第17話「失踪現場」

 一寸先は奈落行きの道を名無したちは臆せず進んでいく。


「これって何の鉱石なの?」


 通り際に壁に埋まった緑色に光る鉱石を指差し、名無しはおじさんに聞いた。


「さあな。触れたら爆発する鉱石もあるから気をつけろよ。よっと」


 おじさんは小さい段差を乗り越え構わず進む。

 しかし、どうやらこれは以外にも危険な鉱石らしい。


(きれいだからと触れば死なんて自然は恐ろしい)


 しかし、これが正規なルートというのは正気なのだろうか。


 見つかればゲームオーバーの魂喰霊に比べたら死ぬ可能性は少ないのだろうがそれでも危険すぎる。


 名無しは事前に第二拠点到着時の転移は使えないのかと島名に聞いた。


 しかし、炎弍が暴れた分の建物の修復に魔力を使い、無駄遣いは出来ないのだと。


(あの人……。今度会ったら文句言おう)


 それはそうと起きたことは仕方ない。

 名無しは慎重に一歩ずつ前へ進んだ。


「しかしこんな峡谷ありましったけ?」


 勇人が聞いた。


「ああ。最近できたわけじゃないが幽霊船、特殊型と戦っていたときがあったろ」


「僕はその時いなかったですけど、聞いたことはあります」


「その時に船頭にいた骸骨の一振りで大地が分かれてここができたんだとよ」


「うそでしょ……?これを人工的に生み出したってこと……?」


 天地を切り裂く神に等しい御業をたったひと振りで行う化け物がいたという事実に名無しは驚く。


 それと同時、名無しは理解した。

 その馬鹿みたいに強い魂喰霊が幽霊船に乗り、この霧の街ルーヴェステリアに来る。


 道理で外に出ることを勧められないわけだと。

 自殺行為に等しいのは先の見えない峡谷を見れば一目瞭然だった。


 だからこそ対抗策として地下に隠れる。

 そして、そのときに必要となる食料を回収するこの任務は重要性が高いというのはやはり明らかだろう。


 一週間程度は食べなくても人間生きられるだろうが、その後の回収する体力が無くなり餓死する危険性がある。


「ちなみにここにある鉱石はその時の魂喰霊と前進隊の総魔力がぶつかって変質し出来たものらしいぞ。確か魔鉱石って言って魔力発電に代用できるかもって噂になってたな」


 やはり魔力由来のものらしい。

 微かに魔力が少しづつ溢れているが見える。鉱石によって魔力の色が様々で、一個人が放つ魔力のものではないのはそういうことだと名無しは納得する。


 魔力発電に関してはあまりよく知らない。

 自身が生まれた頃に出来た新しい発電方式らしいが、それ以外にはなにも。


 その後峡谷の果てまで一行は進む。

 突き当たりの少し手前、道中脇にあった洞窟へおじさんについていき名無しは中へと入っていった。


 だが、今回のは拠点と繋がる洞窟とは違っていた。


「これ登るの?はは……うそでしょ」


 上を見上げ、名無しはその光景に思わず笑ってしまった。


 洞窟と言えば洞窟だがそれは地上に直行するような縦型の洞窟だったのだ。等間隔にランタンが置かれ、傾斜七十度ほどの急な壁に丸太と紐で出来たハシゴが二つかかっている。


 かろうじて地上らしき出入り口が見えなくはないが、体力が人並みの名無しにとっては覚悟を決めなければいけないだろう。


(はっきり言ってきつくない?というか途中で落っこちる気がする).


「おんぶしよっか?結構長いし」


「だ……大丈夫」


 請け負えるものは自分が引き受けると心に決めた手前、今さら変更なんかしない。自身が決めたことなのだから。


 それに思ったより距離がないかもしれない。

 見上げて距離が長く見えるだけ。きっとそうに違いないと名無しははしごに手をかける。


「何とかなるよ」








「がぁー…。はー…。やっと……ついた……」


 地面にへばりつき満身創痍の姿で、右目を閉じ名無しは地上にたどり着いた。


 しかし、体はとうに体力の限界を訴えていた。


「何……を考えたら…はーー…こんな…はー…はしご…使うって…思うんだよ」


 大体距離がおかしいのだ。

 何故こんな地下深くに拠点を作ったのか………。


 名無しの口から不満が出るのは仕方がない。それほどにはしごを登る手が休むことはなかった。途中途中に位置した休憩地点が無ければ手の力が抜け、普通に地面に落下していたことだろう。


「でも着いたよ。よくやった」


「うん……ありがと」


 呼吸を整えるのに時間を要したが、周りの状況は徐々に頭に入ってきた。


 名無しがいる場所は狐霊正殿堂に入るときの古びた神社の作りに似ている。


 しかし、あそこよりかは幾らか小さく、洞窟の中何もない空間に上にあがる階段だけが存在していた。


「ここはどこなの?」


「小屋の中だな。ここに食料が運ばれてくるから俺達はそれを回収して運ぶ。帰りは転移門から帰還だ。だが、お前らはそれとは別に任務があるんだろ」


「はい!!失踪した二人を何が何でも見つけます」


「よろしく頼む。俺にとってもその二人は付き合いは長くてな。甘いもの好きで手先が器用の優しい性格のアンカール。荒っぽい性格だが誰よりも人のことを大事に思っている酒好きのガルア。俺にとっては家族みたいなもんだ。だから二人のことをどうか頼む!!」


