第6話 国王と幻影の魔女
ミリトリア王国の国王は
前国王ミリトリア27世は、幼なじみだったミレット王妃をこよなく愛していた。ミリトリア26世は、公爵家から王妃を迎えるように、ミリトリア27世を説得していたが、それには従わず、ミリトリア26世が逝去した後、ゴレイ男爵家の三女だったミレットと結婚した。
お互いに愛し合っていたが、ミリトリア27世は41歳、ミレットが37歳のときだった。
ミリトリア27世は側室を置かず、彼女のみを愛した。王妃は高齢であったが1人の女の子を産んだ。それがブリタだった。
ミレット王妃は国のために、何度も第2王妃を迎えるように進言した。とうとう根負けしたミリトリア27世は、第2王妃を迎える決心をしたが、その決断はあまりにも遅く、国王は63歳になっていた。国王はそれから10日後に流行病により逝去した。ミレット王妃も医師の忠告に従わず、自分で看病したため
国王夫妻が逝去すると、唯一の子はブリタのみとなり、急遽婿養子を迎えることになった。それが現国王ミリトリア28世、旧姓ロイド・オベルツであった。
滅亡したオベルツ王国の第7王子で、記録上幻影の魔女はロイドの伯祖母にあたる。
オベルツ王国は、現在のミリトリア王国とガザール国との紛争地帯一帯を領土としていた。
オベルツ王国最後の国王となったトロイ・オベルツは、いい国王ではなかったが、とてもいい人だった。
トロイ国王は生涯王都から出ることはなかったが、年に一度財務官の案内で宮殿周辺を視察していた。最初は国王のほんの思いつきだった。たまたま宮殿の近隣で竜巻被害があり、それを宮殿から見ていた国王は、すぐさま国庫から金銭を支給した。
国王には毎日国民から感謝の書簡が溢れる程届いた。
『あ~、朕はいいことをした。国庫にはこれまでの王が蓄財した金銀財宝が山のようにある。少々使っても減ることはない。これからも財務官の言うとおり国庫から金を出そう』
それがいい。朕は尊敬される。
気を良くした国王は年に一度国内を視察することにした。といっても、財務官の案内に従って宮殿の周辺を1時間程度馬車に乗ってパレードするだけだ。
この視察は国王が思いついたものではない。財務官の一人で地方の役人から、財務官筆頭にまでなったヨイヨ・ハザルという人物だ。
この視察のことを聞いた幻影の魔女ジーニアは『そんな馬鹿なことをする暇があったら宮殿に引きこもっていないで、剣の鍛錬をし、自分の力で畑を耕し、国庫を財務官にまる投げせず、帳簿を確認しろ、官僚に中抜きされるぞ。視察するなら誰にも知られず、王都だけでなく地方にも目を向けろ、官僚に任せきりにするな。貴族の話を鵜呑みにするな』と忠告していたが、全く相手にされなかった。
この頃の幻影の魔女ジーニアは、政治に興味はなかったが、国王の馬鹿さ加減に呆れていた。幻影の魔女ジーニュアはぬるま湯のような平和に退屈だった。二人の思惑は違っていたが、この国に興味がなくなったことは共通していた。
幻影の魔女とその一族はこの国を捨てた。幻影の魔女がいなくなったオベルツ王国は、その絶対的な防衛力を失った。
財務官筆頭ヨイヨは国王の視察日、順路、休憩場所などの手配を完璧にこなした。宮殿周辺は貴族と第一等市民が住む場所だ。貴族街の周辺を第一等市民が暮らす。平民のうち税金を沢山納めた者、国庫に多大な寄付をした者、要職にある者などがここに住む権利を与えられる。平民の枠の中で頂点に立つ者たちだ。
第一等市民は年に一度、この一等地からいなくなる。財務官筆頭ヨイヨからそこに住むための条件として年に1度、映画村の撮影セットのような場所に大移動することが義務付けられている。
綺麗な町並み、町を歩く人々の幸せそうな顔、普通とはどの程度を言うかは意見が別れるが、そこにはオベルツ王国での普通の暮らしがあった。そしてパレードで手を振る国王に対し、国王様万歳という者がいれば、国王の姿を見て涙する者もいる。
国王の視察が終わると、そこは管理人以外誰一人いない映画セットに戻る。人々は第一等市民区域に帰って行く。国王は綺麗な町並み、幸せな国民、繁盛しているお店、国民が国王に向ける笑顔、これらを見て満足して宮殿に帰っていく。
