第26話「神に従う哀れな者」
「時刻になったし行きましょう」
勇人の合図で外に出る。
建物を死角にし、いざという時に逃げられる道を選んで進む。今は路地裏の中にいた。道路を覗いてすぐ左にはもう教会が見える。
「じゃあ予定通りに」
ここからは正面突破。予定通りに真ん前まで来た以上は走り抜けるしかない。
「うん。せ〜の!!」
勇人の合図で一斉に駆け出した。
敷地の門を踏み越え、噴水の横を通り木製の人の背丈より二倍でかい両開きの扉の前へとたどり着いた。
あらためて近くで見るとかなり大きい。
見上げるほどの大聖堂は街中の建物では最大規模の建築物だろう。
名無しは扉を指さし、既に刀を手に持った勇人に目を合わせ扉を開ける合図をする。
瞬間、隠密などお構いなしに豪快な蹴りが扉を開けさせた。威力が強すぎて扉がぶっ壊れたがそのまま中へと進んだ。
この先おそらく敵が待ち構えているであろう大聖堂の中へと。
ステンドガラスが色鮮やかに輝き、両隣に並ぶ長椅子と長机には誰も座っていない。何本も連なる柱と美しい装飾は圧巻されるほどに芸術的で神聖さを感じさせる。
きっと中に入った者は少なからずそのような感想を持つだろう。
だが、名無しは中に足を踏み入れて、そのような神聖な気配をまるで感じなかった。心情的に余裕がないからではない。おそらくは、
「一応聞くけど教魔団の一人、でいいの?」
一番奥、司教座の前に立つまだ未成年にすら見える男。
銀色の髪と司教のような白の服装をしており、一見して白の印象を持つが、虚ろな紫紺の瞳が神聖的な外見を一気に不気味な雰囲気へと変えていた。
その者の周囲は空気が目に見えて変わるほどヒリヒリとした魔力がその者から漏れ出ていた。
これが大聖堂全体の空気をおかしくしているのだと肌で実感した。
あの男が教魔団の一員で間違いないだろう。それはここに呼ばれた時点でほぼ確定なのだが、まず名無しは所属を聞いた。時間稼ぎが自分たちの勝利条件なのだから。
「よくぞ!!我らが神の願いを聞き届けてくださいました!!」
手を大きく広げ、静かな大聖堂に声を轟かした。
「私は教魔団副役功者が一人名をヘルシス•メルメアスと申します」
男は片手を前にして頭を下げ礼儀正しく名乗りを上げた。
発する無意識の威圧感と敵の空気に呑まれそうになるが何とか耐え、表情を崩さず相手を見続けた。
この人は油断ならない。目を離したら駄目な相手だと一目見て分かる。
「名無し様」
緋狐は片手でパーの形をしてそれを名無しに見えた。
「ん?ジャンケン?」
名無しは軽く誤魔化し緋狐の合図を思案する。
しかし、思いつく考えが一つも出ない。
それを見て察したのか緋狐は人差し指を立てた。
(考えろ。言葉を出さずに手で伝えているってことは敵に知られちゃだめだってこと)
考えられることとして人差し指が数字だとする。
名無しが最近見た数字に関する事柄。直近だと地下に三人、のこりが三人とあの時茜は言った。
(五と一なら……もしかして相手の人数!!)
もしそうなら五は大聖堂にいる捕らえられた人を含めた全体の人数。そして一は目の前の敵。
(て、一人消えた!?)
