代理ヒロイン、奮闘す

@sukiyakiseven

第1話 ようこそ異世界、こんにちは処刑台

気づけば私…『綾瀬ひより』は、空を見ていた。


晴れわたる青空。どこまでも澄んでいて、まるで一枚の絵画のような青。 けれど、そこには“いつもの”ものがなかった。  電線も、ビルの影も、空を横切る飛行機雲も。


かわりに目に入ったのは、石造りの建物と、狭く入り組んだ路地。 どこかの観光地にある“中世風”の町並みを、リアルすぎるくらいリアルにしたような光景だった。


「……え?」


言葉が喉からこぼれ落ちた。

私はたしかに、自分の部屋にいた。



放課後。学校からまっすぐに帰った私が目にしたのは、机の上に置かれたノートPC。


開いてみると、デスクトップにはうるさいくらいに様々なゲームアイコンが並んでいる。

その中の一つに、私は視線を合わせる。


──ローデリア・クロニクル 。


中世ファンタジー世界を舞台に、王女である自分が様々な男たちと恋に落ちるといういわゆる『乙女ゲー』だ。


妹のあかね曰く「人生でありバイブルでありロマンである」とのこと。


そのあかねが数日前、「修学旅行であたしがいない間、暇でしょ?」とノートPCごと押し付けてきた。


『お姉ちゃん無趣味無色気もいいとこだしさー、 これで乙女の気持ちでも学んでみたら?』


無趣味はともかく無色気ってなんだ。

失礼すぎると思いつつ、せっかくなので少しくらいは触ってみることにした。


ノートPCを開くと、ディスプレイには華やかなファンタジー世界のタイトル画面が映し出される。 キラキラした装飾、色鮮やかな背景、美形キャラの立ち絵──いかにも“乙女ゲーム”という感じ。


私はため息をつきながら、マウスを握った。


起動するとすぐ、甘いBGMが部屋中に流れ出し、“はじめから”のボタンが点滅し、クリックを誘ってくる。


「……ちょっとだけ、ね」


マウスカーソルを合わせてクリックした、その瞬間──


ディスプレイが、まばゆい光でいっぱいになった。


PCのファンの音が急に静まり返り、耳鳴りのような圧迫感。

視界がぐるりと回転するような、不思議な浮遊感。


そして次に私が目を開けたとき、そこには──あの青い空が広がっていた。


そして今、私はここにいた。


「……いや、いやいやいや」


思わず声に出して否定する。

こんなの現実なわけがない。


自分の姿を見ると、まだパジャマ姿。

上はゆるいカットソー、下はうさぎ柄のスウェット。


100%浮いてる。なんなら視線が痛い。


辺りを見回せば、商人風の服を着た人々が露店を出し、パンの匂いが風に乗って香る。

どこかの市場だろうか。


「ど、どういうこと…?VR、とかじゃないよね…わぶっ!」


気が動転して後ずさりした私は、雨が降って出来たのであろう水たまりに足を滑らせた。


泥まみれになり絶望する中で、追い打ちをかけるかのように後ろから重い足音が聞こえた。


「そこの女、動くな!」


振り向くと、光を反射する槍の穂先が目の前に突きつけられていた。

数人の男たち。ずっしりとした金属の鎧、胸には紋章。

──THE・兵士といった感じの御仁だ。


一瞬泥まみれの私を訝しむように見た後、兵士は首を振り問う。


「その風貌…お前、何者だ?」

「まさか、こいつも“聖涙の腕輪”を狙った者か……?」

「捕らえた者以外にも共犯者はまだいると聞いた。こやつ、まさしくそれだろう」


ざわめきの中、彼らの視線が鋭く私を刺す。


何を言っているのか全くわからないが、とりあえずお茶会に誘われているわけではないことはわかった。


「い、いや、私は怪しいものじゃ…アイム市民!メイアイヘルプミー?」

「なんだこいつ、意味不明な言葉を…呪言の類か!?」


どうやら英検5級程度の英語力では役に立たないようだ。

というかお互い言葉は理解できているようなので英語がどうこうな話ではなかった。落ち着け私。




すると、兵士の一人が背後から誰かを引っ張り出した。

ボロボロの服を着た男──彼は私を見ると何かを閃いたようにこちらを指さした。


「こ、こいつです!こいつに命令されたんです!」


「“聖涙の腕輪”を盗めって言ったのは、この女です! 自分は貴族の娘で、王女の血を引いてるから問題ないって!」


「は?な…なに言って…」


身に覚えがなさすぎて、言葉にならない。


「腕輪の盗難は神聖違反であり、重罪である」


「小悪党の虚言など、証拠にはならぬ。だが──」


兵士の視線が私へと戻る。重たく、疑いに満ちた視線。


「その様相と振る舞いを見るに。お前も同罪の疑いが濃い」


「よって、こやつと共に連行し、尋問の後、処断する」


「──異端者として」


その言葉に、身体が冷たくなった。

異端者。処断。尋問。物騒な単語オールスターすぎる。


「ちょ、待ってください! 私ほんとに、ただの──!」


叫んでも、鎖で両手を縛られ、無理やり引き立てられる。


市場の喧騒が遠ざかる。

誰も助けてくれない。誰も。


(なんで……なんでこんなことに……)


視界が揺れる。地面が遠い。靴も履いてない。足の裏が冷たい。


涙がこぼれそうになるその時──


「お待ちを」


空気が止まった。


振り返ると、ゆっくりと歩いてくる一人の男。  黒のコート。細身の長身。手袋に手を包み、銀の髪が風に揺れていた。


「その方は、我らが引き取ります。王命により」


静かで、低く、よく通る声。

彼が歩み寄るたびに、兵士たちが無意識に道を開けていく。


「王命…?」


「ええ。王の、命にございます」


男は、私を見下ろして、軽く言った。


「さぁ、お立ちください。貴方が大衆の前で泥にまみれるのが趣味ならば話は別ですが」


私は、息を飲んだ。

助かった──けど、誰、この人。

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