国王が幸せを感じる年に1度のセレモニーであり、第一等平民が平穏な1年間を過ごすための苦業の1日である。そして茶番は毎年繰り返される。
映画セットは、中抜きした金銭のほんの一部で建築されるほど中抜きされたハリボテだ。
貴族は腐敗し、国は荒れ、国庫に金はなくなり、貴族と官僚、それに一部の一等市民だけが豊になっていく。第一等市民区域以外では栄養失調で餓死する者、国を捨てる者、自殺する者が溢れていた。
ガザール国はそんなオベルツ王国を
ガザール国にとっては好機だったが、オベルツ王国に宣戦布告できなかった。幻影の魔女には転移魔法がある。ガザール国では分身魔法も使うと記録されている。なぜならすくなくとも同時に2カ所で活躍できる。双子だとは誰も気づいていない。
オベルツ王国の国王トロイ・オベルツでさえ知らない。知っているのは親族のほんの一部だけだ。これはオベルツ家にとっては、権力維持のための絶対的秘密事項だった。もし喋るとその親族は一夜でいなくなる。
ガザール国王は考えた。幻影の魔女一人が相手であればもしかしたら、そのうち幻影の魔女の体力に限界がきて、ガザール国が勝利することができるかもしれない。だが少なくともガザール国は瀕死の状態まで攻撃を受ける。何よりも国王にいる王城は真っ先に攻撃され、自分の命が一番先に亡くなる可能性が高い。
もしそうなったら、たとえ勝利しても弱体化したガザール国が今度は、他の国に侵略される側にまわる。そんなことはどうでもいいが、自分が真っ先に殺されるのは嫌だ。そんな無鉄砲なことはできない。
幻影の魔女ジーニアとジーニュアは、自分の子供たちと、なぜかジーニュアに懐いていた第7王子を連れて、ミリトリア王国に居を移した。
ジーニュアは第7王子に、他の者と同じように接し、冷たい態度をとるが、どういうわけか第7王子は、ジーニュアを大切にした。
幻影の魔女一族は誰にも知られず、ひっそりと片田舎のバロミア伯爵領で暮らした。その理由はジーニアが食べた『魔力の木』のあるバロミア領だったからだが、それを知る者はいない。ジーニュアさえ知らない。
ガザール国は『幻影の魔女』が出国したことを知った。居宅はわからないが、どうもミリトリア王国にいるらしいと報告された。好機到来だった。幻影の魔女は瞬間移動するし、分身もするから『もしも』という懸念があった。
それは単に双子だったからだが、勘違いしたガザール国はそれから10年待った。
もしかしたら戻ってくるのではないかという不安があった。しかし10年経っても『幻影の魔女』はオベルツ王国に戻ることはなかった。
やっと確信したガザール国王は、オベルツ王国に宣戦布告し、侵略戦争を開始した。主要な貴族は買収され『幻影の魔女』が不存在のオベルツ王国は、1週間もたずに陥落した。
ガザール国もそのままオベルツ王国だけを占領していればよかったが、勢い増した軍部はミリトリア王国に進軍した。
これが第一次ミリトリア・ガザール紛争の発端だ。
そこは片田舎バロミア伯爵領。バロミア伯爵軍は強かったが、いかんせんミリトリア王国は100年間戦争をしていないので実践経験がなかった。あれよあれよと進軍され、とうとう『幻影の魔女』の住む居住地まで進軍されてしまった。
幻影の魔女ジーニアは、オベルツ王国が滅びたことは知っていた。それでも助けなかった。今の暮らしに満足していたからだ。子供たちとの平和な日々、第7王子は青年になったが幻影の魔女ジーニュアの側から離れない。今でもママと呼んで甘えている。
幻影の魔女ジーニアは怒った。やっと手にいれた平穏な日々を壊すやからを許せなかった。ミリトリア王国の味方をしようなんて気持ちはさらさらないが、自分の平和を壊すやつは許せない。
だから、空を飛び、ガザール国軍に火炎魔法を片っ端からぶち込んだ。ジーニュアはただ戦えることに狂喜し火炎魔法を放った。
