入退Doors

花森遊梨(はなもりゆうり)

手術室の中

カチャン、



異様な音が緑田萌葱を叩き起こした。とドアが勢いよく閉まる音だ。隣の布団を見ると、赤井丹の姿がない。昨夜「お腹が痛い」と呻きながら丸まっていた彼女が、こんな朝早くにどこへ行ったのか。嫌な予感が胸を締め付け、布団の冷たい感触が手のひらに残る。



リビングに響く怒声で目が覚めた。腹を押さえ、顔を歪めて電話機のそばでうずくまる丹を、祖母の妙子が呆れた顔で見下ろしている。「救急車? 丹はバカだね! 自分の足で病院に行けるだろうに。」



「うっさいな!! 病気でもないくせに2キロも歩けない要介護寸前ババアが!」


丹が立ち上がり、怒鳴り散らす。


 「腹も痛くないにガタガタ抜かすな!! お腹痛い私が歩けないくらい、そのアルツハイマーなりかけの頭回せば分かるでしょ!!」


汗で濡れた前髪が額に張り付き、声が震えるほど力を振り絞っている。妙子は怯んだその時、救急車のサイレンが近づいてきた。妙子はすかさず言い返した。「あたしゃ行かないよ。素人がついてったら迷惑だからさ。」



「おい、起きろ雅人! 救急車が来たぞ、あんた付き添いなよ!」


綿棒を持った妙子に顔を叩かれ、祖父の雅人が飛び起きる。「いてえ! 俺が何したんだ!?」と叫ぶが、丹の鋭い声が遮る。「同乗するのは萌葱だけ!! そこのババアとジジイは自家用車で来い!!」


担架に運ばれながらも、彼女の命令が響き渡った。


「萌葱はすぐに持ち出し用のカバンを持ってきて!大きいのと小さいのの両方とも!」




救急車の車内は消毒液と鉄の匂いで満たされ、サイレンが頭の奥まで突き刺さる。担架の軋む音が不規則に響く。


だが、のんびり搬送とはいられない。



救急搬送ウルトラクイズに答えなくてはならい?




救急隊員今の症状とかの質問は丹が、それ以外のパーソナルデータはこの萌葱の担当だ



「丹の誕生日?18歳だし7月5日ってことにしといて。年度の変わり目じゃないしせめて最後に大谷と同じということでお願い!」


「いやいやいや困ります。んな具合じゃ日本人メジャーリーガーが出るたびに誕生日が変わっちまってカルテが作れません」



「なんのために手帳を渡したと思ってんの?」


いつになく冷たい声が飛び、慌ててカバンを膝に抱えて中を探った。新しい手帳が指先に引っかかる。開くと、柄にもなく綺麗な字で「萌葱へ、救急車で聞かれることや書類に転記する情報はここに」と殴り書きが。アイツらは命を預ける相手として認識されていないのか…?



救急隊員の一人が額に汗を浮かべながら丹に目をやる。「えっと…丹さん、お腹痛いのによくメガホンみたいに声張れますね。」


車内の空気が一瞬凍りついた。丹の顔が苦痛で歪み、汗が顎まで流れ落ちる。彼女は担架の上で半身を起こそうとし、毛布を握る手にちからがこもるなる。「痛いのは我慢してるの!! 萌葱と違って、言わなきゃ分かんねえバカ共に分からせるには、こうやって叫ぶしかないのよ! っぐぅ…」


叫び終わると、彼女の顔が青ざめ、唇が震える。腹を押さえた手が滑り落ち、呻き声が喉から漏れた。


私は彼女の手を握ろうと手を伸ばしたが、冷たく湿った指先が弱々しく振り払う。担架に落ちる小さな音が、サイレンの喧騒の中で妙に鮮明に響いた。救急隊員が無線に手を伸ばし、「患者、腹痛、意識レベル低下の兆候あり」と報告する。



見ればわかることを専門用語で報告、医療ドラマ以外で見たのは初めてだ。



病院に着くと、丹は担架ごと処置室へ。私は受付で保険証を渡し、カウンターで入院同意書や既往症の確認書を突きつけられた。


「丹のパーソナルデータ?わかるかこんなもん!」


こんなことなら丹の怒りなど無視してあのジジババ引きずってくるべきだったか?と呟いたところで、先ほどの手帳のことを思い出し、何事もなかったかよのように転記を済ませた。そこで目を引く一文があった。



既往歴 

急性虫垂炎・抗菌薬で散らす 4回目



「お友達は虫垂炎だったよ」

綾瀬はるか似の女医による答え合わせだった。



少し前


「えー、詳しいことは実際にお腹を開けてみないと分かりません。」

処置室で女医(有村架純に似てる)が告げる。

「開けてみなきゃわからない?手術が必要ってことをフリーレンが宝箱開けるような感覚で言わないで欲しいんですけど…」



白い洞窟みたいなCT検査で何も分からなかったのだ。



そんな丹の着ているものは、手術着であった。シルエット伝統的な和服に近い。上下の下着はつけておらず、全体的にブカブカで着てる本人の手を煩わせずに着脱可能な冷静に見るとなかなかハレンチレベルが高めだ。



