第20話 封印を破る葛藤
レオンが倒れ、グランが地に伏し、エリザも深手を負って動けない。
アイリスとミラは、なすすべもなくイレイザーに囲まれようとしている。
俺は……俺は、頭痛と精神干渉に苦しみながら、床に手をついたまま、何もできないでいる。
(クソッ……! 動け……! 俺の身体……!)
力が使えない。
テレキネシスも、テレポーテーションも。
唯一、状況を打開できるかもしれないテレパシーは……俺自身が封印してしまった。
(……再開するのか……? あの地獄に、また戻るのか……?)
脳裏に蘇る。絶え間なく流れ込んでくる思考の洪水。
言葉の裏にある悪意。
信じようとしても裏切られる痛み。
孤独。疑心暗鬼。
あの苦しみから逃れるために、俺は全てを遮断したはずだ。
この静寂を、手放してたまるか……!
だが……!
目の前で、アイリスが恐怖に顔を引きつらせている。
ミラが、小さな身体を震わせている。
エリザが、血を流しながらも、なお二人を守ろうと睨みつけている。
レオンが、グランが、俺たちのために……俺のせいで……倒れている。
(……助けて……ケイ……)
アイリスの、か細い思考が、封印したはずの壁の向こうから、微かに漏れ聞こえてきた気がした。
違う……!
俺は、何のために戦うと決めた?
自分の過去と向き合い、帝国と戦うと誓ったはずだろう!
仲間たちと共に、未来を掴むと決めたはずだろう!
なのに、俺は……自分の心の平穏のために、仲間を見殺しにするのか?
あの研究施設で味わった無力感を、ここでまた繰り返すのか?
冗談じゃない……!
恐怖よりも、後悔の方がずっと重い。
孤独よりも、仲間を失う痛みの方が、ずっと耐え難い!
俺は、心の奥底で、自ら築き上げた分厚い壁に向き合った。
あの忌々しい思考の洪水が、その向こうで渦巻いているのが分かる。
これを壊せば、またあの苦しみが始まる。それでも……!
「……う……おおおおおおおおっっ!!」
俺は、魂の底から絶叫した。
守りたい。
アイリスを、エリザを、ミラを、レオンを、グランを……!
失いたくない。
この異世界で初めて見つけた、俺の……俺たちの居場所を!
その強い想いが、俺の中で最後の躊躇いを打ち砕いた。
行け……! 壊せ……! 俺の壁を……!
精神世界で、何かが砕け散る音がした。
◇
俺の絶叫と共に、精神の奥深くで、自ら築き上げた分厚い壁が粉々に砕け散った。
瞬間、凄まじい反動が俺を襲う。
「ぐ……あああああああっっ!!」
堰を切ったように、思考の洪水が再び俺の意識へと流れ込んできた!
仲間たちの痛み、恐怖、諦めない意志。
そして、イレイザーたちの冷徹で無機質な思考、精神干渉のノイズ……!
以前よりもさらに増大した情報量が、脳髄を直接焼き尽くすかのような激痛となって俺を苛む。
吐き気がこみ上げ、視界が真っ赤に染まった。
(……ダメだ……やっぱり……無理だ……!)
あまりの苦痛に、再び意識を手放しかけた、その時だった。
何かが違う。
確かに、思考の洪水は以前と同じ……いや、それ以上に激しい。
だが、その奔流の中に、奇妙な『流れ』のようなものが感じられるのだ。
無秩序なノイズの奥に、それぞれの思考が持つ固有の『色』や『形』……『境界』のようなものが、ぼんやりとだが認識できる。
(……アイリス……!しっかりしろ……!)レオンの不屈の闘志。
(……ここまでか……だが、アイリス様だけは……!)エリザの最後の抵抗。
(……くそっ……まだ……!)グランの粘り強さ。
(……ケイ兄ちゃん……怖いよ……)ミラの純粋な恐怖。
そうだ……!
俺は、この洪水の中から、必要な情報だけを……仲間たちの想いだけを、選び取ることができる……?
まるで、激しいノイズの中から特定の周波数だけを拾い上げるように。
あるいは、濁流の中から確かな岩を探し当てるように。
俺は、意識を集中させた。
仲間たちの思考の『境界』を捉え、それ以外のノイズを……イレイザーの精神干渉や、無関係な思考の断片を、意識の外へと押し流していくイメージ。
「……ぐ……ぅ……!」
まだ完全じゃない。
頭痛は続くし、ノイズも完全には消えない。
だが、以前のような、ただ押し流されるだけの感覚とは明らかに違う。
奔流の中で、かろうじて立っている。
いや、流れを……ほんの少しだけ、制御できている……?