ガザール国は空から降ってくる桁外れの火球に地獄を見た。幻影の魔女は我を忘れて打ちまくって、気がつけばガザール国内まで攻撃していた。
上空から城下に向かって放つ火炎魔法は広がり町中を燃やした。極めつけは、国王の住居を丸焦げにしたことで、ガザール国王は幻影の魔女を必要以上に恐れることとなった。
国王はすぐに軍部に撤退命令を出した。
ガザール国はミリトリア王国に休戦を申込み、多額の賠償金を支払い旧オベルツ王国の支配権を放棄した。
跡継ぎ問題を抱えていたミリトリア王国は、幻影の魔女がガザール国軍を退けたことを知った。そこには幻影の魔女の親族である第7王子のロイド・オベルツもいた。ミリトリア王国の重鎮は幻影の魔女に頭をこすりつけ、ロイドを養子に欲しいと懇願したが、幻影の魔女ジーニュアは断り続けた。彼女は頭の弱いロイドを、つまらない世界に入れたくなかった。
ところがロイドはいとも簡単に養子を受入れてしまった。幻影の魔女ジーニュアと違って気品のあるブリタ王女に一目惚れしてしまった。いや落とされてしまった。それは麻疹のように一時のものだったが、ジーニュアに対する反抗期だったのかもしれない。
田舎育ちで免疫のないロイドは、王女が足を組替え、そこからチラリと見える下着に、視線が釘付けになっていた。王女はあえて屈み、その豊満な胸を見せるようにした。ロイドは王女の毒牙に
ブリタ王女も必死だった。幻影の魔女がいなければ、ミリトリア王国はガザール国に侵略されていた。もし幻影の魔女が、ミリトリア王国を見限れば、オベルツ王国の二の舞になる。
重臣は代わる代わるブリタ王女に泣きついた。ブリタ王女は好きでもない男と結婚するのは嫌だったが、会ってみればロイドは超絶好みだったから、一刻も早く身体の関係を持ち既成事実を作りたかった。ロイドは顔だけはよかった。
ロイドがブリタ王女と身体の関係を持ったから、養子に行くと言ったとき、貴族の手口をよく知るジーニュアは頭を抱え、天を仰ぐと、ロイドをボコボコにした。血は争えない。このままではミリトリア王国はオベルツ王国のようになってしまう。
ジーニアとジーニュアは自分の子供の内、魔法力の優秀な子や孫をミリトリア王国の要職に据えることを条件に仕方なく承諾した。
そのおかげもありミリトリア王国の軍隊は強い。国王は二人の幻影の魔女には、今だに頭が上がらない。
特にジーニュアには……
『ママ……』
△△△
~魔法学園初日~
初日からいきなり魔法実技だった。魔法専門校なのだから普通に考えればあたりまえの話だが、一般クラスでは机上の授業がある。魔法実技のほか、魔法工学、魔法理論、召喚魔法学、法律学を覚える。
ところが特進クラスは、教室で行う机上の授業はなく、実技のみとなる。
特進クラスには、魔法教師が生徒と同じ数だけ付き、マンツーマンで教えてくれる。しかも教師それぞれが得意とする魔法種が違う。特進クラスの生徒は、多様な種類のスペシャリストに習うことができる。
幻影の魔女ジーニュアの狙いもそこであった。ジーニュアはジーニアに比べ扱える魔法種が少ない。ララを通して学校にいる、スペシャリストの新しい魔法を、手に入れることが目的だった。
例えば魔力測定器に、火炎魔法が表示されなくても、魔力値の高い者であればそれなりに使えるようになる。魔力値が300以上あれば適正がなくても初級魔法くらいは身につけることもできる。だがそれ以上を身につけることは出来ない。
魔力測定器に表示された魔法種を身につける方が、取得に要する努力も、時間も、少なくて済むし、何よりも上位の魔法を使えるようになる。
生徒には事前に教師が、得意とする魔法を記載した紙が配られている。生徒が先生を選ぶ。習いたい教師の下に生徒が集まると、生徒が集まらなかった先生は、安全監視員を務めることになる。
一番人気は火炎魔法が得意な、ミスラン教師だった。次が水魔法のドンガ教師、地味という理由で治癒魔法が得意なミレーヌ教師は人気がなかった。
