第216話-巻き込まれた小さな被害者の仮説

 大きなレジャーシート二枚に分けて、五人は座る。レストは身体を丸め、すぐにうとうとし始めた。あんみつが水筒からにゅっと姿を現し、彼の胴にふんわり覆い被さった。

 CSはその上からぽんぽんと彼を軽く叩いてから、魂拍樹のパールホワイトの幹を見上げた。

 

「あなたたちは、液体ケーブルのことあんまり知らない?」

『昔ね、助けてほしいってここに来た人がいて、彼らの言うジュシを分けてあげたことがあるよ。ずっと昔……よくできてるねえ』


 柔らかな蔦が降りてきて、あんみつの端をぺたぺた触る。彼らからすれば、彼らに酷似した性質の素材だ。魂拍樹は仕組みを知ろうとしているようだった。

 そして、蔦はそのままC'の頬もぺたぺた触った。くすぐったそうにしながらも、何か意図があるのだろうと彼がじっとしていると、再び拍動が流れてきた。


『君が拍苗なのはわかるんだけど、どうして人のかたちになっちゃったの?』

「それは……君たちに伝わるかは分からないが、一応、話してみよう。分かりやすいように伝えてみる」


 C'は頷いて、BloomPotとカデンス、そしてCSとC'に続く因縁といきさつについて話し始めた。

 相槌を打つように、蔦の先端は彼の視線の真ん中にあって縦に揺れたり、時たま首を傾げているようにねじれたりする。


 BloomPotについて、魂拍樹は次に葉っぱをざわめかせた。ほんのかすかに、地面の奥から振動が感じられて、CSはそちらに視線を落とす。

 ミラルアのあちこちから、振動が返ってくる。それは拍動だ。CSたちにも、聞こえてくる。


 ――そのしあわせ拍ってここのしあわせに似てる?

 ――『ぶらっど』が『しあわせりれえ』から転がり落ちてきたのは拍が強すぎたから?

 ――まってねえ。前例をしらべてみる……迷い込んだ人は結構いるけどー……。

 

 どれもこれも、人間からすればどこか幼げな声だ。魂拍樹たちが相談しているのを聞いて、拍苗たちもそれぞれ音を鳴らし合っている。

 

「わ。離れてても会話できるんだ。あなたたちは、みんなひとかたまりなの?」

『ひとかたまりにはなってないよ。ただ、人よりはいっぱい繋がっているかも。それで人間もできるよ』


 興味から来るCSの問いかけに、魂拍樹は拍動装置や連絡用の端末を指して答えてくれた。


『ある程度近いところはすぐに響けるよ。またみんなと響けて嬉しい。一時はどうなるかと思っちゃった』


 閉じ込められていた魂拍樹たちから、嬉しそうな拍動と葉の擦れる音が聞こえてきた。CSはそれだけで、にこにこになれた。

 ブラッドは新発見に少なからず目を輝かせて情報をまとめていたし、カデンスも興味を示して幹を見上げている。


「君たちにも、君たちの暮らし方があるということだな。拍動が食料なのか?」

『そう。特に、しあわせ。大きく育つよ』

「そういえば、あんみつは大きくなるよね……」


 CSはあんみつがしあわせを供給すると膨らむことを思い出し、密かにはっとした。C'も細かく頷いて膨張するしあわせ液体ケーブルの水筒を見た。


「閉じ込められてた時は、君たちは傷つけられていた。あまりしあわせの気配も感じなかった……ここでは君たちは全員でしあわせを摂取し、生産し、分配しているんだな」

『そうだよお。かしこいねえ』


 柔らかい返事が返ってきて、またC'を撫でた。それを見たブラッドが控えめかつ穏やかに口元に手を当てて笑う。

 

「ふふっ、子ども扱いされてるね~ライムく~ん」

「な、ならばCも同じ立場だと思うんだが……!」

『カデンスは魂がものすごく人間だから違うよ』

「残念だ……」


 カデンスを巻き込むことはできなかった。そのメンタル、鋼のごとし。やや得意げに口元を緩ませる麗人スマイルを見て、C'は不満に半目になった。

 そこで、比較的近所の魂拍樹たちから拍動が投げかけられた。

 

 ――ねーえ、帰って来た子、ふたりになってない?

 ――そこで寝ている子、何か具合悪そう……大丈夫~?

 

「ふたつになっている?」


 帰ってきた子という呼びかけに、C'は反応して直感的にCSを見た。


「寝てる子はレストだろうけど……」

「今日いっぱい動いたから疲れてるけど、具合は悪くないかな。平気」

 

 ブラッドからの呼びかけに、レストはけだるげに目を開けて、ゆるく返事をした。CSはこういう時にどうすればいいか考え、魂拍樹の幹の方に視線を向け直した。

 

「ねえ、あなたたちから見て、わたしたちはどう見えてるの?」

『あなたは人間のはずだけど、とってもこの子に近く見えてるよ。まるで、まっぷたつにされてしまったみたいに』


 蔦が指し示すのはC'だ。CSは自分の胸に手を当てる。BloomCoreがそこでいつでもしあわせを放射できるように、静かに振動している。

 訝るブラッドの横で、カデンスはC'のコアに目を向けた。


「私がBloomPotに魂を溶かされた時に、私は情報と肉体に分割された……それが、君たちだ。そうだな?」

「うん、そうだって言われたよ。わたしの身体は小さくなっちゃったけど、元はシーのだもん」

「俺は記録を保管し、再生する側だった……残響構造なりものとして作り直されたが、材料は液体ケーブルではなく、拍苗……だとしたら」

「そこに拍苗ちゃんの魂はあって……」


 C'とCSは、今まで拾ってきた情報を二人でつなぎ合わせた。


「あ……」「あーっ!?」


 そこに、一つの事故があった気がした。C'とCSはお互いに指を向け合った。


「君の性格の一部は拍苗由来なのでは?」

「わ、わたしこの単語この間覚えた! こ、こ、だあ!」


 CSの悲鳴にブラッドは額に手を当てた。コンタミネーション。CS誕生の裏側に潜んでいたのは、異物の混入だ。

 