これが……俺が自ら封印し、そして再び解放した……テレパシー能力の、新たな可能性……?
絶望的な状況の中で、俺は、ほんのわずかな……しかし確かな希望の光を見たような気がした。
思考の洪水は止まない。
頭痛も消えない。
だが、もう押し流されはしない。
俺は、この奔流の中から、必要なものだけを掴み取る。
(……ターゲットの精神状態が変化……? 構わん、予定通り確保しろ!)
リーダー格のイレイザーの思考が、他のメンバーへと飛ぶ。
その思考の『流れ』と『境界』を、俺ははっきりと捉えていた。
俺は床に転がっていたテーブルの脚を、テレキネシスで掴み上げる。
以前の俺であれば、できなかっただろう。
だが、今の俺には『視える』。
装甲と、それを着ている兵士との、僅かな隙間。
関節部分の、エネルギーの流れが滞っている『境界』。
そして、思考の指示を受け、次に行動を起こそうとしている兵士の、未来予測にも似た思考の『境界』!
狙いはそこだ!
俺は、テーブルの脚を、思考を読み取った兵士の膝関節の『境界』目掛けて撃ち出した!
兵士は咄嗟に回避しようとするが、遅い。
装甲自体は傷つかなくても、その隙間を抉るように叩き込まれた一撃に、兵士はバランスを崩して膝をついた。
「チィッ!」
別の兵士が、俺に向かって腕の装置を向ける。
精神干渉を強めて、俺の動きを止めようという思考だ。
だが、それも読めている!
俺は、自分の意識の中に、分厚い『壁』をイメージする。
流れ込んでくる精神干渉のノイズを、その壁で受け止め、そして……増幅させて叩き返す!
「ぐ……ぉ……!?」
精神干渉を仕掛けてきた兵士が、逆に自身の発したノイズに苛まれたのか、苦痛に顔(ヘルメットだが)を歪ませて後退した。
(馬鹿な……!?精神干渉が……効かない、だと……!?)
(こいつ……さっきまでとは動きが違う……!?)
イレイザーたちの思考に、初めて明確な動揺と焦りの色が浮かぶ。
行ける……!
俺は、まだ完全ではない境界操作能力と、再開したばかりのテレパシー……その二つを必死に連携させながら、反撃の糸口を探る。
「レオン! グラン! エリザ! まだやれるか!?」
俺は叫ぶ。
「……当然だ!」
「……ったりめえよ!」
「……ええ!」
仲間たちの力強い返事が(言葉と、そして心で)返ってくる。
絶望的な状況は変わらない。
だが、俺たちの瞳には、諦めの色はない。
反撃の狼煙は、今、上がったのだ!
◇
俺の予想外の反撃と、覚醒した能力による抵抗。
そして、負傷を押して立ち上がったレオン、グラン、エリザの決死の奮闘。
それらが、あの鉄壁に見えたイレイザーたちの計算を狂わせたのだろう。
リーダー格の男は、苦々しい表情(ヘルメット越しにもその感情が伝わってきた)で俺たちを見据えると、やがて短く命令を発した。
(……一時撤退する。だが、目標の確保は継続……!)
その強い意志が俺のテレパシーに突き刺さるのと同時に、銀色の装甲兵たちは、再び音もなくその場から姿を消した。
しかし、奴らは諦めてはいない。
必ずまた来るだろう。
だが、今は……。
嵐が去った後の静寂。
破壊され尽くした宿屋の一室には、俺たちの荒い息遣いと、負傷した仲間のうめき声だけが響いていた。
レオンも、グランも、エリザも、深手を負い、壁に寄りかかったり、床に座り込んだりして、動けないでいる。
アイリスとミラは、必死に彼らの応急手当をしていた。
俺は、能力再開の反動による激しい疲労感と頭痛に耐えながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして、仲間たち……一人一人の顔を見回した。
俺のせいで、こいつらは……。
込み上げてくるのは、後悔と、申し訳なさと、そして……言葉にならないほどの、感謝の気持ちだった。
俺は、震える足で、仲間たちの元へ歩み寄った。
「……みんな……」
俺の声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「……すまなかった。俺が……俺がもっとしっかりしていれば……」
俺は、深く頭を下げた。
初めて、心の底からの謝罪の言葉を口にした。
テレパシーを通じて、俺の偽りのない後悔と感謝の念が、仲間たちの心にも直接流れ込んでいくのが分かった。
一瞬の沈黙。
やがて、レオンが、苦痛に顔を歪ませながらも、ぶっきらぼうに言った。
「……ふん。気にするな。結果的に、助かったんだからな」
(……まあ、少しは見直したぞ、ケイ)
グランが、片腕を押さえながら、ニカッと笑う。
「ガハハ……! 礼なら、酒でも奢りやがれ、坊主!」
(……やるじゃねえか。根性だけはある)
エリザは、黙って俺を見ていたが、その瞳には、以前のような冷たさはなかった。
彼女は小さく、本当に小さくだが、頷いてくれた気がした。
(……まだ、信用したわけではないが……)
アイリスは、涙を浮かべた紫の瞳で俺を見つめ、そして……優しく微笑んだ。
「……ええ。よく……頑張りましたね、ケイ」
(……良かった……本当に……!)