看護師がゴム手袋の軋む音を立てながら手術同意書と臓器提供の意思確認書を差し出す。「万が一に備えてお願いします。」



「今更同意しない選択なんてないくせに…えっと、臓器提供?私は養豚場のブタってことでいいのかな?」

「ごめんなさい、日本語でお願いします」


サブカル方面には明るくない看護師の答えに、丹の指が紙の端を握り潰しそうになる。


「手術前から臓器移植どうするってのは、死ぬってことでしょ?『かわいそうだけどコイツ、明日の朝にはバラバラになって臓器用の冷蔵ケースに詰められて移植を待つ子供のもとへ旅立つ運命なのよね』ってことじゃない!」


会社を辞める時は次の就職先の目途が立ってから退職届を出すのが定石とされている。それと同じように臓器提供の書類を手術の結果もわかる前に書けというのも、この手術でお前は死ぬ。だから死ぬ前にまだ使える臓器の使い道くらいはっきりさせてから死んでほしい、十代で若いし需要多いんだから。という患者への意思表示なのだろう。人の心がなさすぎるが、先のことまでしっかりしているし、何より正々堂々としている。


看護師は淡々と続ける。「全員に書かせる形式的なものです。ナチュラルに失敗して死ぬとか事前に言い出されるのは流石に心外です。いつも希望しか与えないのはヒューマニズムとかやさしさオンリーかと思ったら大間違いだぞこのクソ患者」


-

「ドラマや小説はありそうだけどまずありえねえことを素人に見せて金巻き上げてるんだ‼︎現実と混同すんじゃない‼︎」


緑田萌葱、手術に立ち会うために髪が落ちない帽子やゴム手袋まで用意したのに、何科もわかんない医師(声は女)に手術室への入室を断られ、代わりに渡されたのはPHSであった。

「お友達の手術が終わったらこれを鳴らしますので、できる限り神妙にお待ちください」

「手術なのにジャンクガレッジと同じもの?」

「あんた、イオンモールよく行くタイプでしょ」

「そっちも年収ウン千万の医者なのに行くんだ?イオンモール」

「宿直室で研修医に混じってカップ麺だの弁当だのでニートと同じ食生活してちゃあ心は満たされんのよ」


手術室


「着ているものを脱いで、横になってください」



一糸纏わぬ姿で手術台の上に横たわった丹は、自分のの呼吸が浅く速くなるのを感じた


「気を楽にしてください。」


全裸の丹に看護師の声が近づき、手術台の横に立つ彼女の白衣が微かに擦れる音が聞こえる。「今からモニターをつけたり、点滴を取ったりします。痛いことをするときには必ず声をかけますから。緊張するなら、退院後に誰かと遊びに行くことでも考えててください。」


その言葉は優しげだが、どこか遠くに感じられ、自分の耳に向けられているのかわからない。天井の無影灯が見下ろす中、看護師が心電図モニターの電極を取り出す、裸の胸に直接伝わる冷たいジェルの感触に彼女の体が一瞬縮こまり、手術台のマットを掴む手が強張る。電極のコードが微かに揺れ、モニターが起動すると、規則的な「ピッ、ピッ」という音が部屋に響き始めた。血圧計のカフが腕に巻かれ、空気が注入される圧迫感に丹の顔が小さく歪む。点滴スタンドが近づき、針が皮膚を刺す瞬間、彼女の唇から微かな呻きが漏れる。透明なチューブを伝う液体が、静かに彼女の腕に流れ込む。


(う、ほんとうに機械がいっぱい…………)


漏れ出る丹の声は小さく、掠れてほとんど聞き取れない。彼女の目が、モニターの緑色の波形や点滴の滴る動きを追うが、理解できないまま不安だけが膨らむ。指先がマットを強く握り、爪が布に食い込むほどだった。

モニターの波形が彼女の鼓動を刻み続ける中、麻酔科医が近づく。注射器の中の透明な液体が蛍光灯に反射し、鋭い光を放つ。「これから眠くなる薬を入れます。腕を出してください。」



「大丈夫、痛くないですよ。」


看護師が穏やかに言うが、その声は機械音に埋もれそうになる。 ゴム手袋の手に促されるまま、丹が震える腕を恐る恐る差し出すと、針がゆっくりと皮膚を刺す。冷たい麻酔薬が血管に流れ込む瞬間、彼女の眉が寄り、腕を押さえる手が小さく震えた。


「眠くなったら、そのまま眠ってください。」


麻酔科医の声が静かに響き、冷たいものが腕から這い上がってきた。それが頭に達した瞬間、意識が何かに侵食されていく微かな吐息が彼女の唇から漏れ、手術台の上で静かに力が抜ける。モニターの音が単調に続き、心拍を示す線が規則正しく波打つ。


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