「もしかしたらだけど……きみたちはCの分割された存在であると同時に、拍苗の魂が混入してる?」

「わたし……す、スライムだったかも……!」

『たぶん……そう』

 

 CSは驚愕とショックに震えた。ふわとろスライムメンタルの来歴がここに来て発覚してしまった。

 CSの中に残る、Cではない魂の根源。

 液体ケーブルを愛でるそれは、ひょっとしたら、いつかBloomPotに飲み込まれた小さな拍苗のハートだったかもしれないのだ。

 かわいそうに、迷い込んでビートダウンに回収されて丸めて固めてされた命がそこにあるらしい。

 

「……ん。こういうこと?」

 

 そこでレストが緩慢に目を開けて、一人ずつ指さしていく。

 まず、CS。

 

「人間の肉体で、中身がスライム」

「ああ~っ」


 次にC'。

 

「中身が人間に矯正されてるけど全部スライム」

「はっ……」

 

 最後にカデンス。

 

「肉体はスライム、中身は人間」

「そういうことかもしれんな……人格と肉体の数が合わなかったのは、改造にあたって異物の混入があったから、か」


 過去、一人の英雄が溶かされた時、人知れず、壮大な取り替えっこが起こったのかもしれなかった。

 となれば、気になるのはそれを為した一つの強大なビートダウンだ。ブラッドは頬に指をとんとん当てた。

 

「BloomPotが拍苗を認識してるかは微妙だから、材料だ~で接収してまぜこぜにしちゃった感じかなあ……」

「ううっ、かわいそう!」


 BloomPotがエラーを吐いているかどうかは誰も分からない。それは成長し続け、通ったところにしあわせを撒きながら今日もきままに這ったり浮いたりしているだろう。


(そうか、元々の俺もなくなったわけではないんだ。俺がトランスで音を変えてしまう以外にも、残っている)


 C'は安堵したような、納得したような吐息を漏らした。

 その通り道に拍苗がいて、ある小さなラボがあり、巻き込み事故に遭ったという仮説。

 それは、C'にとってのルーツの発見かもしれなかった。


「認知の壁が弱った今ならBloomPotを作った場所とかも、分かるのかもしれないけどねえ。と、その前に」


 ブラッドくんは気遣いができるので、再びごろごろしているレストの胴体をあんみつ越しにぽんと撫でた。


「きみたちへの呼び方は、まとめて魂拍樹でいいのかな。レストのこと、どこが変か教えておいてくれるかい?」

『いいよぉ。あのね、具合が悪いわたしたちみたい。人間だって分かるけど……ねえ、よければ少し、調べてもいい?』

「だ、そうだけど?」


 蔦が近づいてくる気配に、レストは目を開けた。そして、のそりと身体を起こした。

 

「あれかな。ほら、無拍を作る材料みたいな話、あの人がしてたような……調べるの、時間掛かる?」

『少しね。掛かる。寝ててもいいよ』

「分かった。じゃあ、仮眠取るね」

『よいしょ……大丈夫、そっとね……』


 ――気をつけてね。わたしたち、人間触ったことないもの。

 ――いいなあ〜。拍苗ぐらい、大事に持つんだよ。触り心地教えてね。


『わかってるよぉ。人間って、外は拍苗みたいだけど、内側に幹があるみたい……葉っぱが細くてさらさらしてる〜』


 周囲の拍を受け取りながら樹木から伸ばされる蔦の数は、大の大人であるレストを抱き上げる程度にまで増えた。


「ちょっと行ってくるね……」


 相変わらずマイペースなもので、彼は抱っこされた猫のように、そのまま、そっと蔦に引き上げられて樹の上の方に持って行かれてしまった。


「そんなあっさり連れてかれちゃうんだ……。あ、蔦のお団子ができてる」


 CSが見上げれば、枝の間に柔らかい蔦の球が一個できていて、内側から温かい拍動が少し漏れていた。


「フェルマーさんのことも、解決できたらいいもんね。レストも、残響構造なりものの身体になるのかなあ?」

「どうだろうな。それでミラルア側に負荷が掛かるなら、彼はそれを望まないだろう」

「だよね……二人にとっての幸せ、見つかるといいなあ」


 検査が終わるまで、CSとC'はレジャーシートに座ったり寝転んだりして、時間を潰すことにした。


「この鉢植えについても、調べてくれたら嬉しいよ」

『これは、あちらで育った苗? なんだろう? 返事がない……時間掛かりそう』

「それでもいいよぉ! そっとお願いしま~す」

『はぁい』


 自分が大切に育ててきた小さな液体ケーブルの樹。それもミラルアのものかもしれないと、CSは鉢植えを魂拍樹たちに託した。

 

「はあ。ぼくもちょっと休憩したくなっちゃったな」

『いいよ。あなたたちは、助けてくれたから』

「では、私が見張りになろうか」


 ブラッドも気付けば横になり、カデンスは魂拍樹の根元に陣取り、己の拍動装置である鞘を携えて腕を組んで見張りを兼ねた休息に入る。

 

「しゃんしゃん」「ぷみぃー」「ころりん」「ざっざっ」

 

 拍苗たちも寄ってきて、みんなで宵寝を始めれば、忙しく進んでいた一日の終わりの時間もゆっくりとしたものに変わっていった。

 

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