それでも火炎魔法があまりにも人が多いから、諦めた女生徒がミレーヌ教師の下に集まった。治癒魔法は回復魔法のように欠損した部分を治すことはできない。軽い傷であれば治癒魔法と回復魔法は差がないが、絶対的な差は、治癒魔法は最終形態までいっても欠損は治せない、だが最終形態の回復魔法は欠損まで治す。
だから中途半端な治癒魔法は人気がない。ただし、回復魔法が使える者はごく稀だ。
召喚魔法が得意なメリー教師には2人の生徒が習った。彼らはどちらも召喚魔法の適正があった。これも4桁魔力測定器のおかけだ。
誰一人近づきもしなかったのが、闇魔法の得意なクリス教師だ。その容姿が暗いことも原因かもしれない。美人なのだが、生徒には人気のない魔法だ。
今年の入学者に回復魔法、神聖魔法、闇魔法の適正者はいない。再測定した上級生にそれぞれ一人ずつ適正者がいたが、専攻していた魔法が違っていたため、今更ということで誰一人教師を変更することはなかった。
ララは他の生徒が、先生を選択し終わるまで、待っていた。他の人の習う機会を奪いたくなかったのだ。一番習いたい魔法があったが、他の生徒と重ったら、譲るつもりだった。最終的にはチラ見でコピーできるが、直接教えてもらうほうが精度も高いし、その魔法の取得期間も早い。
その先生の周囲には、誰も集まっていなかった。
ララは大喜びで教師の前に行き、『先生よろしくお願いします』と挨拶した。クリス教師は驚いていた。彼女はこの3年間ずっと安全監視員を務めていたからだ。
習ってみるとクリス教師は優秀だった。確かに闇魔法が得意だが、氷魔法・土魔法・精霊魔法・防御魔法・重力魔法・光魔法・雷魔法もスペシャリストほどではないが次点位の能力だった。
クリス教師は、ララという優秀な生徒から指名されたことで、これまでの3年間に戻りたいと思うほど、ハードな教師生活を送ることになった。なぜなら、クリスの所有している魔法種類は、ララが取得していなかったからだ。ララは最上級魔法まで取得しなければ納得しない子だ。
クリスに習ったことで、ララは新たに『闇魔法、氷魔法、土魔法、精霊魔法、防御魔法、重力魔法、光魔法、雷魔法』の魔法種を取得した。
召喚魔法についても初日に、メリー教師をチラ見していたから、既に初級程度はできる。
そのようにしてララは卒業するまで、特進クラスの教師の魔法を、すべて取得することになる。
学園長は魔法教師に、ララから教師指名されたら、必ず二重結界が張ってある特別訓練場で、教えるように指示していた。
クリスはララを連れて特別訓練場に来ていた。
まずは、ララの基礎能力を見るために『火炎魔法』を撃たせてみた。
ララはジーニアに言われたとおり、初級魔法のみを放ったが、その威力はクリスの知る上級魔法だった。
「ララさんの魔力が、大変すばらしいものであることはかりました。ここは安全ですから、これからも、あなたの訓練はここでしましょう」
その日から闇魔法を中心に、クリスの使える他の魔法も、さわり程度だが、一緒に教えていた。
そして2ヶ月後のこと。
あなたの使える最高出力の闇魔法を放ってください」
「え!! いいのですか?」
「ここは安全です。昨日『幻影の魔女』が結界を上塗りし、二重結界にしてくれました」
「だったら安全ですね。ではいきます。『闇魔法 出でよ! 黒騎士』」
ララが短縮詠唱をすると、地面から黒い影が、竜巻のようにグルグル回り、邪悪な顔をした黒い骨の塊が、黒い
「闇魔法 出でよ 闇オーク」
すると茶色い骨のオークが出てきた。
ところが黒騎士は『あ、すんません。少し邪悪でしたか?』と言うとクリスにペコッと頭を下げた。
「え! えっ!!! なんで喋るの?」
「いや~。毎晩ララ様に呼ばれるうちに、なぜか話せるようになりました。それに生前の記憶まで
「はあ~そうですか」
クリスは闇オークを消した。黒騎士と話すと、生前はクリスの祖父と友人だったらしく、その頃の話をしてくれた。
黒騎士の生前の名前は、チンタ・カンタと言うらしいが、初めてララに召喚されたときに『黒騎士だ。かっこいい!!』と言われてからは、『黒騎士』で呼び出してくれと懇願されたらしい。