声は聞こえていないだろうが結論にたどり着いたであろうと感じた緋狐は小さく頷く。
目の前の敵のみに集中しろって意味なのか奇襲に警戒しろという意味かは分からない。もしくはその両方なのかもしれない。
名無しはそのことを急いで勇人に伝えた。
「その副役功者って何なの?」
奇襲があると分かっていながら会話を続けるのは精神的に疲れる。だが、今は時間を稼がないといけない。名無しは適当に話題を振った。
「頂点に立つ者、組織の代表者を決める際、神の信仰心も足らず自分勝手に動く煩わしい者たちのせいで中々決まらず代表者をはっきりとは決めず全員に副とつけることで皆納得した幹部につけられる名乗り。まったく今思い返しても嫌悪の感情しかありません。ああそれでも神は平等にお救いになられる。罪があろうと罪人には償いの機会を信仰心に満ちた教徒にはもう一度祈りの場を与える神はなんて慈悲深い。天から私達を見守って下さるのも愛に満ちたあのお方の寵愛。この世界はあの方あってこそのもの。そうは思いませんか?」
メルメアスは虚ろなその瞳で体を大きく使い自分勝手に語りだした。
しかし、この世界は神があってのものだと言うメルメアスに名無しはまったくそうは思わなかった。
あれだけ自分勝手な神をどうして信じられると言えるのか。面白いシナリオを見るためなら平気で人の命をもて遊ぶ。そんな神に直接あって話してきてほしいと名無しは怒りを募らせる。
同一の神を指していないのかもしれないが、あれを信奉するなんて寒気がする。
ただ、ともかくあのメルメアスという男が神を崇拝しているのははっきりと分かった。
話題をそっちに持っていき、相槌するだけで勝手に話がはずむようにすれば時間は、
「貴方方は何故生きる」
さっきまでの高ぶった感情は消え、浮き沈みがなくなった冷淡な声でメルメアスは言う。まるで人が変わったような冷たさを視線で感じながら。
名無しは心臓を突き刺すようなその声に恐怖し、震える手を咄嗟に後ろに隠す。
こっちを大きく見せて踏み込ませないためには、はったりは大事だと思ったからだ。
けれど、出来るならもう口を開きたくない。
ここから逃げだしたいとさえ思う。
それでも表情は無表情で取り繕えている。神社のあの時に比べたらこんなの全然ましなほうだろう。
だからいつものようにこう言った。
「世界を救うため」
「生きている人間はごく少数。それでも?」
「そう。空の下でみんなが笑い合える理想の世界を作りたいから」
夢のような願望だろう。
叶うか叶わないかなんて叶わない確率の方が高いに決まっている。だけど、やるかやらないかだったらやると決めた。
この決定は揺るがない。
「素晴らしい!!ええ、素晴らしいですよ!!久方ぶりに人間に対し感動いたしました!!上辺ではなく本心で言う純粋な貴方には神のお導きが示されるでしょう!!!」
真っすぐな名無しの瞳にメルメアスは感極まって上を見上げ天を見た。
「世界はやはり美しい!!理不尽に苛まれながらそれを覆さんとする人間が奇跡を願う、いや掴み取ろうとする光景をお目にかかることが出来る」
声や仕草は言葉通りに高揚していると言うのに目だけは輝きが失われていてやはり不気味だった。
男の視線の先、ステンドガラスに描かれた神が目に入る。瞬間、男は上を向いたままこちらを目だけ動かし視線をむける。
不気味な雰囲気はあるが、さっきのようなひりついた緊張した空気が緩んでいくのを感じる。
「では尚更私達につくべきだ」
「私達につく?それはどういう……」
その考えを理解出来ない名無し。
詳しく聞こうとしたが会話は途中で遮られた。
「お前らは何処まで人の事をばかにすれば気が済むんだ!!!」
一人楽しそうにするメルメアスに我慢出来なくなったのか勇人が左拳を強く握りしめ睨みつける。
「何の事でしょう?」
「半年前に起きた大量殺人。僕の友達を含めた約三十人がお前らに殺されたんだぞ!!!それを全部水に流して勧誘なんてあり得ないだろ!!!」
怒鳴り、そして仲間の死を心から訴えかけるように勇人は言った。
名無しは目を見開き驚いた。
そして、ようやっと勇人の気持ちに納得した。
あの時招待状を渡した教魔団が去っていくのをどんな思いで見ていたのか。苦虫を噛み潰すような思いで踏みとどまっていたのかもしれないということを。
だが、勇人の言葉に対しメルメアスは無情なことを言った。
「申し訳ないですが存じ上げません。死神か空想あたりがやったのでしょう?私には関係ありません」
「関係無いわけないだろ!!」
「いえ、同じ教魔団に属する者というだけでただの仕事仲間、いや赤の他人です」
「ねぇ、空想って何?」
会話は勇人に任せ名無しは小声で緋狐に聞いた。
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