3-13
「動機も何もない。あれはたぶん、安堂未散じゃなかったんだ」
「そんなことない」
「待って、愛理。ちゃんと聞いてほしい」
心人さんに制されて、思わず前のめりにしていた腰をソファに戻す。
「愛理、合成人間の脳って機械人形と変わらないって知ってるよな」
技師であるジーンの問いに、まあとあいまいにうなずいて返す。
「変わらないんだよ。合成人間の体がいくら合成タンパク質製であろうと、その脳は結局基盤を組み合わせて作った電子頭脳なわけだ。機械人形と一緒なんだ。動力は食物の消化によって吸収される栄養を使って動く心臓の鼓動だから、体が作動を続ける限り半永久的に電子頭脳も作動し続ける。食事を抜けばどんどん弱り、やがて餓死する。この辺は少し人間と似てるな」
「それがなんだっていうの」
「結局、機械人形の電子頭脳と合成人間の電子頭脳は一緒なんだ。たとえば警備用機械人形なんかは常に外部と連絡を取り合って、警察が出す不審者情報を逐一更新する。似たような人物が目の前に現れたら捕まえるためにな。意外と知られてないんだけど、合成人間も同じことができる。ただ合成人間は目の前の人間とのやりとりに重きをおくから、外部との情報交換はあまりしない」
「未散さんの体にも、その機能はついていたのね」
「ついていたというか、電子頭脳を入れないわけにはいかないからな。頭だけ空っぽにしておくわけにもいかないし。……合成人間の場合は、使用者の人間から要求されれば外部と通信する手段はあった。安堂未散の場合、それは自力で行えるということだ」
話は読めないけれど、説明はなんとなく分かった。たぶん、これを理解するのとしないのでは、この後の本筋が少しも理解できなくなるのだろう。
「安堂未散には念のため、外部との通信は控えるように伝えてあったんだ。
「でも試したくなった?」
「少しくらいならな、別に。おれたちだって調べ物をするのに端末の検索機能を使うわけだから、それくらいの感覚だったんだろうよ」
頭で考えるだけで外部と通信が可能になり、世界中の知識とやりとりができる。想像を超える話はどこか現実味がなかった。
「その通信を行った直後、安堂未散に異変が起きたと両親が証言している」
心人さんが言葉尻を受け取り、そう告げた。
「人間的にいえば、人が変わったようだった、と」
人が変わる。
未散さんは、現に人を――体を変えている。だからその言いまわしはなんだか、少し、違うというか、おかしいというか……。
「威月から現場写真をコピーしてもらったのがこれ」
心人さんは、私たちの間に伸びるガラステーブルを指先でたたいた。その表面にはフレキシブルディスプレイが貼りつけてある。心人さんが指につけているリングに反応し、テーブルの表面はリングに収められている画像データを展開した。数枚の画像を連続でタップすると、それらがテーブル上で拡大される。
分かっていても生理的反射で、コーヒーの入っているカップを握ってのけぞった。展開された画像は、血の海だった。
「これは」与識先生はあごをなでると、甘ったるいコーヒーを飲んで、そのカップをテーブルに戻す。ちょうど、人の頭部が転がっている真上だ。「過激派奇病テロリスト、
「私は存じませんが」
「胡蝶ほど劇場型じゃなかったからな。ただやり口としては陰惨なのはこっちだ。操って名前も本名じゃない。奇病患者を操り人形に見立てて殺す手口から、警察関係者に操と名付けられただけだ。本人の弁だと、奇病患者は人間じゃなくて人の生活に彩りを与えるための操り人形のようなもの、人の生活に害をなす操り人形は壊してしかるべきだ――と訳の分からない能弁を垂れて、本人いわく殺すのではなく壊すのだとも主張していた。と俺は当時関係者だった息子から聞いた」
その息子は目の前でうなずいた。「操は体を
死んでも生まれ変わって……。最近やけにその言葉を聞く気がする。
「操も五年前にSATによって射殺されている。今回、安堂未散が同様の手口で祖父母を殺害した」
生き返った安堂未散は、本当に本人だったか。
心人さんが言わんとしていたことは、こういうことだったのか。
「祖父母を殺した安堂未散の体は動かなくなった。安堂人工業の社長と妻がどんなに声をかけても動かない。そこで制作者のジーンが呼び出されたんだ」
「そんなおっかねえところ、一人で行きたくなかったからよ。関係者でもあるはずだし、つがるの兄貴についてきてくれないかって頼んだんだ」
今になって気づいた。本当、遅すぎるくらい。
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