悪役令嬢に転生しましたが、ざまぁ代行サービスで破滅エンドを回避します。

夢咲咲子

第一話「悪役令嬢と没キャラ執事」

「うう……嫌だ。断罪されたくない……」

 わたしこと悪役令嬢クラリス・アルセリオは、頭を抱えてソファにダイブした。


 しがない三十路会社員が突然死し、生前夢中になっていた乙女ゲーム『プリンセス・ロワイヤル(略してプリロワ)』の世界に転生して、早三年。転生先の姿は勿論ゲームのヒロイン……ではなく、ヒロインを陥れる悪役令嬢クラリス・アルセリオだった。


 ゲームの舞台は王都にある学院。貴族も平民も身分関係なく勉学に励むその学院で、平民のヒロイン(プレイヤー)は生徒会に属し、王子や貴族をはじめとする魅力的な男性キャラクターと恋をする。


 そのヒロインの邪魔をするのが、第三王子レオナルドの婚約者、公爵令嬢のクラリスだ。


 クラリスはヒロインの愛嬌と才気に嫉妬し、陰湿ないじめを繰り返す。周囲に働きかけヒロインを孤立させ、根も葉も無い悪い噂を流布し、彼女が大切にしていたものを盗み、挙句の果てには階段から突き落とそうとする。どうしようもない悪役令嬢だ。


 彼女は――ゲーム終盤の“卒業パーティー”で、公衆の面前で鮮やかに断罪され、王子からは婚約破棄を告げられる。それがこのゲームの見せ場イベント『悪役令嬢の断罪、真実の愛』だ。


 その後、社交界に居場所のなくなった彼女は、悲惨な人生を予期させる数行のテキストを最後に、ゲームから退場する。


 そんな、プレイヤーの立場からすると全く良い印象のない悪役令嬢が、ある朝、鏡に映っていた。……あの時の衝撃といったらない。まさか、ライトノベルや漫画でありがちな“乙女ゲーム転生”が自分の身に起こるなんて、思ってもみなかった。


 わたしの自我と記憶が覚醒したのは、学院に入学する一週間前。ちょうどゲーム本編の開始時期である。クラリスとしての経験と知識。生前に得たゲームの情報。双方を持ち合わせたわたしは、それらをフル活用して破滅エンド回避を目指す! ……べきだったのだろう。


 が、そんな気力はなかった。


 わたしは元々、仕事以外は家に引きこもっていたような怠惰な性分だったし、何より最初の一年は、自分の死と“作られた世界で生きていく”ことに向き合えず、それどころではなかったのだ。


 ようやく立ち直りかけた頃には、既にストーリーが進んでいた。


 クラリスがその場に居なくとも、彼女の威を借りた取り巻き達が、勝手にヒロインに嫌がらせをする。レオナルドだけでなく、女子に人気のある男子(イケメン揃いの攻略キャラクター達)と親しいヒロインが、彼女達は疎ましいのだ。


 わたしは何もしていないのに、どんどん悪役になっていく。弁解しようとしても全てが裏目に出る。ゲームシナリオの強制力をわたしは甘く見ていた。


 そんなこんなでクラリスとヒロインの溝は深まり、元々政略的な婚約で愛など無かったレオナルドも、クラリスを嫌うようになった。


 このままいけば……


 半年後の卒業パーティーで、ジ・エンド!



