第225話-拍動なんてないほうがいいに対するベストアンサー
廃病院周りが轟音にまみれたのは、それからすぐだった。認識できた目新しい施設に興味を示したのか、それとも金目になりそうな集団を見たからか。
「おい! やっぱ建物増えてるよなぁ!?」
「剥がせ剥がせ! ここも俺らムーンベースのもんだ!」
「インフラはフリー素材だ! 剥げ!」
バイクと車から、治安おしまいの連中がわらわら降りてきた。手にはメガホンに銃、ナイフ、中には補助アームを付けている者もいる。
直後、拍動の波が三人に見えた。車に積載されていたスピーカーが、けたたましいビートを鳴らし始めたのだ。
「うわっ、ケンカ売った!」
「やる?」
「どっちの味方でもないあーしらが入って何すんの~レガちゃ……」
「それもそっか……」
フランジュが声を上げる。レガはその渦中に飛び込もうとしたが、ララムが捕まえて無意味な交戦を止める。
それぞれの精神がひとかたまりとなって行動するレゾナンス機関に、バイクを乗り回す轟音主義者のグループがわあっと集まって攻撃を始めたのだ。
どいつもこいつも、その辺のビートダウンから奪った材料を振り回し、壁の液体ケーブルを引っぺがそうとしてレゾナンス機関側に止められている。
(まー、レゾナンス機関の方が強いよね)
全身装着型スピーカーともいえるボディスーツを経由し、感覚を共有して完全な連携を取ることができるレゾナンス機関。
轟音主義者がいかに士気が高いとはいえ、集団行動に特化した彼らに肉薄することは難しい。が、その主張はフランジュの耳に届いた。
「拍動なんかなくたって生きていけるとこ見せてやれ!」「初代総長に恥じない戦い方でいけ!」「安全に銃で身を守れる社会だァ!!」
支配のビートに紛れて鳴り響く銃声の破裂音に、フランジュはリュックから身を乗り出している赤苔玉に視線をやった。
「げろげろ……赤苔玉くん、かくれんぼの用意しよ! 疲れない程度にね~!」
「かさかさ! ふさっ!」
こういう『どっちとも争う理由がない』『関わり合いたくない』時に、能動的な認知の壁はすごく便利だ。赤苔玉パワーが、ぱっと三人を包み込んだ。
声はすれども姿は見えず。認知されない三人は、すすっと身を寄せ直した。
「……通報はしていい?」
「ん、いいんじゃね? あーしもオーインさんにチクった」
レガの問いかけに、ララムもオーインに通信を送ってから頷いた。レガは端末で素早くBROに連絡を取り、自分にできる騒動の鎮圧方法を選んでいる。
「ひどいね。郊外の治安は、崩壊してる。手が届いてないんだ……」
代々警察の家の出だからなのもあるだろう。レガは鋭い眼差しで、争いあう人々を再び睨んだ。
「あなたたちは、拍動は必要だと思う? 私はね、困ることもあるのは本当だよねって思ってるの」
そこで彼女はそう問いかけたのだ。己自身が拍動汚染で思考を歪められていたのも、その問いの出た理由だったのかもしれない。
ララムはもう答えを決めていたので、争いあう二つの陣営を他人事のように見て即答した。
「拍動のアリナシって話は昔っからあるだろうけどさ。アレが合ってるかっていうと話が別じゃんね」
「そうそう! 一長一短だって! そりゃ困ったこともあるけど、だからってぜんぶ昔に戻せばいいわけじゃないよ!」
熱狂の拍動時代の悪影響と恩恵を誰より受けてきたフランジュも、ララムからビートフロートを受け取って力説した。
「ボクは欲しいな~、拍動。走れないほど身体が弱くても、浮いたり飛んだりして皆と一緒に遊べる世界の方がずっといいもん。ノービート、ノーライフ!」
このニルヴェイズにリズムゲーを強いる拍動とは、疑いなくインフラの一種だ。
素早い情報伝達のみならず、肉体の不自由なものは多様な装置だってある。子どもたちは拍動の差や振動の差を使って滑るスケボーで遊んだりもできる。
シビアなところがあるララムも、それは疑いを持っていなかった。
「使い方次第っしょ。アレは過激で良くないケースね」
「うん。私も、使い方次第だとは思えてるから。大丈夫。怖いときもあるけれど、嫌いじゃないの。なかったら、きっともっとひどかったから」
