3-2

「こないだ、東都高速道路で高級車が大破した事故あっただろ。覚えてるか」

「あー……なんかニュースで眺めたような記憶がうっすらと」

「その事故を起こした張本人だ」


 つがるは端末の画面をメモ帳からウェブページへと移動する。過去の記事に飛び、事故現場の写真を見せてくれた。

 かの暴れ牛のエンブレムで名高い高級外車が、高速道路の壁面に衝突している。おかげで解体の手間も省ける、廃棄処分確実の有様。オレンジ色の塗装はめらめらと燃える炎に取って代わられている。近くを走行していたドライバーが、動画撮影に興じながら車体のエンブレムを盗もうとして逮捕されたという小話もニュースにもなっている。


「ここまで壊れてると、さすがに、中の人も」

「ぐっちゃぐちゃだった」


 平然と言うが、この男は呪われた赤ん坊にさえ嫌悪感を抱かないでいられる。それほど精神力が強いのは、ひとえに呪医の跡取りとして生まれたせいだ。それよりもっとひどい、生きながらに死んだような人間を何人も治してきた。だからたぶん、この事故死した人間は一般人なら見るに耐えない。呪医つがるだからこそ、死んでいる時点で生きているよりたいしたことはないという意見に違いない。


「具体的にいうと、下半身はハンドルとシートに挟まれて燃えてほぼ炭化状態だ。消防が駆けつけるも、最寄りのインターからかなり遠い上に海上ときた。水も足りなくて、最終的には化学薬品での消火活動になり時間を要してしまったわけだ。となると無事でいてほしいはずの上半身もミディアムレアでな、搬出活動が最悪だったことが伺える」

「そこまでひどかったなら、今さら生き返らせるって厳しくない?」

「その記事、よく読んでみろよ」


 ジーンの一声だった。つがるは端末の画面をいちいちメモ帳に切り替えるのが面倒で、弟にバックミラーの視線で説明を促したらしい。それだけで意思疎通が可能なあたり、兄弟の関係性を考えさせられる。一人っ子の私には一生無縁かもしれない。


 被害者は東都総合病院に救急搬送されたものの、意識不明の重体――。


「嘘でしょ。これだけ車がボロボロだっていうのに、人が生きてるっていうの?」

「いや、お前の想像通りだ。この運転手は死んでいる」


 死んでいる。つがるがさらさらと文字に起こしてくれる。

 いや、そうだ。だって私は、現に死んだ人間を生き返らせる現場に立ち会わされようとしているのだ。


「運転手はもう死んだ。だからオレが子どもを生き返らせてほしいなんて言う親の無茶な要求を飲んで、これから依頼者の子どもである運転手の魂を取り戻そうという神への反逆にも等しい愚行を犯すところなんだ」


 あまり良くない行為である自覚はあるのか。良くないかどうかもさておき。


「じゃあなんでニュースには意識不明の重体なんて書かれてるの」

「親が認めないんだよ、わが子が死んだとは絶対に」


 あいにくバツイチで子どもには恵まれにくい体質ゆえに、想像の範囲内でしか被害者の両親には同情ができない。ただ、そうか、としか。


「必ず生き返らせる。そう決意した親によってオレが探されジーンが選ばれた。分かるか」

「つがるを選んだのは分かるけど」


 魂を連れ戻すために、呪医であるつがるを探す。私が知る限り、この世で降霊術こうれいじゅつなり憑依現象なりを行える人材は、やはり鷹丘家の血を継ぐこの男しかあり得ない。


「ジーンが選ばれた理由か。簡単だろ、生き返らせたい子どもの体はすでにこの世に存在しない。もう一度生命活動を開始させようにも、修復の限界を超えてぐちゃぐちゃなんだ」

「……だったら新しい体を作る方が手っ取り早いってこと?」

「怠惰な弟にわずか一週間でわが子そっくりな合成人間を作らせたんだから、この親がいくら積んだか想像できるか」


 オレもそこそこ前払い料金もらったけど。と、父譲りで料金設定の高い息子がつづる。唇の端っこのつり上がり具合が、積まれた金額を如実に表していた。


「体は現場から引き取った遺体の細胞をiPS細胞で培養、合成タンパク質と化合させて生前の姿に作り直す。作り直すのはいいが、どの成長過程まで細胞分裂を助長させるか。肌のなめらかさ、指先の細さ、髪の長さ。その辺の細やかな造形美に関していえば、ジーンの右に出る造形技師はいないからな」

「兄貴に褒められると気分がいいね」

「おだてておけばなんでもやってくれるんだから、安い弟だよ」


 最後の一文は私にだけ見せてくれた。なんというか、つがるも兄である。


「その新しく作り直した体って、どこにあるの?」

「トランクケースに押し込んである」


 もう少していねいに扱ってあげてよ。検問にでも引っかかったらどうするの。

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