『出でよ チンタ』でもいいのだが、『チンタ』より『黒騎士』のほうがかっこいいらしい。本人の希望だったので、そのまま使っている。
ララの闇魔法は最上級魔法まで、取得したが、残念ながら最高難度までは取得できなかった。彼女の能力は『複写』なので、相手が最高難度の闇魔法が使えないとコピーできない。ララの上級魔法は、一般の魔法使いが使う最上級魔法に相当するため、一般の魔法使いは、ララの最上級魔法と同じ威力は出せない。ましてや最高難度魔法などは使えない。
訓練を繰り返すうち黒騎士は、くすんだ黒から光り輝く『光沢黒騎士』に変り、ララの召喚も『黒騎士』から『ブラックナイト』に変えてみた、チンタ・カンタは気に入らなかったようで、『黒騎士』に戻して欲しいと懇願したため、結局元の『黒騎士』に落ち着いた。
黒騎士は涙を出すことはできないが、嗚咽し喜んだ。彼は生前から横文字の呼び名が嫌いだったらしい。
闇魔法はもう教えることがなくなったため、残りの期間は、ララが初級魔法までしか取得していなくて、クリスが取得している他の魔法種を教えることになった。
クリスはララが多種多様の魔法を使えることは、ララに指名されたのときに学園長から聞いていた。
ただしオールランドプレイヤーであることは、秘密にされているし、その適正が複写であることは誰も知らない。それを知っているのはジーニアだけで、ジーニュアさえ知らない。
ジーニアは自分を含めて、『魔法種と?の卵』は二度と見せないように厳命していた。そこだけは必ず見られないよう、ララのときだけモザイクが入るように改良してあった。
それを行ったのもジーニアだ。ジーニアは姉のことがあったから、ララの不利になるような情報は隠すようにしていた。そのためジーニアに習って作った、新魔力測定器にも同じ処理が施されている。
ララが相当数の魔法で上級魔法が使え、幻影の魔女の使う魔法は、すべて最高難度魔法まで取得している、異次元魔法使いであることは秘匿された。
確かに目前の少女は、クリスが知っている最上級魔法の威力と比較すると、桁違いだった。今だって幻影の魔女を除けば、この少女に勝る魔法使いは、いないであろうと思われた。それなのに他の魔法も最高難度魔法まで、ランクアップさせたいのは、なぜなのかが分からず、興味本位からララに尋ねてみた。
ララは淡々と答えた。
「私を救ってくださった、優しいジーニアお母様に、死んでほしくない。長生きしてほしい。お母様は強いですが、世界は広いですから、初見の魔法で強い魔法使いが出てきたら、対処できないかもしれません。だから私がどんな魔法がきても対処できるようにしたいのです。そしていつまでも、優しいお母様のままでいてほしい。私と同じような境遇の孤児に、夢を与え続けてほしいのです」
クリスはこれまで数多くの魔法使いを見てきた。その誰よりも幻影の魔女は強い。彼女より強い魔法使いなどこの世にいないと思っていた。だけど、目の前にわずか13歳で幻影の魔女に迫る魔法を使う者がいる。ララのことは最近まで全く知らなかったのだ。他国にはもっと強い魔法使いがいるかもしれない。そう考えるとララの言っていることにも納得してしまうのだった。
ララは幻影の魔女の言動が、少しずつ彼女の知っている幻影の魔女とは、違っていることには気づいている。以前はララの意見も尊重していたが、最近は自分の意見を押し通そうとする。
以前は人を殺さない方法があれば、そちらを選択するように話していたが、今は先手必勝と言い、殺すことを前提に話しをしている。
相手を殺す威力を磨くには最大出力で訓練しなければ身につかない。だから訓練であっても本気でしなければならない。だから二重結界を張る。そう言って結界を張っていた。
そして、ララと過ごした日々を忘れていることがある。ララをライバル視している気配もある。
ララはもしかしたら、若年化による記憶障害が、出ているのかと思った。
話は魔法学園の初日に戻るが、ララの初日は魔法実技だけで終わった。クラスメイトと話すこともなく、そそくさと帰宅するつもりだったが、一般生徒が待ち伏せし、ララに告白する者、決闘を申し込む者、遠巻きに騒ぐ者、帰り道を塞ぐ者など、帰宅することにも苦心するありさまだった。