 男は頭を思いっきり下げる。

 手が強く握られ、震えているのが名無しには見えた。きっと悔しいのだろう。助けに行きたいが自分の力では力になれないと分かっている。だからこそ頼むしかない。


 素性は知らないがおじさんが帰ってこなかったのが原因でミイラ取りがミイラになるのと同じように屍を増やす結果になる可能性だってある。


 感情とは時に理性に基づいた合理性、常識的判断よりも自己の思いを優先する。


 そして、人とは現状を維持する手を知っていながら悪手を選ぶ愚かな行為をするものだ。それが悪いとは言わないが仲間まで巻き込んだら元も子もないだろう。


「だからこその私達二人です」


 最悪にならないため。

 そして、二人を助けるため。


 名無しは助けると誓った。


「そうですよ。任せてください。絶対に連れて帰りますから!!」


「二人とも。若いのに悪いね。ありがとう」


 男は二人に再度深々と頭を下げた。


 時間が少し経った後、小屋の中である程度の作戦は立てることにした。


「この都市は丸ごと全て新城茜の影響下にある。分かりやすく二つ。一つは死んだ魂を媒介にした視覚共有。もう一つは魔力による干渉がない物体との位置替え。失踪なんてしようと思っても出来ないはずです」


「ああ、あの方は普段から俺達を見ていてくださってくださる。だが、あのときは二人が野菜の収穫をしていた地点付近に原因不明のノイズが入ったと言っていた。加えて辺り一帯が視認不可になってな」


「避難指示の赤札は?」


「無機物の位置替えで本人の目の前に赤札を落とす以上は一帯の干渉不可で難しかったらしい。俺達は赤札に気づいて急いで避難できたんだがな」


 事の顛末はなんとなく名無しは理解した。

 そして、一応何故視界にノイズが走ったかの仮説が浮かんだ。

 

 能力の調子が悪く不具合が生じたか、魂喰霊による能力行使により何らかの魔力干渉を受けたか。


 何にせよまだまだ情報が足りない。

 仮説を立証するには証拠が不十分。


 名無しは行動を起こすしかないと、判断する。


「事件は現場で置きている。一旦その場所に行ってみるのはどう?」


「そうだね。今のところ手がかりゼロだし」








 小屋を出た瞬間見えた景色は一面畑だった。

 ここで収穫し地下に運ぶのが通例だというのは利便性的にもいいだろう。


 長居する訳にはいかないので三人は、失踪した地点まで走り向かった。


「ここが最後にいたとされる場所だ」


 畑と畑の間位置。

 そこに小さなくぼみがあった。まるですさまじい落下物の衝撃で地面が抉り取られていりはように土が露わになっている。


 そして、そのエリアを囲うように一回り大きく黒い札で円状に並べられていた。


 おじさんが言うには現場の印なのだと。


「ここでなにが……」


 明らか何かがあったのは分かる。

 でなければ、この惨状は不自然だった。自然的な要因であるならば衝撃の余波でエリアの範囲外まで影響を受ける。


 ピンポントにここだけ地形が消失しているのは普通ありえないだろう。


 パシャとカメラの音が後ろから聞こえた。

 写真としての記録と紙に記した記録をおじさんは作っていっていた。


「僕たちはここに来て感じる違和感を探そう」


 おじさんの作業を見て勇人は名無しに言った。


「そうだね。ここに来るのは最後にしたい」


 外に出るのはリスクが高い。だから、ここで分かるすべてを今探る。


 写真では判断がつかない要素を見つけ出すのが名無したちの仕事。記録だけでは分からない手がかりを一つでも掴むのが名無したちのやることだった。


(なら、まずは魔力探知から)


 名無しは意識を辺りに集中し魔力を感じることだけに集中する。


(どんなに微小でもいい。痕跡があれば……)


「んー。これだけか」


 パット見で分からない微細な魔力がエリアの中央に残留している。属性は判断がつかないが、何かしらの魔力干渉の存在だけでも判明はした。


 しかし、大体は魔力干渉によるものだと予想出来るのでそこまで意味はもたないだろう。


 勇人も辺りを散策し、違和感のある箇所に名無しとは違う場所で気づく。


「名無し。ここ」


 えぐり取られたように茎の半分から上が消失した野菜を指さし、勇人は名無しを呼んだ。


「ただの野菜の茎がどうかした?」


「いや、もし地面を抉ったのが衝撃のようなものだったらおかしいんだよ、これ。普通、衝撃によるものだったら野菜は切れず、根ごと吹き飛ぶかへし折れる。けど、これはまるで上半分がきれいさっぱり消失したみたいになっている。実際茎の上の葉っぱが見当たらないし」


「ほんとだ!!もしかして……」


 名無しはエリアの周りの畑の野菜の消え方を調べた。

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