます。こっちの椅子座ってください」
対面にあった椅子を指さすリナ。
連は、少し焦りながら椅子に座った。
「…………」
話がしたい、と言われ来たのは良いのだが。
「…………」
対面に座っているリナは、何も言うことなくジッとこちらを見ている。
というより、隅から隅まで見回している、といった方が正しいのかもしれない。
数分じっと見つめられた後、
「……やっぱり、兄さんだ」
「…………へ?」
と、小さな声でそう呟いた。
「……そんな反応をするってことは、私のこと覚えてない感じですか?」
「え、ええと……うーん」
覚えていない、というよりいつどこで知り合ったの?と問いたくなった。
「はぁ……まぁ、いいです」
答えられない連に、少し期待外れだった様子のリナ。少し機嫌が悪くなる。
「そ、その……話がしたいって言ってたよな。どんな話なんだ?」
連はこの空気感に嫌気を感じ、本題となる「話がしたい」というのを訊いてみた。
「あ、そうでした。あの、いきなりで理解しずらいことだと思いますが……」
一体どんな類の話なのだろう。
連はリナが続けるまで静かにしていた。
「私、能力者なんです」
そう、端的に言った。
「のうりょくしゃ……?」
もちろん、連にはどういうことだか分からない。
けれど、すぐにどういう事か理解するようになった。
それは、リナの手のひらから出た炎。
恐らく、そのことについて言っているのだろうと思った。
「は、はい。それでですね、危険な人物と扱われていて、謎の組織に追われてるんです」
「…………」
そこからは意味が分からなかった。
理解しようと頑張ったのだけれど、やはり意味が分からなかった。
「能力者、謎の組織……待ってくれ、まずそもそもの事を言っていいかな。俺……君の事、覚えてない、というか知らないんだけど——」
能力者や謎の組織というのも気になるが、それ以前にこの子について、連は一つたりとも分かっていない。
「……」
連がそう言った途端、リナの表情は一変。悲しそうな顔をさせてしまった。
「ご、ごめん……君と会ったこと覚えてないんだ。ど、どうして俺のことを……その、兄さんって呼ぶんだ?」
一番の疑問を問うてみる。
「……本当に覚えてないんですね。いいでしょう。それなら——今日から、あなたの妹になります」
「…………は?」
……今日から、妹だと?
「記憶が戻るまでの間、あなたの妹になってあげます。——まあ、実際は妹なんですけどね」
「…………」
どうやら妄想していたことが、現実として舞い降りてきたらしい。
こんな嬉しいことがあるのか―—と、本来であれば興奮するのだろうが。
「あ、いや……ちょっと衝撃がデカすぎて忘れてたけど!妹うんぬんは一旦置いといて、能力者って言ったよな。まさか、手から炎が出るやつって——」
……話を戻そう。
「あ、そうです。というか、どうして知ってるんですか?」
「ここに来た時に一瞬見えたんだ」
「ああ、なら話が早いです。私は炎を操ることができる能力者なんです」
そう言って右手から小さな炎を出した。
「まだ初期段階なのでこれくらいの大きさですが……」
「その能力を追っている謎の組織がいると?」
「はい。具体的な組織は分からないですが……時々追われるんです」
「……なるほど」
「そこで、兄さん。私を助けてほしいんです」
右手を降ろすと、こちらを真っすぐ見てそう言うリナ。
「た、助けるって言っても……どうすればいいんだよ?」
「とりあえず、兄さんの家に連れて行ってください。しばらくの間匿ってほしいんです」
「ま、まあ別に構わないけど……その組織はどうして追ってくるんだ?」
「私の考えだと……能力者の排除、だと思います。彼らにとって、私みたいな能力者がいると都合が悪いんだと思います」
「…………」
謎の組織は、能力者を排除するために追ってくる。
まだまだ不明な点は多いが……とりあえず、リナを家に住まわせてあげることは別に構わない。
というより、むしろ嬉しい。
「少しは分かったよ。まだ分からないところはあるけど、後日聞かせてくれればいいし……」
自分の中にあった疑問は解けた気がする。
なぜ自分のことを兄さんと呼ぶのか。——実際に妹だから。
今後リナと生活をしていった時に、何かの拍子で思い出すかもしれない。
今日はこの辺りにして家に帰ろう。
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