そのため翌日からララは、直接特別訓練場に早く行き、一般生徒より早く帰ることになった。そのおかげで、他の生徒を教えている教師の魔法を、チラ見することができ、特進クラス担当教師の魔法種を複写することができた。
特進クラスに進むことができるのは、入学試験で満点を取ることだ。入試では問題が2枚配られる。一般生徒の合格基準点は60点だ。1枚目の60%が正解すればペーパーテストは合格点に達する。2枚目を答える必要はない。1枚目が満点でないと2枚目を答えても採点されない。特進クラスの者は1枚目が満点であること、そして2枚目が80点以上なければいけない。ジャンはこの2枚目が63点だったから、一般クラスは合格となったが、特進クラスは不合格となった。
2枚目の問題は、魔法学園の3年間で学ぶ、机上学問の範囲から数問を出しているため、この問題で80点以上を取ることができれば、もう教科書で教えることはない。それゆえ特進クラスは実技しか学ばない。
結局ララの実力を他の生徒は、誰も知らない。自宅も校門の目前のため、徒歩で帰宅している。空間魔法を使って空を飛ぶこともない。帰宅時間は一般生徒よりも、10分早く帰れるように手配されていた。
それでも一般男子生徒の数人は、授業を抜け出し、2日目というのに告白するため、ララが帰宅するのを門前で待っていた。だがララの姿が見えると、一人また一人と男子生徒は消えていった。
ララの姿が校門に近づく頃には、目付の鋭い黒服の男たちが、ゾロゾロと校門前で頭をさげているのだから、至極当然の行為だ。事情を聞いたクロードが、顔の治療をしてもらったことに、えらく喜び、魔法局の部下のうち、暗殺とスパイを
帰宅すると、幻影の魔女がやけにララに引っ付いてくる。何かを言いたいようだが、なかなか言ってくれない。とうとう我慢できずに……。
「お母様!! 何かいいことがあったのですね!!
「知りたいかい? そんなに知りたいかい!! ふふふ、ふふ、ふふふふふ、ははは!!」
「そんなに焦らすのだったら、もういいです。お風呂に入ってきます」
「ま、待ってくれ! 教えるから」
「はい、はい。それで……」
「さっき魔力測定器で魔力値を測ったら、なんと魔法種に『転移魔法』が増えていた」
「すごいですね。話には聞いていましたが、実際にあるのですね。魔法書にもありませんでしたよ」
「だから、国立図書館の持ち出し禁止図書の中から、転移魔法について、記載のあるものを借りてきた」
「持ち出し禁止なのに?」
「しばらく保管場所を、この屋敷にするだけだから持ち出してはいない。それにさきほど国王から、この家の書庫を国立図書館の別館にすることを許可してもらった。絶賛浮気をしていた女の名前を、数名書いた手紙を奥方に、届けると言ったら、国王の方から是非にと言われたぞ。あのバカ、私がいるというのに、つまらん女たちに手を出して。女どもは全員安眠させたからもう浮気できないがな。この本は、今日から読むからララも、興味があったらいつでも読んでいいぞ。そのうち転移魔法合戦をしよう」
「そ、そうですね。経緯はともかく、私もぜひ読んでみたいです」
この日は二人で夜遅くまで、転移魔法に関する書籍を読んでいた。
この日の幻影の魔女は、出会った頃のように優しかった。
ああ、また昔のようにお母様と暮らせるのかしら。
だが、ジーニュアの考えは違っていた。転移魔法使いはめったにいない。いても使い物にならない程度のものだ。ジーニュアの欲しい転移魔法は、好きな場所に行くことができるものだ。だから一人で悩むより、ララと共に使えるようになった方がいい。ララは幻影の魔女には逆らわないと、分かっている。それにもしララと敵対することになったとしても、魔法合戦では全戦全勝している。これからもララに敗北することはない、という自信があった。
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