「あああ……嫌だあ~」

 週末、殺伐とした学院から逃げるように近くの実家に戻り、フカフカのソファに顔を埋めているわたし。

 ずっとここに居て、卒業パーティーもボイコットしてみようか? なんて思うけど、他の形で断罪されるか、イベントに強制参加させられるかだろう。……ハァ。


「おやおや」

 フワリ、と後頭部を撫でるのは、柔らかな男の声。


「お嬢様、お鼻が潰れてしまいますよ。……ああ、ほら、もうこんなに」

「失礼な奴だな。っていうか“クラリスは”目鼻立ちハッキリした美少女じゃん」

「ははは」


 背中に定規でも入っているみたいに、ピンと伸びた姿勢。皺一つない燕尾服を着こなし、柔和な笑みで棘を放つ執事、ジルベルト・ヴァンティア。

 涼やかな銀色の髪とアイスブルーの瞳が印象的な、作りこまれたビジュアルのキャラクターだ。しかし彼はこのゲームの攻略対象ではない。


 プリロワのガチヲタで、全てのグッズ、資料集をコンプリートしていたわたしは知っている。彼は開発途中で消えた没キャラクターの一人なのだ。


 長年クラリスに仕える忠実な執事。今年十八歳になるクラリスより十も年上の二十八歳。……すごく大人に見えるけど、前世のわたしより年下だから複雑。


 開発初期段階で、彼は隠し攻略キャラクターとして予定されていたけど、何らかの理由で没となったらしい。わたしとしては、見た目が一番好みだったからとても残念だった。


 しかしこの世界では、ちゃんと存在している。こんな性格だったとは思わなかったけど。


「それで、何がそんなにお嫌なのですか?」

 少しだけ屈み、そっと問いかけてくるジルベルト。彼の無礼さは、わたし達の間のお遊びのようなもので、本当の彼はとても真面目で優しい性格だ。


「わたし、半年後の卒業パーティーで、レオナルド殿下に婚約破棄されるんだよね。それで破滅エンドまっしぐら、ってワケ」

「……そうなのですか」

 ジルベルトは、わたしの突拍子もない発言に驚きはしない。これが初めてでは無いからだ。


 転生当初、自暴自棄になっていたわたしは、自分の発言がゲームに与える影響など考えもせず、身近なジルベルトにアレやコレやと未来の話をしてしまった。(流石に、ここがゲームの世界だという話はしていない)

 ジルベルトはそれがほぼ的中したことで、わたしには未来予知能力があると思い込んでいる。『悪用されないよう、他の者に話してはいけませんよ』という彼の忠告で、それは二人だけの秘密となった。


「他ならぬお嬢様が仰るのなら、そうなのでしょうね」

「そうなの。ああ、どうしよう……このままだとわたし、無実の罪で社交界を追放されて、親にも見放されて、路頭を彷徨うことになっちゃう。わたしはただ、平穏に過ごせればそれでいいのに」

「……お嬢様。世の中は、お金さえあれば何でも解決できるものですよ」

「え?」


 突然何を言い出すのか。

 冗談かと思ったけど、彼の瞳は真剣な色を帯びている。


「お嬢様は“破滅回避代行サービス”をご存知ですか?」

「ハメツ、ダイコウ? ……なにそれ」


 元の世界では“退職代行サービス”が流行っていたけど……破滅回避代行とは?


「複雑な貴族社会には、常に面倒ごとが山積みですよね。たった一つのきっかけで……それこそ破滅に追いやられてしまうことも、少なくありません」

「う、うん」 

「そこで生まれたのが“破滅回避代行サービス”です。依頼者の破滅を回避する専門家。きっと、真の悪党を暴き出し、お嬢様の円満な婚約破棄も実現してくれるでしょう」

「本気で言ってる?」

「勿論です。お嬢様が望まれるなら、すぐにでも業者を手配しますよ」


 なんだか、一気にゲームの世界観が崩れた気がする。そんなサービス、公式情報には無かった筈だけど……。


「まあ、他ならぬジルベルトが言うなら。……お願いできる?」

「かしこまりました。お任せください」

「……本当に大丈夫なの?」

「ご心配なく。お嬢様がぬくぬくゴロゴロ、お菓子でも召し上がっていらっしゃる内に、ハッピーエンドの準備を整えさせますからね。さあ、おやつのお替わりをどうぞ」

「……わあ~い」


 心配するなと言われても無理だ。でも、目の前に置かれた美味しそうなクッキーやスコーンを見ていると、そういうのは後ででもいいか、と思ってしまう。


「……あ。ところで“婚約破棄”の回避はできるの?」

「できませんしたいんですか」

「え……いや、別に」

 即座に早口で否定され、少しだけ傷付く。紅茶を注ぐその横顔は、いまいち何を考えているのかよく分からない。呆れているのだろうか?


 まあ、見るからにヒロインにぞっこんの王子が、いまさら悪役令嬢に振り向く可能性なんて無いだろう。愚問だということだ。


「結構、好きだったんだけどな~。レオナルド殿下」

 プレイヤーとしては。

 

 びちゃ。と、ジルベルトは彼らしくもなく紅茶を溢れさせた。


「大丈夫?」

「……ご心配なく。その、お嬢様は殿下の事を、」

「え? ああ、違う違う。顔は好きだけど、別に恋愛感情はないよ。わたしは、そういうのはフィクションで充分だから。……あ、恋愛小説とかね」

「……そうですか」

「そんなことより、ジルベルトも一緒にお茶にしよ。ほらここ座って」

「……はい」


 少し元気のないジルベルトのために、わたしは彼の紅茶を最高に甘くしてあげた。ストレート派の彼は、苦い顔でそれを飲み干した。

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