第232話-不在通知の内容

「レスト~、起きられる?」

「起きる……今日、先生に会いに行く日だから……」

 

 単純に寝起き最悪のレストをどうにか起こしたCSたちに待っているのは、体調不良のC'を置いての仕事だ。

 CSも自分の可愛らしくデコレーションしている端末を見て、今日の予定を確認する。巡回や突発的なトラブルに対処するのもCoLの仕事だが、もちろんそれ以外の日常業務もある。

 

「あっ、CoL本部から運んで欲しいものがあるって。じゃあ、車だよね」


 今日は巡回を兼ね、本部に荷物を受け取りに行くのが仕事だ。レストもサカエとアイレに合流させなければならない。

 どっちみち、CSもニルヴェイズ各地に派遣された七期生がどうなったかを知りたかったし、断る理由は一つもなかった。


「……行ってくるね、しーぷらいむ」


 C'の部屋を開け、しあわせに満ち熟睡する彼に一声だけ掛けて、CSは惜しみながらもドアを閉じた。

 

(シープライムは毎日頑張ってるもんね、わたしも頑張る!)


 両の拳をぐっと握り、気合い十分のCSだが運転する権利はない。後部座席にやっと目が覚めてきたレストと一緒に乗っかって、大人しく端末で事前の情報を集め始めた。

 拍動転送も可能なメッセージアプリで繋がる七期生のグループチャットは、こういう時に便利だ。

 

 ――今日は本部行くよ! わたしたちが西にいる間に、なにか起きてる?


 最初に返事をくれたのはあまり自発的にグループチャットに参加しないアイレだ。

 

 ――おはようございます。とても実りある帰郷でした。レストは元気ですか?

 ――うん! 元気! 隣にいるよ~


 CSがはしゃぐ横で、レストは猫が丸まって寝ているスタンプを送った。その後には、スタビーとサカエが続く。

 

 ――投票はちゃんとしようと思った

 ――うちらはBROの人とちょっとお話したよ あんまり話したことなかったけど仲良くなれそう!

 ――ああ、そうそう アジタさんがフェルマーさんによろしくって言っといてって

 

 リフ先生とすごく嫌な会議をどうにか過ごした二人も、実入りはあったといった風だ。レストは『確認済み』という振動つき肉球スタンプを返した。

 が、こういう時に一番に連絡をくれそうなララムやフランジュから応答がない。CSは画面を見たまま、メッセージを送る。

 

 ――ララムとフランジュは元気?

 ――フランジュはいまオーイン先生んとこ ちょっと困ってるから本部来るならまとめて話す

 

 首を傾げながらも、CSはスタビーに「わかった」と返事をして端末から目を離した。

 丁度、中央と西の境目だ。トンネルを一つ抜ければ、騒々しいアーケードが出迎えてくれる。

 

「んふ、やっぱりこれだよねぇ!」

「少ししか離れてなくても、ここのビートはすぐ思い出せるよね」


 助手席のブラッドと会話しながら、CSは客引きのビートに軽く身を揺らし、拍動にはノらずに行政区まで待ち続ける。位置が変わるだけでころころ変わるリズムは、CSにとってやっぱりきもちいい。

 そうやって音から音を伝っていけば、行政区までの時間はちっとも気にならなかった。 

 

 駐車場に車が止まれば、CSはシートベルトを外してぴょんと外へ出た。CoLの玄関は、BROを呼ぶほどでもない騒動に駆け込む市民がちらほらいるぐらいだ。

 

「ただいまー!」

「お。おかえり。フランジュの話が終わったとこ」


 レストとブラッド、そしてカデンスが後から来るのを感じ取りながら、CSは玄関で待っていてくれたスタビーと合流して、軽く手を挙げ合った。

 風除室をくぐって中に入ると、七期生たちは勢揃いしている。手を振ってくれたサカエへ、CSは掛け寄った。

 

「シーエス、おはよ! あれ? シープライムは?」

「おはよ! シープライムはね、体調悪いから今日はお休み~。その分、わたしが頑張るよ!」

「え~……残響構造なりものも体調不良あるんだ……」


 普通、残響構造に意思や代謝もろもろはないので風邪や有給も存在しない。ので、サカエは意外そうに声を上げた。

 一方その頃、アイレはレストに歩み寄って、少しだけ晴れやかになった笑みで見上げた。


「おかえりなさい、レスト。調子はどうですか?」

「うん。寝起きは良くなかったけど、体調は元気。アイレは、少し拍が変わった? 弦楽器? の、音がしてる……すごく小さく」

「あっ……。ふふふ、分かりますか? 嬉しいことがありました。今度、お話したいです!」

「そう。よかった……話聞くのは好きだから、聞くね」


 己の小さなルーツを拾い上げたアイレは、自分のささやかな変化を隠さなかった。レストは緩慢に頷いて、それを祝福した。それでよかった。

 彼女の成長を見守り涙を拭う真似をしたサカエの足下で、ちゃっかり様子を見に来たタムタムが「にゃあ」と鳴いていた。

 

「揃いましたね。ディーとドクターはそれぞれ対応中の仕事がありますので、後ほど連絡します」

 

 そういうわけで、ほんのちょっと離れていただけなのに久しぶりに感じてしまう再会も終わり、オーインとしょんぼりしたフランジュが来れば全員が緊張した面持ちになる。

 老兵の側にはBROから派遣されているレガもいて、静かにお辞儀する。兄がいるのでそわそわしてから、彼女は居場所に迷ってCSの側に寄ってきた。

 

「おはようございます……えっと、ここ、いいですか?」

「いいよ! あなたがレガさんだよね。よろしくね」

「うん。BROと取引して、お手伝いにきてます……よろしく、お願いします」


 軽い挨拶だけして、二人がオーインに視線を向ける。オーインは問題ないと頷いて、少人数部門の面々を見回した。


「では、ブリーフィングに入る前に、単刀直入に現状をお伝えします」


 彼の静かな視線だけで、空気がぴりっと引き締まった。


「ララムさんが帰還していません」


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