二人の答えを聞いてから、レガも同意して、これ以上争い合う集団に飛び込もうとするのをやめた。その代わり、もう一度、耳を澄ませた。
「お前んとこのリーダーだろ! カードキーを買ったやつはッ! 俺等から人員ちょろまかしやがって!」
「お前らだっておれらと同じ穴の狢だろうが! 拍動で百回死ね!!」
「銃で最後にもう一回殺してやる!」
轟音主義者は口々に物言わぬレゾナンス機関の調査員たちをなじった。何か因縁があることだけが、レガには分かった。
「カードキーって何かなぁ……どこのだろ……」
廃病院周りは拍動の打ち合いで閃光やとげとげのエフェクトが飛び散り始め、場がヒートアップしてきたことを示している。
「おー、こわ。激化してきた。あーしらにできることはないから撤収撤収。レガちゃもその物騒な花束貸して」
「ぁ、わっ」
ララムはレガから大剣フラワーブーケを奪って盾の裏のホルダーにくっつけ、本人をひょいと肩に担ぎ上げた。リュックに引っ込んだ赤苔玉を背負い、フランジュも彼女の肩に手を置いて引っ張ってもらう構えだ。
さすがにこんな持ち方をされたことないレガは、やや視線を彷徨わせてうろたえる。
「あの。あの。歩けるから。いけるよ? ね、私は元気だよ」
「歩幅の都合上、これが最速の離脱方法なの」
「ララム~どーせスタビーんちに泊まりでしょ? ししょーのとこから荷物回収して行こ!」
「そーしよ。か弱いクソガキは肩につかまっといて」
「はぁ~い」
どすどすと力強い足音を拍苗に隠してもらいつつ、報告も終えたララムは速やかに現場から離脱する。
夏の光でぼうぼうに生えた草地を歩き、ララムは悠々と北部郊外へ戻っていく。ノイジーストリートからもう少し離れた寂れ気味の住宅地まで、賑やかな拍を帯びた風を受けて彼女は進む。
レガは担がれたまま、周りを見つめている。
「レガちゃはさぁ、こういうとこで遊んだことある?」
「ううん。ずっとベッドだったから初めて」
「どうよ?」
「えっとね、あのね、すごく揺れるから考えにくい」
「いひひっ、その感想よすぎ! レガちゃの喋り方さあ、ゆるくてかーわいいよね」
楽しくなって、ララムは機嫌良く草地を抜けきった。
CoL七期生の中で一番パワフルなのは自分だとララムは自負している。いくら拍動が強くたって、実際の筋力がなければ荷物は運べない。補助アームがあっても身体を痛めてしまう。
彼女は久々に感じる北の気ままな空気に、褐色の肌に草がこすれるのも気にしていなかった。
「今日、二人も泊まりなの?」
「そ。BRO側で用意してもらえてないなら、一緒に泊まる?」
「手配はしてもらえるけど、使うかどうかは報告ありなら好きにしなさいって言われてる」
「じゃあさー! レガレガもお泊まりしようよ! 枕投げしよ!」
レガの問いかけに、ララムは軽い気持ちで答えた。フランジュもそれにノって彼女を誘う。
「よーし、バス停」
「ふさっ! かさっ!」
小さきものを二人連れて、ララムはボロっちいバス停の側に到着した。そうすれば、赤苔玉くんも警戒を解いて三人の姿は現れる。もちろん、誰もいないと確認してからだ。
乾いた風が、まだ熱気の残る日差しで汗ばんだ身に心地良い。
やっと降ろしてもらったレガは、大人しく風の音に耳を傾ける。
「……いいね。北の郊外も。私はこの少しだけ拍が聞こえるぐらいの場所が好き」
「でっしょー。あ、バス来た~。今日ラッキーすぎてビビる」
駄弁っていれば、遠くからバスが近づいてくる。
病床の少女は無拍の兵士へ。そして、BROの協力者へ――レガにも与えられた、第二の人生のはじまり。
その道のりが少しでも楽しくなればいいなと思うことだけは、さっぱりとしたララムであっても願わずにはいられないのだった。
自由な風は風向きを変えて、今度はノイジーストリートの小やかましさを帯びてバスに乗る三人の背中を押していた。
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