第3話 クローンのような少年
ノーマンは目を見開いた。
「人間だよな……」
彼の視線の先には、十五歳くらいの少年が膝を抱えて座っている。
「迷い込んじゃったんですかね……」
「その可能性は無いと思うぞ。魔法製の防御壁を壊せるのはイチから解くか、お前みたいに爆発するのみだ」
「うふふ。照れますね」
「全く褒めてないぞ」
「あの……」
「はい!!」
喋れたんだ。
少年は長い前髪の隙間から、私たちを見つめている。まっすぐでサラサラな髪は深海のように青く、年齢よりも大人びて見える。
はて、どこかで見たような気が。
「誰? 何しにここに来たの? 僕のことを知っているの?」
少年は胸元で合わせた手をぎゅっと握った。
「ちょっと待って。それよりも気になることがあるんだけど。少年、君の名前は?」
「え?」
ノーマンも腕を組んで、私と同じ顔をしている。
「マティアス……と、大人は呼んでる」
「だって、ノーマン。知り合い?」
「いや、知らない。俺たちは孤児院育ちだから、同じ親から生まれた子なら可能性はあるけど」
「えっと……あの……?」
黒い目をした少年は後ずさりし、ノーマンは彼の腕を軽くつかんで引き寄せた。
「俺たち、そっくりじゃないか? 俺の遠縁だな? 君こそどうしてここにいるんだ」
ノーマンは少年から目を離せず、その場に立ち尽くした。
「隠し子なんじゃないですか。正直に言って良いですよ、誰にも言いませんよ」
「そんな訳あるか」
「……っ」
少年・マティアスは言葉を詰まらせた。
「私たちが来たのは、ここに閉じ込められている実験体をさらって利用するためよ。カエルやネズミの類だと思ってたのよ。まさか人間とは……」
「それは……」
「何の実験をさせられたの!? 身体は大丈夫なの?」
少年の身体にはアザも傷跡も何もないが、彼は明日処分されることには変更はない。このままでは危ない。
「ともかく、ここから出よう! いいよねノーマン!」
「あぁ。よく分からないが、自分と同じ顔の奴が死ぬのは悲しい」
ノーマンはマティアスの手を引き立ち上がろうとした。
しかし、目に見えない何かにグイッと引っ張られた少年は、その場から離れることができない。
「鎖術がかかっているのか。厄介だな」
「壊す?」
「あぁそれは」
少年はおずおずと声をかける。
「僕が前に壊したから頑丈になってると思うよ。前はもっと簡単だったんだけど……」
「壊した?」
私たちは顔を見合わせた。
「うん。普通に、こうしたら壊れたよ」
マティアスは殴るポーズをして、得意げに笑った。
心の中がざわつく。
監禁されていたことも合わせるとやはり、普通の人間ではないみたい。
「マティアス……あなた、サイボーグか何かなの?」
「あははっ。僕は人間だよ!」
マティアスは目を輝かせて見上げた。
その表情は第二次成長期の少年とは思えず、思わず悪寒が走った。
背も高く声変わりも終えた少年の身体ながら、幼児のような違和感がある。
「マティアス、あなたは……」
幼児のような少年を見つめれば、大きな黒い瞳と目が合う。ノーマンに手を引かれながらも、こちらを見て震えている。捨てられた子犬のようにか弱く、つい抱きしめたくなる姿は胸を打つ。
私には親も兄弟もいない。
だから、家族愛なんて分からないはずなのに……目の前のこの子を守ってあげたいと思った。
オリヴィエとして生まれる前ずっと前から、こんな笑顔を求めていたかのように。
「ん……?」
突如として、過去の記憶が脳内に流れ込んで来た。
茶色の髪を三つ編みに束ね、兄の後ろをよく付いて歩いていた女の子。記憶は断片的に、いくつかのシーンを映し出す。兄と遊んだこと、友とケンカしたこと、言いつけを破って迷子になっちゃったこと。
そして……息をするたび引き裂くような心の臓の痛み。
「あぁ、そっか……これは前世の私……?」
運悪く、成人する前に病気で死んでしまったらしい。
お嫁さんになってたくさんの子どもたちに囲まれてずっと楽しく暮らすこと、それが私の夢だった気がする。今回は叶えられるだろうか。
私は胸の真ん中でぎゅっと手を組んだ。
「でも、僕死ぬんだよね……」
ふいにマティアスが服の袖をグイッと引っ張り、私は我に返った。
「死ぬ?」
「先生が言ってたんだ。僕、要らない子だから処分されちゃうんでしょ?」
「……っ」
マティアスの手がわずかに震えている。処分というのが彼だと言うのは本当だったのだ。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
「何!?」
突如、機械音が鳴り響いた。
マティアスの部屋の床に備付のモニターが作動し、青白い光を放っている。
「まずい、急げ! 上層部に捕まったら俺たちは殺される。俺が防御壁のプログラムを解いていくから、オリヴィエは崩れたとこから叩いてくれ」
「ラジャー!」
私は再び魔法陣の破壊活動に取りかかる。
魔法を作り出す作業は怒られてばかりだけど、壊すのは思い通りにやれて調子がいい。
弱い電流を感じるたびに、少年の鎖が外れる。
「あの……」
「ん?」
「ここでは、人間は魔法を使えるのが普通なの?」
「普通ではないわね。使える人とそうでない人がいる。私もノーマンも偶然使えるから魔法省にいるの。魔法を上手く扱えるかどうかは別のだけどね」
「僕は……」
マティアスは声を詰まらせる。
「最初は良かったんだよ。先生も優しかったし、僕のこと“いい仕上がりだね。将来が楽しみだね”って言ってたしよくなでなでしてもらった。なのに……だんだん、僕のこと変なものを見るような目付きで見るようになったんだ。僕、そんなに変かな……」
涙を浮かべる少年。
本当の理由は、私たちには知る由もない。
だけど、いらない存在と言われる悲しみは知っている。
「変じゃない。変じゃないよ……いいえ、ちょっとおかしくたっていいのよ。あなたは多くの人を知らないかも知れないけれど、みんなどこか普通とは違っているものだから」
今度こそ、大切な人を大切にできるような自分でありたい。涙を癒やす存在になりたい。
私は、彼の濃青色の髪を撫でた。
「よし、できた」
ノーマンが最後の魔法陣を解除した。
ピーッピーッという機械音は鳴り止まない。おそらく、誰かが気づいて走っている頃だろう。
「行くぞ、走れるか」
マティアスは黙って首を縦に振った。
腕を引いてみたが、さっきまでの寸止めされる感覚は消えている。
「さっき使った階段は防御を壊したから、魔法省職員がそこを通って来る。……オリヴィエ、瞬間移動スキルは」
「そんなの私が持ってると思います?」
「すまない」
「ここにも通路があるよ」
マティアスは先ほどまで座っていた場所を指差した。白い地べたに直に座っていたので分からなかったが、四角い換気口のようなものがある。
「僕に食事を運んでくれる人はここから出入していたんだ。多分、食堂に繫がってるよ。たまにいい匂いがしてくるもん」
「た、確かに、あの防御壁をいちいち解いていたら面倒よね。なんで気づかなったのかしら」
防御に詳しいノーマンでさえ、丁寧に解除していく面倒な技術だから。
正方形の白い蓋をそっと持ち上げると、言った通りに下層へと伸びる階段があった。
「見張りはどうするんだよ」
「それはノーマンが盾になって突っ走るしかないですよね」
「俺かよ」
ノーマンは小さく笑って、階段に足をかけた。
「──!?」
その瞬間、部屋に置かれたモニターが音を立てて爆発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます