第223話-驚愕の助っ人

 そりゃもう、ララムもフランジュも目を丸くして、唐突に現れたレガを一緒になって指さした。

 何せ仮にもカルトの神聖そうな白い衣から一転、キャワでダークなファッションでキメてきた。コルセットやヒールブーツはきつく彼女を縛り、行動を監視するためだろう装置つきのチョーカーまでつけている。

 腕にはBROの腕章もついている。


「いや、拘留は!? ってか、その服何!? めっちゃ似合うね!? あーしそれ好き!」

「ここにいると思ってたアジタさんは!?」


 フェルマーがいない以上、レガの手綱を握れるものは精々アジタさんぐらいしかいない。だが、いない。レガは何か言う前に、ちらりとロアに視線を向けた。

 

「おじさん、ありがとうございました」

「おう、よけりゃお嬢ちゃんもジムに通ってもっと強くなってくれよな! 安くしとくぜ!」


 レガはお辞儀をして、ララムとフランジュに外に出るよう視線を向けた。二人は顔を見合わせ、肩をすくめて彼女の後ろを付いていく。

 確かに、こんなところで話をするよりは、うるさい外の方がマシまである。ララムは盾を担ぎ直した。


「んじゃ、師匠。キャリーバッグだけ預かっといて。今度はスタビーと三人でお土産持ってくるね」

「はいよ、気をつけてな」

「ししょーも物騒なんだし、気をつけてね~」

「はは、そうしとく。あとでちゃんと取りに来いよ!」


 ロアの忠告だけ背に受けて、二人はレガと一緒に外へ出た。

 ある種、放任主義の師匠はララムたちにとっては丁度良い距離感を保ってくれる大事な相手だった。だから、今も昔も彼の出自をとやかく聞いたりはしなかった。

 

「で~? レガちゃ、どしたの」


 そういうわけで、騒音ひしめくノイジーストリートに出てから、改めてララムはレガに問いかけた。レガはララムと浮遊するフランジュを見上げて、答えてくれる。

 

「アジタさんは今日、行政区でやってる会議に出てる。私がここにいるのは、BROの一番偉い人の指示だよ」

「会議って、ひょっとしてリフせんせーの行ってるやつ? ほら、自我溶解の定義がどうとかっていう」

「うん。そう言ってたかな」

 

 フランジュは心当たりがあって、行政区のある方に視線をやった。今頃かわいそうなリフはサカエとスタビーを同行させて、出たくもない会議に出ているはずだ。

 そこにアジタもいるなら、それはそれで安心とララムは「ふんふん」と軽く頷いた。

 

「BROの一番偉い人って、あーしにスカウト送ってきた人かな。あーと、そう、スケール署長」

「うん。スケールさん。お話をもらったの。『無拍がいても大丈夫』な証明をしてほしいって」


 ララムは密かに鋭い直感から、レガの扱いに嫌な感じを受け取って眉をひそめた。


(ふーん? カルトから助かった女の子を矢面に立たせるんだ? ふーん……)

 

 確かに、FlowerTestamentが解体されて無拍に作り替えられてしまった人々はケアが必要な状態だ。洗脳されていたとはいえ、カルトに加担したという偏見だってある。

 無拍は無害であり、同じ被害者であるという主張が必要だ。が、それは誰かが矢面に立って証明せねばならない厄介ごとに他ならない――と、思うが、だいたいララムは自分の考えを共有しない。面倒だからだ。

 

「でも、レガちゃは拘留されてたじゃん? いいの?」


 ララムに聞かれると、レガはちょっと困って首を傾げた。


「あのね、私はFlowerTestamentに支配されて半年だったの。対人記録は、もっともっと後……一ヶ月、くらい?」

「うん」

「私が溶かした人、みんな帰ってきてて」

「あっ」

「CoLのおじいさんからはもうしなきゃいけない届け出、出てて……誰も溶かしてないことに、なっちゃったの……」

「そんなことある!?」


 ララムの問いかけから始まったレガの応答に、フランジュは彼女もまた花の嵐の奇跡に救われた一人だと気付いて声を上げた。

 人を自我溶解に追い込んだことはある。だが、それはCSたちによる魂の帰還によって『なかったことになった』。

 例えるなら、人を殺したことがない殺人鬼。それが今のレガだ。


「シーエス、さんだっけ。あの人たちがね、私も助けてくれたんだよ。だから、あなたたちに会って、ありがとうって言いたかったのも本当なの。本当に、ありがとう」

 

 人を傷つけた事実だけ持ったままのレガは、少しだけ寂しそうに眉を下げて微笑み、本来の家の礼儀正しさを取り戻してララムたちに頭を下げた。

 ララムは背負いたくないので詳細まで聞かないようにしていたが、響界ミラルアにしあわせを返したCSたちが、相当数の人間の因果を好転させたのは間違いなさそうだった。


「レガちゃは嫌じゃないの? 利用されてると思うんだけど」

「いいのかなって思ったけど、償うチャンスだとも思ったから。自分の拍と気持ちがあるって伝えるのも、できるよね」

「へぇ~、えらすぎ……にしても、なるほどね~……」


 一方で、ララムはレガには納得しつつも、BRO側の、ひいては行政側の処置に唸った。

 レガなら逃げない。提案を呑んだ上で外に出してもBROに帰投してくれる。それを踏まえてスケールは彼女に取引を持ちかけたのだろう。

 

「せ、せこ……BROのスカウト受けるのやっぱやめよっかな……」

「NOって言わない子選んでるよね。プロパガンダと権謀術数が飛び交ってそうでや~ねぇ……」

 

 ララムとフランジュはレガに背を向け、苦い顔で互いを見て口元に手を当て、イニシエ・オバサマスタイルでひそひそした。どこもかしこも偉い人はみんな策まみれだ。あんまり関わりたくなかったので、二人は話を終わりにした。


「うん。スタビーの代理として心強いのはそう、あーしもそう思う。これはガチ」

「味方になってさらに見た目が凶悪になることあるんだ……漆黒ウェディング衣装のダークヒーローかぁ……それ、自前?」

「ううん。お願いしたら、用意してもらえた。戦装束が必要だろうって」


 フランジュのぼやきと問いかけがむしろ空気を軽くした。彼はいつものあざといクソガキスマイルで、レガの視線の高さに降りてきた。


「いいじゃん。んじゃ、レガは今日からレガレガって呼んじゃお! よろしくねえ~」

「馴れ馴れしい~。ま、今回はよろしくね、レガちゃ」

「うん。お願いします」


 ともあれ、今やレガは二心同体のお兄ちゃんたちを守るという決意に溢れたたたずまい。愛らしい黒衣は、被支配の象徴だった白い衣の裏返しだ。

 ララムはレガのことを感情が重い少女だと思っていたが、それはそれ、これはこれ。エースアタッカーのスタビーがいない以上、ミッションでアタッカーとして頼らなければならないのはレガだ。


(ま~、レガちゃにも無拍の兵士さんたちも、拍動汚染でそうなってただけ。レガちゃのこれは一種の司法取引。仕事づきあいは仕事づきあいじゃんね。あーしの線引きはそこかな)


 そういうところは、ララムはいつでもさっぱりしていた。それに、それがCoL七期生の居心地の良さを作る一つの要因でもあった。

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