ミラは、俺に駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついてきた。
「ケイ兄ちゃん、すごかった! かっこよかったよ!」
言葉と、心。
その二つが、ようやく重なり合った瞬間だった。
テレパシーは、使い方を間違えれば苦痛しかもたらさない。
だが、使い方次第では……こうして、言葉だけでは伝えきれない想いを、真っ直ぐに届けることもできるのかもしれない。
俺たちの間にあった壁が、完全に消えたわけじゃないだろう。
だが、この瞬間、俺たちの絆は、以前よりもずっと強く、確かなものになった。
俺は、仲間たちの温かい想いを感じながら、改めて決意を固めた。
こいつらと共に、未来を掴む。
そのために、俺はこの力を使うんだ、と。
◇
イレイザーとの死闘から一夜明け、俺たちは新たな隠れ家(自由都市のギルドを通じて手配してもらったらしい)で、傷を癒しつつ、今後のことを話し合っていた。
部屋の中には、まだ昨日の戦闘の緊張感と、そしてそれを乗り越えたことによる奇妙な一体感が漂っている。
レオンやグラン、エリザの傷は深く、完治にはまだ時間がかかりそうだったが、ミラの不思議な治癒能力のおかげで、命に別状はなかった。
アイリスも、精神的なショックは大きいだろうに、気丈に振る舞い、負傷した仲間たちの看病を続けている。
俺自身も、テレパシー再開の反動による頭痛はまだ残っていたが、以前のような精神的な消耗感は薄れていた。
思考の洪水は相変わらずだが、それを『制御』する感覚を掴み始めている。
そして何より、仲間たちの心が……彼らの痛みや、心配や、俺への信頼(あるいはまだ残る疑念も含めて)が、以前よりもずっとクリアに、だが不快ではない形で伝わってくる。
これが、俺が向き合うべき、本当のテレパシーなのかもしれない。
「……帝国の追手は、執拗です。イレイザーのような部隊まで投入してきた以上、我々が自由都市に長居するのは危険でしょう」
エリザが、包帯を巻かれた腕を押さえながら、冷静に分析する。
「うむ……奴らの狙いがケイにあることは明白。そして、その力を利用しようとしていることもな」
レオンも、苦々しげに同意する。
「『研究施設』……そこに、全ての元凶があるのかもしれんな」
グランが、唸るように言った。
そうだ。帝国の研究施設。
俺の過去と同じ地獄が、今まさにこの世界で繰り返されている場所。
そして、帝国が俺のような能力者を集め、何かを企んでいる場所。
俺たちの進むべき道は、もう決まっていた。
俺は、仲間たちの顔を見回した。
アイリス、エリザ、ミラ、レオン、グラン……。
こいつらと出会って、俺は変わった。
一人で逃げるだけだった俺が、誰かを守りたいと、共に戦いたいと思うようになった。
「……行こう」
俺は、静かに、しかしはっきりとした意志を込めて言った。
「帝国の研究施設へ。俺自身の過去にケリをつけるためだけじゃない。囚われている人たちを……俺と同じような苦しみを味わっているかもしれない人たちを、解放するために」
俺の言葉に、仲間たちは黙って頷いた。
彼らの思考からは、恐怖や不安よりも、強い決意と、俺への信頼が伝わってきた。
(ええ、行きましょう。ケイ)
(それが、私たちが為すべきこと……)
(面白くなってきたじゃねえか!)
(……覚悟は、できています)
(ケイ兄ちゃんが行くなら、ミラも行く!)
もう、俺は一人じゃない。
言葉も、心も、確かに繋がった仲間たちがいる。
俺は、窓の外に広がる見慣れない空を見上げた。
帝国の研究施設……待っていろ。
俺たちが、必ず貴様らの非道を終わらせてやる。
俺たちの、本当の反撃は、ここから始まるのだ。
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